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思い立ったが吉日…なんて必ずしも言えないこともある。

2015年03月01日 | 銀魂 テキスト(完)
思い立ったが吉日なんて必ずしも言えないこともある

始末書に印を押し、決済済みのボックスに投げ入れる。
山になった吸殻が灰皿からこぼれそうになっているのに気付き、土方はふと思考を停止させる。
…そういえば、だれだっけ?白夜叉の知り合いともなれば、未だ知られぬ攘夷派の大物かもしれないし、そうでなくとも桂か、高杉あたりの支援者かもしれない。あてずっぽうと思いほったらかしていた。
「今まですっかり忘れていたが、うかつだったな。」
調査するにも情報が少なすぎる。なにより一番手っ取り早いのは、その人物に唯一つながる存在に直接聞くことだ。
 坂田銀時に「多串さんってなぁ、何者だ?」と。

土方は、真選組の幹部ではあるし、指示を出す立場ではあるが基本的に
誰かに命令を出すより自ら動くことを好む。まして今回の疑念は土方個人のものであり、沖田あたりに聞かれれば「旦那はそんな不用心じゃねぇですし、なんも考えず思いついた名前を挙げただけじゃねえですか?」と矛盾する返答をしかねない。確かに今まで忘れていた、ある意味単なる考えすぎなことには違いない。だから、そんなことに部下を動かすのはやぶさかでないし、ならば、自分が勝手に動いても問題ではないだろう。そのうえで危険人物と思われれば、正式に真選組として調べればいい。
「山さ…。ああ、あいつは仕事で出ているんだったか。」
没になった書類の裏に“ちょっと出てくる”とメモを残し土方は上着の袖に腕を通した。

 万事屋についたのは昼を少し過ぎたあたりだった。子供たちは出かけているようで、銀時一人がぽつねんと電話番をしていた。
以前あまりのマダオぶりに暇なら内職でもすればいいだろ、と言うと、「おなかがすくから動きたくない。」とほざいた。当然、この時間の訪問は昼飯をおごることになる。
 ファミリーレストランで話す話題でもなく、万事屋は渋ったが、コンビニで弁当を買って近くの公園に向かう。オフィス街から離れた平日昼間の公園は人気がない。ぽかぽかといい天気の公園で男二人がベンチに座り微妙な距離で弁当を食べる。やはり自分はどこかでちゃんとしたご飯を食べようと温めてもらったハンバーグ弁当を万事屋に渡すと煙草に火をつける。
「で、真選組の副長さんがアポイントもなしに俺に用、ってなんだ?」
すでにナポリタンとカルボナーラは食べ終わっている。この調子ではミートソースとハンバーグ弁当を食べ終わるのもあっという間で、そうすればさっさと帰ってしまうだろう。迷っている暇はない。
「多串、てなぁ誰だ」
なんだか亭主の浮気相手の電話に出てしまった妻のセリフのようだと、言ってしまって腹を立てる。万事屋は、当然ごまかすこともなく、本当に分らないようで、服に付いたらなっかなか落ちないミートソースのシミをつけてぼけらっとした顔をしている。
「誰、ってだれ?」
「初めて、でもねぇか、近藤さんとやりあった後、次に俺と会ったときおめえ俺に向かって言ったろ。多串くん、って。」
それでもしばらく考える。やはり口からどうでもいい、あるいは思いついた名前を言っただけか。という反応だ。しばらく本気で考えてはいたようで、ぽんと手を打つ。
「多串くんだと思ったんだよ、あん時は。」
…本当にそういう人物がいたらしい。
「でもどういった人かは知らない。3年くらい前かな。」
予想外にぺらぺらと、つまり、攘夷志士の大物でも何でもないということだが、万事屋は大串君について、その馴れ初めを話した。
「3年くらいまえに街で見かけたんだ。団子を食べてた時だったか、数人のガラの悪い奴らに絡まれているその人を。白い着物に灰ネズの袴を着た、男装の剣士だったんだが、礼を言った後、“自分はこの近くで働いている多串という者だ、今は急いでいるので何もできないがいつか恩返しがしたい”っつてたんだ。で、あんた大串君にそっくりだったから、たまたま俺を見つけて恩返しをしようとしてくれたのカナ、と。」
思い付きででっち上げた以上にたちが悪い。虚偽ですらなく、万事屋は思ったまま、言っただけということか。しかも男装の剣士、て、なんだ。沖田ならともかく自分を女と間違えたということか。
「まあ、でも土方君は間違いなく男だし、すぐにちがうな、と気付いたわけだけど。
というわけで俺は多串くんについて知ってることは特にない。」
それが、いまさら何?と言わんばかりに唇をとがらせている。考えすぎなら考えすぎでかまわない。真選組を動かす必要がなかったことに安堵すべきだ。
「そうか、まあ、それなら構わない。邪魔したな。」
ちょうどハンバーグ弁当も食べ終わったようで、「おいおい、なんなんだよ。」と呼びかける銀時を残してベンチを立った。

