しまうまハイツの日々騒然

特別な人間でもないけれど、意外と破天荒な日々を送ることもある。そんな人間が何てことない日々を吐き出します

フィラディナストーリー第5話

2021-04-24 19:11:31 | フィラディナストーリー:物語
第5話『旅立ち、つまづき』


黒い霧というのは現状では何も解明できていない謎の気体。
いつからか当然のようにこの大陸に出現し、我が物顔でありとあらゆるものを蹂躙する。
異形の怪物を生み出す特性があり、怪物は人間を襲う。
被害の大部分は多くの人間が集まる大陸の中心カルディナ城近辺に集中しており、国王も国民も困り果てている。
黒い霧から生まれた怪物ならまだ良い、物理的な行動で対処可能。
しかし霧のまま空中に漂うものは兵士では対処不可能。
大気が汚染されて作物が枯れ果てて、そういった被害はどうしようもできない。

「だからって何で魔法使いに頼むんだろうね。」

しかも私みたいな底辺の、とトローチは付け加えた。学校の入り口近くのベンチに座っている彼女の両手にはカルディナ城から届いた黒い霧の詳細と現在の城の状況について事細かに書かれている資料がある。正直14歳には難しすぎる文章である。恐らく調査した人物も書いた人物も学生が読むことを想定していなかったのだろう。理解ができたのはほんの一部、ソルダム先生がわかりやすく解してくれた部分だけだ。本人もまさかこの年で大人が書いた論文のようなものを読むとは思わなかった。
読み始めた初めの時は物珍しさもあったが、慣れてくるとただただ退屈である。もはや迎えの兵士を待つ時間つぶしにもならなくなってきた。心なしか瞼が重い。

「それもそうだよね。魔法使いのこと気に食わないのか、頼ってるのか、どっちかにしろっての。」

隣に座っているレオナは足をブラブラさせながら、トローチが見ている資料を覗き込む。途端苦虫を噛み潰したような表情をし横に首を振る。

「絶対私たちの事気に食わないんだよこれ。頭痛くなってきた。嫌がらせだ。」

今日は黒い霧の調査のためカルディナ城に向かう日だ。予定ではあと数十分かそこらで迎えのものが来るらしい。
もう送られてきた資料は何度も見直した。ほとんど難しすぎて二人には理解できなかったが。

「すぐに調査終わればいいけどなぁ。」
「だよねー。どう考えたって危険だよ、この調査。っていうか調査って何を調査するのよ。」

お城の兵士が頑張っても解決しないことを齢14の少女にやらせるのは如何なものかと思う。
お城の人は魔法使いを便利屋か何かと認識しているのでは…とトローチは思った。
そりゃあ魔法は便利だけど、とため息をつく。

「あ、先生だ。そろそろ迎えが来るのかな?」

レオナの言葉につられて資料から顔を上げると魔法都市の方からソルダムが歩いてきたのが見えた。フィラディナ魔法学校までの道案内をするという事で彼は魔法都市の入り口で兵士が来るのを待つと言い早朝出かけて行った。
トローチは資料を鞄にしまいこみ、表情を引き締めて立ち上がった。
迎えに来るのはカルディナ王国の兵士、気圧されないようにしなくてはと拳を強く握った。しかし視線を向けた先に迎えの者らしき人物は見当たらない。
横に立つレオナも怪訝な顔をする。

「せ、先生…?」

トローチは不安からか怯えた表情を見せる。
ソルダムはそんな彼女を見て大きなため息をつきながら申し訳なさそうに口を開いた。

「問題が起きた。城までは徒歩で行ってもらうことになった。はい、地図買ってきたから。出世払いな。」
「はい。って、えぇ!?」

地図とソルダムを交互に見て、トローチは驚愕した。
自分はフィラディナ魔法都市から外に出たことはない。
もちろん地図を見ながら歩いたこともない。どう行けというのだろう。
驚きのあまり言葉も出ない。

「あのー問題って…迎えに来る予定の兵士に何かあったんですか?」

レオナは首を傾げながら問いかける。

「んー、ちょっと城からこっちに移動中に何かあったらしくてな。こちらに来るのは諦めて途中で帰ったようだ。」

ソルダムは苦笑交じりでそう話す。どうやら定刻通りに兵士が来なかったため、魔法を使って兵士の居所を探った。魔法の鳥の目を借りて偵察したところ引き返していく兵士の姿を確認したという。
それを聞いてレオナの顔色がみるみるうちに怒りで赤色に染まっていった。
当のトローチはそれは困りましたねと少々他人事なのも彼女の感情の高ぶりに拍車をかけた。

