のんびり行こう!

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すべてのことにりゆうがある(とは限らない)

2016年03月20日 | ダイヤのA テキスト




小柄なくせにいつもなら三杯飯を一番に食べ終わって自主練に向かう由井がその日は珍しくゆっくりと食事をしていた。向かいには瀬戸と奥村が座っている。

「なんだかんだ言って由井って人見知りしねーよな。瀬戸はともかく奥村ってとっつきにくそうなのにさ。」

「んー?そうだな。無口無表情って点では降谷に似てんだけど奥村は分りにくいからな。俺としてはその分かりにくさもおもしれ―けど。」

遠くから茶をすすりながら様子をうかがっていた主将副主将コンビの片割れがニシシッと笑うので相方はチョップを入れる。

そこへ気配もうるさくやってきた二年がいつものように「御幸センパイ。何のんびりしてんっすか。球受けて下せぇ。」とやってきていつものように「俺先輩で、キャプテン。」と言う暇もなく連れ去られていった。

 浅田、瀬戸、奥村のいつもの居残り組に加え、今日はなぜか由井もいる。しかも、奥村たちの前に座っているということは彼らに話があるということなのだろう。広くなった食堂で浅田はさりげなく三人と距離を取り、様子をうかがっている。

いくら人見知りをしないとはいえ入学間もないライバルと情報交換か、敵意表明か。

なかなか終わらない食事に由井がしびれを切らして口を開く。

「いいよな、奥村って御幸君と同室なんだろ。あの人誰にでも気さくで甘いじゃん。なんかアドバイスとかあったりすんの?」

場、が凍り付く。

…みゆきくん?

「え?」

「だから、アドバイス。俺もまだ降谷先輩の球」

「そっちじゃない。聞こえなかったわけないだろ。」

「御幸君、て何?」

問われて浮かべた表情は、明らかに問いの内容が分っていたという反応だった。にもかかわらず「ああ、つい。」と言うのは自分の上位を誇示するための手段だろう。

「昔はそう呼んでたからね。つい出ちゃったな。気をつけないと。」

ただでさえ冷たくみられる奥村が片眼を細め剣呑な、氷点下の空気を醸し出す。

それに対抗するかのように由井もらしくない嗤いを浮かべた。

「リトルリーグに入る前、2年ほど御幸君と同じチームにいたんだ。刷り込みッて抜けないもんだね。」

爆弾を落とした。

 

由井が小学生の時、選抜チームに入るまで所属していたチームは川沿いのグラウンドを本拠地とした、プロ経験の監督や社会人チームを率いたコーチなど指導者に恵まれた名門チームであった。御幸が地元でもないそのチームに入ったのは全くの偶然で後に監督に聞いたところでは彼が2年の初め、つまり途中からの加入であったらしい。

由井は、父親が熱心なプロ野球ファンであったので物心ついた時から側にバットとグローブがあり休日にはキャッチボールのできる環境にあった。小学校に上がったら野球チームに入るのだと、実のところ入るまではおそらく多くの子供が憧れるようにピッチャーになろうと(なりたいではなくなるつもりだった)決めていた。

 そして、4月。

そこには御幸一也がいた。どんなに実力があっても3年生からしかレギュラーにはなれないとの暗黙のルールがある中で彼は3年になると同時にレギュラーに、正捕手になっていた。

スケジュールやルールを教えられ、基礎トレーニングの日々を送っていた時、地区の大会があった。敵チームは5年生や6年生の上級生ばかりのなか、ひときわ小柄な御幸はそれだけでも目立った。そして試合では…。

