(ケース1)【直也の場合】
あれは銃声だったのか?
乾いた音、そして衝撃。
衝撃…
それは
どこまでも永遠に続き
私は撃たれたのか?
いや…だったら死んでる。
まさか…死んだのか?
その道は
どこまでも白く
いや…待てよ…
そもそも…
銃で撃たれたことがないから
わからない。
記憶…
時折
闇に消えてしまいそうな
そうだ、記憶…
記憶が…ない…
どこからだ?
ジリリリリ…
私の名前…
わからない…
まぁ…
それは記憶喪失の基本だな。
白い
ただ白い
その道は
ここがどこか…
わからない…
というより…
真っ暗だ…
ジリリリリ…
あるいは
まだ
意識を
取り戻していないのかも…
いや、でも…
こうやって考えてる。
考えるゆえに我あり…か…
しかし
手足の感覚もないし
なにより
実感というものがない。
『生きてる実感』
まいった…
でも、鑑みるに
今までもこれといって
生きてる実感なんて
感じたことはない…
ただ
永遠に続く
寂しい道…
そもそも実感ってなんだ?
形があるものなら
触れもするが
『生きてる』って概念を
どうやって実感しろってんだ?
ジリリリリ…
愛だってそうだ。
自分では
愛されているって思っていても
実際は
そうじゃないって場合も…
うん…なんだか
哀しくなってきたな。
白い
ただ白い
寂しい道
それは
どこまでも
寝るか…
いや、まだ寝てんのか?
どっちでもいいか。
何も考えないようにしよう…
ジリリリリ…
やれやれ…
目覚ましが鳴ってる。
誰だ…
まったく…
(ケース2)【愛子の場合】
愛子は
その場から動けなくなった。
大勢がざわめくこの場所で。
時間が
止まったような錯覚に陥る。
音の全てが
頭に突き刺さり
心臓は破裂しそうなほど
鼓動を打っている。
もはや
立っていることすらできなかった。
頭が平衡感覚すら保てない。
視線が痛い。
呼吸は荒くなり
深呼吸ができなかった。
こんなに人がいるのに
助けを求めることができない…
いや
いるからこそ。
こわい…
何が怖いのか?
涙が止まらない。
その場に頭を抱えてうずくまる。
近くの壁に
身体をもたれかける。
どうして?誰か!
恐怖で
頭の中は混乱を極める。
呼吸はだんだん浅くなって
吐き出すことはできても
吸うということができなくなる。
意識が遠のく…
なぜ
記憶なんてものがあるのだろう?
生きることと
記憶ということは
ほぼ同じ意味である。
そんなことは
もちろん知っている。
時間は記憶が生成している。
そんなことも知っている。
でも、なぜ
記憶なんてものが必要なのだろう。
なぜそうした構造のなかでしか
私達は生きられないのだろう。
こんな問いに
答えがないことも知っている。
だけど、問いかけてしまう。
愛子の
古い記憶が…生々しく蘇ってくる。
愛子は、声を出さずに泣いた…
飛び降り自殺を
目撃した友人の話を
思い出していた。
飛び降りていく人間は
黒い棒に手足がはえた
そんなふうだって言ってたな。
ビルが無数に並ぶ街。
いつの間にかそこにいて
街を出ようとしたけれど
何処へ行けばいいのか
分からなくなって…
通りがかりの奴と
喧嘩になってしまう。
闇雲に殴りつけ
鼻息を荒くして
そして相手を殺してしまうと
我にかえって
自分の馬鹿さ加減に
笑った。
部屋に帰り
ベッドに
腹這いになりながら
手を伸ばし
消え去ってしまった
彼女の温もりを
探すことから
始めてみた。
目覚めてから彼は
一度も呼吸を感じなかった。
これが死かと思う感覚は
やがて
現実というものに
激しく突き刺さり
何が始まりで
何が終わりなのか
すっかり
解らなくなっていた。
愛子は、声を出さずに泣いた。
それは彼女の癖であり
ささやかな防衛手段でもあった。
愛子の右肩には
火傷の痕があったが
それは母親が
火を消した直後のガスコンロに
押し付けた為に
出来たモノであったし
身体の随所にある痣は
折檻によるものであった。
中谷愛子は、決して
恵まれた家庭環境で
育てられたとはいえなかった。
父親は事故でなくなっており
実の母
キミ江の手によって育てられた。
父親の蔵六は
近所の木工所で工員として
働いていたが
残業中ひとりで
機械を操作していた為に
ボタン操作を誤り
直径2mもの鋸に
巻き込まれて
まっぷたつになってしまった。
ちょうど
夜食を届けに来ていた
キミ江の眼前で起きた
惨劇であったが
当時三歳の愛子は
肉片と化した父親に
縋りつき慟哭する
キミ江の眼中に
はっきりとした
狂気を感じ取っていた。
しかしキミ江は
もともと寡黙な女であった為に
毅然とした態度を演じる事が出来た。