いい天気である。事件を解決するのが仕事なのに、むしろ厄介事を引き起こす余計な連れもいない。土方は暇ではないが巡回がてらいつもと違う道を通って駐屯所まで帰ることにした。そういえば3年ほど前に真選組ができる前、組織体制の検討と職務内容の研修がてら警察隊に入隊していたことがあった。その際、潜入捜査のためクラブの用心棒兼客引きとしてこのあたりで働いていたとき、うまい定食屋があったと思い出す。
どうせなら久々にそこで昼飯にしようと足を向けた。
「面接の直前、偽名が必要だってんで、とっさに見かけた団子屋の店名を名乗ったんだっけな。」
一人口元に笑みを浮べ、…何か、思い出す。
あれ、団子屋?
その店で働いている間もいろいろあったな。脳裏をよぎった何か嫌な記憶に蓋をするように思考を別の方向に向ける。
近くのホストクラブから引き抜きにあったり、店の子から口説かれたり、別の店の奴らの嫌がらせでからまれたり…。あん時は、団子屋で団子を食ってた軽そうな男が割り込んできて暴れられそうだったのを邪魔してきたんだよな。
…あ、れ?
いかん、いかん。定食屋はすぐ先だ。そして左手には目印にもなる大きな看板をあげた見覚えのある団子屋が…。
縁起が良かろうとその屋号にしたのだろう。土方の見つめる先には、3年前も今も。
“だんごや 多串 ”が、あった。

走馬灯のようにあの時の記憶がよみがえる。
店の女の子に言いがかりをつけてきたライバル店の破落戸を追い帰した翌日、出勤中の土方を5,6人の浪人が取り囲んだ。
「ちょっと外見がいいからっていい気になってるんじゃねぇよ。この優男が。腕っぷしならこっちが上なんだよ。」
複数で1人を襲う方がすでに下、だと思ったが、面倒くさいし、急いでいたのであえて何も言いかえさなかった。出勤前、警察に顔を出したりして、遅刻ギリギリだったのだ。素手(廃刀令がでていたので表向き一般人の土方は丸腰だったのだ)でも十分撃退できるとみていた。
めんどうくさいなあ、と言い返しもせず、抵抗もしなかったのが、あの男には、ただからまれていると見えたのだろう。
 ふらりと視界を横切って銀色のものが男たちを打ちのめした。
「大丈夫か?」その銀色の髪に赤みを帯びた目をした男が問いかけてきた。
なんだかその時、形通りの対応をしなければ、かつ、さっさと職場に向かわなければと、言いなれない感謝の言葉を言い、名前を名乗ったような気がする。潜入中の店に伝わってはまずいと、本名ではなく、当時名乗っていた偽名を。
「危ういところをお助けいただき、誠にありがとうございます。僕はこのあたりで働いております、多串と申します。礼は改めていたしますが、今は急いでおりますので、失礼いたします。」
なあんだ。やっぱ多串って、ただの思い付きじゃねえか。あはははぁ…。
俺は女と間違われたんじゃなく女に間違われたわけか。
幸いあの野郎は全く気付いていないから、今さら本当に“礼”をしろとは言ってこないだろう。俺さえこの忌々しい記憶を封じておけば何もなかった、ってことになる。
そう、今の土方の感情はまさに、忌々しい、である。
ぎりぎりと奥歯を噛みしめ憤怒の様相の真選組副長を通りすがりの人々が、遠回りしながら見つめていた。

すさまじい表情で帰ってきた副長の怒りの矛先は、まじめに仕事をし、報告にやってきた山崎に向かった。
「てめぇ、上司の外出中に灰皿の一つや二つかたずけられねぇってのか、この役立たず!」
一番の犠牲者はもちろん、彼であった。




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