おだやかな日であった。
プラハの街の王宮をながめる人の多く来る橋を眺めながらのスケッチだった。
きれいな街なので、かなりの枚数を描くことができた。
名勝の多い、旅するなら良い、気持ちもよく穏やかな国であった。
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ダイアナ妃が、パリで亡くなったその日に、パリの街はセーヌ河の周りには
たくさんの警察隊が集合していた。河の所を写生していたのだが、
喧噪の空気を感じて、何が起こったのかが直ぐには、私は分からなかった。
でも、スケッチを続けるのは、落ち着かなかった。
それで私は、ユーロスターの切符を丁度手に入れた時だったので、
ロンドンに少しの間、スケッチの時間を求めて移動することにした。
随分と前 . . . 本文を読む
パリでの学習の時間を有効に過ごすため、私は次々に写生をするために小旅行を
した。これは、パリから西北への移動。その道中でのスケッチであった。
パリから、西北への道で、出会った風景といっても、どう行動していたか、
メモが見当たらなくて、どこか。
時期は、ダイアナ妃がなくなった頃というのは記憶に残っているのだ。
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ベネチアへのひとり旅の水彩画です。サン・マルコ広場への。
25年前ころのスケッチになるでしょうか。
随分と今頃とは違っているでしょうか。
20国以上の世界へのスケッチ旅の初期ころです。以前は海の推移が
高くなったりしなかったのです。随分世界の気候なども変化している
ようです。 . . . 本文を読む
セーヌ川を芸術橋方面から、大聖堂をスケッチした思い出のラフスケッチなり。
短いスケッチのやり方で時間的にゆっくりできない時に、ペン書きあら水彩描き。
時間的には10分以内で、軽い画用紙のものを、持ち歩いていたものです。
右側方面には、ナポレオンの墓地があって、観光客のとても多い場所です。
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わが世界の旅を始めたのは、日本の旅を、全県を終えた後のことだった。
それは、大学生時代の終わりに近い頃だった。
それから卒業して、就職して長い間仕事で忙しく生活をしていた。
仕事を熱心に続ける生活が続いた。夏季には休暇で何回も信州に出かけていた。
この掲載の絵は、信州で描いた時、それは信州のあの事件があった頃のこと。
時期があたると思い出した。テレビで見た場所の近くの宿のあたりで、知 . . . 本文を読む
瀬戸大橋もすでに年月が沢山過ぎてしまった。
こちらの橋は、坂出から岡山までの橋です。
少し前に高松から岡山の橋上の、電気の故障で
6時間も客を乗せたまま停車したとか、、、、、。
約6時間後、救助に向かった下り列車に乗り換えて岡山方面へ移動した。2024/11/10のだったそう。
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