その代わり
彼女の心に鬱積した
ストレスの捌け口は
愛子であった。
決してキミ江は
愛子を、我が子を
愛していない訳ではなかった。
ただ、余りにも強い
哀惜の念が
悪疫の様に彼女を苛み
内なる狂気を引き起こす
誘引となっていた。
キミ江は
愛子を折檻した後は
必ずといっていいほど、泣いた。
愛子を抱きしめ
愚痴をこぼす。
そしていつしか
眠りにつく。
その横で
愛子も丸くなって眠る。
しかし
布団で寝れる訳ではない。
黴臭い畳の上で
小さく震えながら眠るのだ。
しかし、それは
まだマシだった。
母親の機嫌が悪い時には
愛子は、氷の様に冷たい
台所の板の間に
追いやられた。
別に、母親が
監視している訳ではなかったが
服従する事で
それ以上の
酷い仕置きを受けない様にという
幼い少女の
自己防衛でもあった。
折檻の痕の
どす黒く変色した痣が
じくじくと疼いたが
餌を食いながら愛子は
めったに感じる事の無い
感情が湧き上がっている事に
驚嘆していた。
しかし
弱冠五歳の愛子にとって
それが
『幸福』
であるという
感情だと理解するのは
不可能であった。
…三日ぶりの、エサだった。
静寂。
夢にうなされ
目を覚ますたびに
天上の闇の中に
浮かび上がる
恐怖という潜在意識が
ありとあらゆる不幸が
目の前で両手を広げていた。
愛子は
直也の腕の中で小さく包まり
びっしょり汗に濡れていた。
「平気かい」
「幸せかい」
「怖くはないかい」
そんな台詞を
口にすればするほど
愛は醒めてゆく。
彼女のせいじゃない。
いったい何を探していたのか。
愛のほかに何のための言葉を
探し出すというのか。
愛子は目を覚まし、こう言った。
「優しさすら
痛みになることも
知っているの…」
その言葉が
とても冷たく聞こえたのは
直也自身が
怯えていたせいだろう。
「ひとつだけ、教えてくれるか?
今、君は、幸せかい」
愛子は、直也に
たくさんの言葉で
少しだけ、話した。
「幸せなんて
求めてたら
きりがないわ…」
生きるということは
いつも繰り返し。
いつも同じ台詞。
いつも同じ作業。
考える必要などない。
だから私は
いともたやすく
そこから離れていける。
だから私は鍵をかける。
誰もいないこの部屋に。
今日も現実を閉じ込める。
世界の現実が
誰も傷つけないように。
溢れる悲しみで
自分が溺れないように。
私を取り巻くものが遠くなる。
ああ またか
遠いところで、私は思う。
自分から世界が遠ざかる。
私と現実との距離が
ふうっと離れていく。
中途半端に
現実と非現実との
界面を漂っている。
私はいつも
ちょっとだけ離れたところから
私自身の事を見ていた。
自分自身のことなのに
いつも他人事のように思えていた。
笑って
怒って
泣いて
驚いて
そうした感情を発しながら
同時に観察し分析していた。
涙の理由
怒りの原因
喜びの対象
驚愕の思念
観察と分析を前に
私の感情は
すうっと消えていく。
もろもろの感情が実際に
そこにあったのかさえ
解らなくなってしまう。
寂しくて不安で苦しいけれど
私は
それほど嫌じゃない。
代わりに私は
世界を知った。
現実の中で息をして
動いて生きている私がいる。
それからその様子を
ちょっとだけ上のほうに浮かんで
眺めている私がいる。
地上の私は泣いていて…
浮かんでいる私は
それでも、地上に焦がれている。
こんなに私に触れたいのに
怖くて手を伸ばせないでいる。
愛子は心を閉ざした。
本当の孤独を知る…
漆黒の暗闇を視る…
無音の恐怖を聴く…
存在の否定。
完全な孤立。
喪失感
虚無感
絶望
失望
死
暗い闇に堕ちた!
そこは心の中だった!
深く暗い…
無意識という名の…深海
戦う敵がいなかった…
自分と闘おうにも
存在が無かった…
そこに在るのは…
無という概念
誰かを信じる前に
自分を信じられない…
自分を欺く。
重要なのは
自分が今
どの領域にいるのかだ。
心を海に例えるのならば…
光射する表面部分が
直也の意識だ。
光のあたらぬ闇の世界…
それが、無意識。
そんな無意識の中にも
生きるモノがいる。
むしろ、闇の中にこそ
多くの
未知なるモノが蠢いている。
意識内の生物を
【理性】とするならば…
無意識内には
【本能】が生息する。
ひとは、自分が今
どの領域にいるかで
世界が違って視える。
ひとつだけ確実に言える事は
直也の状態は今
【心の深海】に在るという事。
親友の久志が、死んだ。
悲しい…
しかし
無意識の闇の中から…
悪魔がささやく…
『良かったじゃないか!』
直也は、驚嘆する!