矢のような牽制球。倍近くありそうな走者からホームを体を張って守る。

その日、御幸は由井のヒーローになった。

そして、彼は監督に希望ポジションを聞かれ、したこともないのに答えたのだ。

「俺は、キャッチャー一筋です。」

だから、御幸に再会して彼が全く自分を憶えていなかったことがとても悲しかった。まだ、ヒーローだったから失望はしなかったけれど、ただ、悲しかった。

それなのに奥村があっさり同室になったのだ。自分が先に一軍に上がりベンチに入ることができたとしてもその一点においてうらやましかった。

 御幸と同じチームにいたのは2年足らずだった。土日にしか参加できない彼と違い由井は毎日のようにグラウンドに通い練習した。早く同じ場所に立ちたい、勝負したい、と。

そしてやっと3年になり、1軍の可能性を与えられ、御幸一也と同じ土俵に立てると思って練習に向かったのに、そこに御幸はいなかった。

 監督は一身上の理由としか教えてくれなかったので御幸の母親が入院していた病院の医師でもあった父親に聞いたら母親が退院したのだ、と言われた。口調から子供ながら望まれた退院でないだろうことが想像できた。

 下級生と3年以上はほとんど同じグラウンドで練習しないので試合の時ぐらいしか会えなかったがアドレス交換くらいしておけばよかったと後悔したが父親からそれ以上聞き出すことはできなかった。(御幸が携帯の類を持っていないことは考えていない。由井はおぼっちゃまである。)

3年の秋、日本代表チームのスカウトがやってきた。

御幸を探してきたらしいが、監督は「あの子はとうの昔にうちのチームをやめてますよ。」とそっけなかった。強豪としてそれなりに知名度のあるチームだと自負していたのだろう。それまでの試合に御幸が出ていないことに気付いてなかったのかとあきれたのだ。

スカウトも情報収集力のなさを反省したのか、さすがに手ぶらで帰るのは気が引けたのか練習風景を見学していった。

そして、一週間後、今度はその人物が由井をスカウトにやってきた。1軍に加わってはいたが学年的にも控えに甘んじていた彼に御幸を超える才能を見たと言って…。

 最高の指導者、環境、対戦相手。すべて望む前に与えられた。選ばれたメンバーの中でキャプテンになり、それでも、ずっと御幸にはいわれのない劣等感を感じていた。彼は、由井にとってただ一人のヒーローであり続けた。

 そして探し続けていた人が突然目の前に現れたのは昨年の秋だった。

都大会の決勝、青道の4番でキャプテンとして彼はマウンドに立っていた。その日、由井は青道高校に入学することを決意した。

 

奥村の箸が止まっている。

「日本代表でい続けるために人一倍練習したし、そのころから3杯飯に近い量食べてきてたからねえ。」

食べ終わらない奥村を見下す目で見つめる。

「俺は自分に才能があると思ったことはないよ。少なくとも、99%の努力はしてるつもりだ。だから、奥村みたいに才能があって御幸君と同室なんてそれだけでうらやましいよ。」

おそらく、由井は負けん気が強い奥村はまだまだ自分の力不足、練習不足だと自覚しつつも自分に嫉妬していることに気付いている。

相手の考えてを見抜くことは彼らにとって本能に近い。おそらく特に御幸がその才において突出している。マウンド限定ならバッターの考えをみきわめるのみでなく味方の、投手の必要とする言葉を本能で与えることができる。

「そう?お互い様だね。いつも忙しくて部屋には寝るときくらいしかいないけど確かに特に後輩には甘いね。だからなめられるのにそれさえ面白がってる。すごいよ、一也さんは。」

売られたケンカは買わずにいられない性格を知る瀬戸は、さすが長年彼の友人をしているだけあって止めるそぶりはなく、楽しそうに捕手の静かな戦いを見守っている。遠くにいた浅田は、火の粉が飛んでこないうちにと剣呑な気配を察知して、何とか3杯食べきって撤収していた。

…このあたり瀬戸が一番、食わせ物だ。

もちろん、奥村が御幸のことを“一也さん”なんぞ言ったことはない(そもそも名前を呼んだことすらない)のも知っている。そしてこの二人はケンカに第三者を例えば「お前はどう思う?」などと巻き込むタイプではないとも思う。

