SCENE 4
倒した男たちを縛り上げ人目につかないよう路地裏まで運んでから刀と携帯を取り戻し屯所に連絡を入れた。9番隊は近くを回っているだろうから駆け付けるまでそれほど時間はかからないだろう。後に問題となりそうなので二木が人質に取られていることは伝えていない。
隊士たちが駆けつける前に救い出さださねばならないがどうしようかと考えているうちに縛りあげた誰かの携帯が鳴った。 出るわけにはいかないが、GPS機能をオンにしているかもしれない。とりあえずすべての電源を切る。このタイミングで切れば何事かあったと気づかれる危険は高いがすぐそばにいるとばれるわけにもいかない。 ややあって、倉庫から6人、ガラの悪い男たちが出てきて、道の両方向に分かれ走って行った。
どこかで駆けつける隊士に会うかもしれない。念のため再度、組に連絡し、見かけてもほっておき見つかったときのみ捕縛、即座に拠点が見つかったことを知られないよう手を打つことを指示した。
川べりの倉庫ならば川から直接荷卸しできるように船着き場があるはずだ。倉庫の裏、船着場側の入り口を探す。浪士たちを隠した路地には草が生え空き缶が転がっている。大野屋がここを西湖党に貸し出して荷物の受け入れ地としては使っていないのだろう。だが、いざという時の逃走経路として川には小舟が係留されている。勝手口のドアに鍵がかかっていることを確認し、船着場から下流まで伸びた船のロープを手繰り寄せ乗り込むと綱を引き岸まで寄せた。
桟橋から続く木戸には鍵がついていないが、なかなか滑りが悪そうだ。 川の照り返しで気付かれないよう、一番奥の戸を慎重にあけて隙間から中を確認する。
薄暗い室内で灯りのともされた空間にこちらに背を向けた男とその奥に憮然として棚の柱に括り付けられた二木が座っている。唇が切れていて腫れがあることからして殴られてはいるようだがその表情からしても動けないようなけがはなさそうだ。顔をあげれば自分に気づきそうだと何か手段はないか考えていると一陣の川風が吹いた。
二木よりも先に背を向けていた見張りの男が振り向き、瞬間、土方と目があった。 そばに置いていた刀をつかみ、二木の首に突き付けようとするから。 音が出るのもあきらめ扉を押し開いた。
「誰か、侵入。」
ダンッ!扉はそのまま桟から外れ、室内にいきなり強い日差しが充ちる。おかげで見張りの目は一瞬くらみ、その間に腹に肘を叩き込み当て身で昏倒させる。迷う暇はなく男の持っていた刀を奪い二木の背に挟み込むとロープを断ち切る。気を失ったままの男の指にひっかかっていた鈴をとめた紐が引きちぎられて、りんっと音を立て転がったから、その刀がかつて自分の身を守っていたものだと気づいた。
だが、以前は感じなかった重さを感じる。その上、指がこわばり持ち替えることができない。
「副長!」 二木が叫んで注意を促したように、倉庫のほうから異変に気付いた浪士たちが抜刀して向かってくる。舌打ちしつつ左手で村麻紗を引き抜くと右手の刀はするりと手のひらから離れた。
12,3人。この人数なら一度に向かってこられなければ何とかなると二木を背にかばうように村麻紗を構えた。 ゆらりと背後から殺気を感じ振り返る。その横を二木がすり抜けた。
刀の名手とは聞いたことがない。常識人でさりげなく人をまとめられるおとなしい人物。 土方は二木をそう判断していた。
その二木があっという間に5人、切り伏せていた。全く、無駄な動きがない。 どこか、沖田の太刀筋に似ているように感じた。 正気に戻った土方が、制止の声をあげても聞こえていないようで刀を振り続ける。 さらに二人。 西湖党内でのそれぞれの立場も分らない、たまたま、入党したばかりの者もいるかもしれない。だいいち、新撰組は警察組織だ。チンピラ警察と侮られ、正当防衛でも過剰防衛と言われかねないのに捕縛の意思もしめさず惨殺など許されない。
「くそっ。」 小さくののしりの愚痴を口にして土方も動く。敵と二木の間に割り込むように。 次の男を殺そうと振り上げられたかつての土方の刀を村麻紗が受ける。