「なっ、なっさけなぁーーー!!何それ?それでも兵士なの?トローチも何か言いな!当事者しっかり!」
「え、あ、ごめんね。」

兵士に対して恐れを抱いていた自分が恥ずかしいとでも言いたげにレオナは嫌悪感を示す。
しかしレオナはその表情を直ぐ変えた。少しひっかかるところがあったのだ。

「わざわざ途中で引き返すってどういうことですか。」
「姿は確認できなかったが困った怪物にでも遭遇したんだろう。装いもボロボロだったし走っていたしな。」
「え…。怪物って…。」
「黒い霧から生まれた怪物だ。」

「もしそうだとしたら。城までの道の近くにまだいるかもしれないって事じゃん。」

レオナは顔を引きつらせながらソルダムに詰め寄った。怪物という存在がどの程度の相手かは想像もつかないが、兵士が逃げ出すほどのものなら遭遇したらただでは済まないだろう。

「まぁまぁ、怪物だって動くさ。よほど運が悪くない限り会わないだろう。」
「そういう時に限って会うものなんですって!トローチ明日にしよう!明日なら大丈夫だよ。」

ね?とレオナはトローチに詰め寄った。絶対に出会わないという保証はないが少なくとも今出発するより遭遇する確率は少なくなるはずだ。
トローチは「んー。」と考えながらもソルダムから受け取った地図を眺める。

「レオナ大丈夫だよ。まっすぐ歩けば着くみたいだから迷子にはならないよ。」
「迷子の心配してるわけじゃないんだけど、その発言で迷子も心配になってきた。」

彼女がまっすぐと言っているのは地図上では魔法都市から北であるというだけで、そのまま歩けばいいという訳ではない。
レオナ自身も魔法都市から出たことはないので偉そうなことは言えないが、トローチ一人で城まで辿り着けるとは到底思えない。
しかし自分が代わりに行くことは出来ないし、正直怪物が出るかもしれない場所に行きたくはなかった。自己保身に嫌気がする。

「本当に平気?怪物いるかもしれないんだよ。」

行かせる前提の当たり障りのない事しか言えない自分にも嫌気がした。

「うん、黒い霧の調査をするならいずれ怪物にはなんらかの形で会うことになると思うし。それにここで行かないと多分私行けなくなっちゃうから。行ってくる。」

そんなレオナの気持ちを知ってか知らずか、トローチは魔法都市のほうを真っ直ぐと見つめて言葉を返す。声色が少し震えた。
魔法都市の外はどんな世界が広がっているのだろう。
まだなにも知らない少女は一歩を踏み出した。一歩、また一歩と歩を進める。少しずつ早歩きになる。

「トローチ!気をつけてね!!なるべく早く適当に終わらせちゃってね!!」
「無理すんなよ。行かせておいて言うのも何だがやばいと思ったら帰ってこい。まぁでも体裁があるから最低でも国王には会ってくれ。」

背中からかけられるあまりにも無責任なソルダムの発言に思わず笑みを浮かべながらトローチはカルディナ城へ向けてまっすぐ歩き出した。
魔法都市の見慣れた街路を歩く。少しずつ結界の境に近づくにつれて緊張で掌が汗ばんできた。
結界の外には黒い霧から生まれた怪物がいる。どの程度の脅威なのか、どの程度分布しているのかわからないことだらけだ。
それでも大きな不安と共に小さな好奇心が彼女を前に進ませる。使命感なんてものはない、彼女はただただひたすらに流されやすかった。

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ようやく旅に出ました。
まぁ早く終わるわけがないんですけどね。一応長編だし。
祝5話(勝手に)ということでそろそろ前の話をちょいちょい直していこうと思います。
多分矛盾点とか説明不足とか背景不足とかもう色々あると思うので現在の力で出来るところはよりよくしていきたいと思います。
ちなみにトローチが黒い霧の調査員に選ばれたのは「主人公だから」「魔法都市を治めているソルダム先生の生徒だから」という事以外にも一応理由があります。それは次の冒頭に触れていきたいと思います。


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