その声が
直也自身のものだったからだ。
悪魔などではなく
自分の本能。
「何を言っているんだ?」
刹那
理性が働き、罪悪感を生む。
しかし、それは届く事はない…
まるで、深海には
光が射し込まぬかのように。
『お前は
安心したはずだ!
これで、愛子は…
自分のモノだと…』
「違う!
久志の死を悔やみ涙した。
これは、真実の涙だ!」
『真実は
もっと単純だ。
今、涙を流している自分は
他者の目に
どう映っているのだろうか?
美しい友情だ。
さぞかし
俺の姿は
美しく映っていることだろうと…』
「嘘だ!」
光在る処には闇もまた在り。
その光が
眩しく暖かなもので
あればあるほど…
産まれ出でる闇は
重く冷たいものになる。
「嘘だ!
嘘だ、嘘だ…偽りだ!
悲しみを紛らわす為の
虚構の感情に過ぎない。」
『では
その感情の産みの親が
自分自身であるという
事実からは
目を背けるのか?』
「自分を責めることが
悲しみから逃れる
唯一の手段…」
『現に今もこうやって
罪の意識に苛まれている自分が
さぞかし美しく見られている
だろうと思っている…
自分自身を
否定することさえ
できずにいるのではないのか?』
「僕は…何故、ここにいるんだ?」
『悲しみの
【痛み】から逃れ
安らぎを求めたから…』
「心地良いから?」
『心を偽らず本来の姿で居れるから…』
深く暗い…
無意識という名の…深海
欲望のカオス
戦う敵がいなかった…
自分と闘おうにも、存在が無かった…
そこに在るのは…
無という概念
自由?
万物から解き放たれた…
究極の自由だとでもいうのか…
人の心は川の流れ!
山から産まれた湧き水は
せせらぎへと…
やがて、小川となり…
悠々とたゆたう大河となる。
しかし
荒くれた感情が溢れ返り…
総てを飲み込む。
他者という名の
環境が出来始めると…
理性という名の
堤防に区切られる。
環境が大都市になる程に…
心は汚され…
そして、フタをされ…
陽の光の当たらぬ
地下を…流れてゆく。
「ただ、逃げたかった!
何から?
自由になりたかった!
自由なんてなかった…
みんな気付いてなかった…
俺たちは皆…
檻の中に居ることを!
家庭という檻の中
学校という檻の中
社会という檻の中
生活という檻の中
ひとつの檻から抜け出せたとしても
人間という檻から
逃げることなんて
できない!」
直也は、心を閉ざした。
愛子は天使だった。
ただ
父親から地上に堕とされた
堕天使だった。
人間は何をしてきた?
偽善、破壊、嫉妬、強欲…
すでに充分に考えてあった。
神が、自分を
殺しに来たのでなければ
無理矢理、天に連れ戻され
父と同じ道を歩まされるだろう。
事の成り行きを
不安げに見守る
人々の顔を見回し
彼等に不安を与えている
自分を恥じた。
なぜ彼らを憎めよう?
かくも弱い生き物を…
自分の価値基準でしか判断できず
愚かな事をして
自らの首を絞める人間を…
溜息を吐いた。
やがて雲が切れ
月明かりが差し込んできた。
かつては
か弱く慈悲深かった光は
この街を覆い隠すことなど
もうウンザリだと
拒んだかのように
月明かりは
建物の醜さを照らし出した。
そして…
人間の醜さも。
その刹那…
愛子は突如として
答えを見出した。
正義を行う力があるなら
それを行使すべきだ。
未来のためにも…
人間性のためにも…
そしてなにより
自分自身のために。
「私に権力を与えて下さるんですね?」
『今すぐにでも…』
神の声だった。
「では今すぐ!」
『よかろう』
「私が問題を解決します。
この星が抱える問題を」
『どうする?
洪水でも引き起こすか?
効果のある方法だ』
「いえ…
それは怯えさせるだけです。
それでは…
更正させる事は出来ない。
またすぐに忘れるだけです」
『お前は…どうしたい?』
「全員殺して星を焼く!」
『おい…何を言い出す?
…そこまでやる必要が…あ…』
「ある!」
『やれやれ…
早くお前を連れて帰ろう。
どうやら多くを
学び過ぎたようだ…』
それは
どこまでも永遠に続き
その道は
どこまでも白く
時折
闇に消えてしまいそうな
朽ち果てた
バス停があって
白い ただ白い その道は
永遠に続く 寂しい道…
神が世界から去ったのか?
世界が神から去ったのか?
それは突き詰めようがなく…
それは質問する意味もなく…
世界は全てを飲み込んで
閉じた。
「気持ち…悪い…」
おわり。
あとがき
再現してみました。
エヴァ最終回の
あの空気感
ね(*´ω`*)
さぁて
来襲の
エヴァんさんは〜?
『じゃん〜けん〜
うんわっふっふ…』
問題〓たまこ〓無い