正面に立てば二木のこわばった表情が見える。彼は、混乱していた。自身の意思ではなく、刀に操られているのは明らかだった。そのうつろな視線が村麻紗に向く。
「あっ。」 微かに困ったような表情を浮かべた後、その手からするりと刀が落ちた。
だが、敵もいくら自分をかばったとはいえ真選組副長の背中を目の前にし、見逃すはずはなかった。ほっとしたのもつかの間、ちりっと背後から殺気を感じ、とっさに体を回転させながら先に二木が切り付けようとした、つまりは土方がかばった男の脇腹に刀の峰をたたきつけた。 気を失って倒れかかる男の剣が慣性のまま振り下ろされ、刃がわずかに左肩をかすめる。
「二木!しゃんとしろ。」
残りの敵が、一斉に切りかかってくるのが、呆けたままの二木では役に立ちそうにない。 邪魔にならなければ、寧ろ今はそのほうがいいかもしれない。二木のせいではないのも分るるので今度は二木をかばうように背を向け西湖党に立ち向かう。
「なんだかんだ言って、敵の数は減ったから、まあ、なんとかなるな。」
思った通り、わずか3人倒したところで敵は逃げ出したから、むしろ物足りない。アジトには書類も、捕虜も残っている。逃げた者たちの追跡は容易かろう。
背後で二木が腰をかがめた気配を感じる。刀を拾ったようで正気に戻ったのかと背を向けたまま「そのうち9番隊の奴らも駆けつけるだろう。帰るぞ。」と声をかけると、傷口に何かが触れた。
何か、と振り向くとうつむいた二木の頭が見えた。
そして。
「み、つば…。」
顔をあげたその人はかつて愛し守りたいと、守り切れなかったと悔いた女性の姿をしていた。白皙の中、唇だけが朱い。紅を佩いたような色に、先ほど傷に触れたのはこの唇だったのかと気付く。唇は何も紡ぎださず、そっと右手に持った刀の刃に口づけをした。視線は土方に据えたまま、一瞬も離れようとしない。たおやかなその人に似あわない刀は手から零れ、音を立てて再度、地面に落ちた。それからかつてそうだったようにはかなく笑って、伝えたいことはたくさんあるのに言葉にできないようで、ただ、黙って土方を柔く抱きしめた。交わった視線は閉ざされ、やがてそのやさしい気配も自分を抱きしめる人から消えた。
自身の腕を回し、抱きしめることはできなかった。最後にそうすべきだったかもしれない。 あの人の視線は悲しげで寂しげで、愛しげだったのに、最後まで自分は何も伝えられなかった。
…すまない。…大切だった。…愛していた。
「御用改めである。」 正面入り口から飛び込んできた9番隊隊士達は、鬼の副長を抱きしめる自らの隊長を目撃することとなる。しかも、振り向いた彼は唇だけ、真っ赤だった。
ブービー隊長はその後、ひそかにホモ隊長と呼ばれ、一気に真選組の中で有名人となった。密かではなかったのは一番隊隊長でことあるごとに二木ではなく土方をここぞとばかりに詰った。
「男に抱き付かれるなんざ、武士としてどうなんですかね。」
「モテ男ってのは女だけじゃなかったんですかい。」
「ホーモ、ホオォーモ。」
あれはてめえの姉貴が…とも言えず、土方の煙草の量とイライラは日々増すのだった。
刀は、いっそ奉納したほうがいいかと例のごとく局長をスマイルまで迎えに行った際あねに尋ねたところ呪いは解けている、問題はない、あれほど強い呪いだったのにと首を傾げられた。みつばは、もはや自分の守りなど必要ないと傍にいることをあきらめ、自ら浄化されたのだ。
後にそれは、刃に磨いても砥いでも消えない花びら大の薄く赤い模様があることから薄桜と呼ばれ名刀として名を残す。手入れをしたことのある刀鍛冶や研ぎ師は、自分が見た時にはなかったというがその曰くを知る二木も土方も真実を語ることはなかった。 そして名刀薄桜は生涯、二木二郎の命を守り続けたのである。
END
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