「…御幸君、だ。」

「同室のよしみで俺が一也さんを一也さんって言って何が悪い?」

「俺は昔呼んでたからいいんだよ。お前許可もらってないだろ。」

「許可ってなんだよ。先輩だと思ってるから一也さんなんだよ。」

箸をおき腕を組むと奥村は御幸によく似た片方の口角をあげる笑みを浮かべる。さらに片方の目をわずかに細める。

「御幸君!」

「一也さん!」

「御幸君!!」

「一也さん!!!」

「どっちも却下、な。」

過熱していて気配に全く気付かなかった。

ドアを開けて御幸と倉持が立っていた。

ビリを競う浅田が来てしばらくたつのに奥村が来ないし、食べ終わっていたのを確認していた由井も来ないので、まずいんちゃうか、とおろおろし始めた前園に言われ様子を見に来たのだ。

「1年の癖に社長出勤してんじゃねえよ。お前らは俺を、キャップと呼べ。」

大概のことには笑っている御幸も因縁を知らないためひたすら不仲な後輩に腹を立てる。

“キャップ”は時折沢村が呼ぶ呼称だが、実は気に入っているらしい。

2年の投手コンビのように仲の良すぎるのも問題だが、これはまた別で厄介だ。

「なんなんだよ。ケンカは困るんだけど、どっちが吹っ掛けたんだ?」

単純に性格から考えると奥村なのだろうが、そもそもわざわざ由井が残っていた、あるいは奥村を待っていたことからしてそうとも言い切れない。

 尊敬する(かどうか、御幸は分っていない)先輩に怒られて、二人はふてくされ互いにそっぽを向いている。

…こういうとこガキっぽくっていいんだけどな。

瀬戸に意見を聞くべきかもしれないが、彼は奥村の親友だ。正直なところを言ってくれるかどうか分らない。

「言いたくねえなら、まあ、いいや。とにかく練習に早く来ること。それと普通にせめて御幸センパイってくれないかなあ。」

「でも、結城が去年の主将は哲さんって言われてたって言ってました。」

奥村がぶすくれたまま、呟く。

「ひゃ。哲さんと御幸じゃ、違うわ。こいつ威厳ないじゃん。」

「てことは、お前らにとっては俺も哲さん並みの重みがあるってことか?でも御幸君、てのはなあ。」

御幸に言われて由井は、何か言いたげな目で見上げてくる。

倉持はその視線がどこか、寂しそうなことに気付く。さすがに過去の因縁には思い至らないが、もしかして、こいつらにとってこの馬鹿はクリス先輩なのか、と思いつく。しかも、御幸にとってはクリスはライバルであると同時に理想であったが同学年に競う相手がいれば御幸は単なる目標になる。

単純に、慕われてるってことじゃん。そう考えれば奥村なんてかわいげのなさでは2年前の御幸にそっくりだ。

「よし、せめて和さん、にしろ。」

偉そうに、上機嫌になって言う。

「かずさん?」

「和さん。」

生意気な一年生に言われて後輩に甘い我らが主将は、二人の頭をなでる。

一人は無表情で、一人は満面の笑みを浮かべて、だが、その後二人して同じような微妙は顔をする。

…憧れの先輩に甘やかされてうれしいんだろうが、いい年した同性の頭をなでるってどうなんだろう、子ども扱いされた、とか思ってやがるな。傍で静観していた倉持は気付く。そしてその感想は瀬戸とも共有しているらしい。

同時にため息をついた。

「行くぞ、御幸。こいつらもそろそろ来るだろ。」

この馬鹿な一年生捕手と御幸を組ませるとろくなことにならない予感がしてすっかり何をしに来たか忘れている主将の服を引っ張る。

「あ?そっか。ま、適当に仲良くしろよ。」

ひらひらと手を振って倉持に引っ張って行かれた。

はあ。

瀬戸は再び、ため息をつく。

御幸センパイは分らないまま本能でうまく対応してくれてるみたいだが、倉持先輩も光舟のめんどくさい性格は分ってくれたらしい。あるいは扱いなれているのか?すごい人だな。

野球とは関係ない部分で倉持は瀬戸の尊敬をえることとなった。

「早く行こうぜ。」

無意識に由井にも声をかける。自分がいつの間にか小湊の立場に立ったことには気づいていない瀬戸であった。

そして立場は似ていても春市のように小湊の血筋も引いていないので有無を言わさぬ支持力はない。無言でガンを飛ばしあう二人に今後3年の気苦労を想像してしまうのであった。

 


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