前回から述べたように、高橋幸治が「黄金の日日」で信長を演じたのは二度目だった。彼が最初に信長を演じたのは、1965年(昭和40)放映の大河ドラマ「太閤記」だが、これは高橋にとっても初の大河ドラマ出演でもあった。同時に彼の名前が一段と有名になっていくのは、このドラマからだった。
高橋が演じた信長への反響は凄まじく、NHKには「信長を殺さないで」の投書が殺到したというから並ではない。おかげで信長にとってはクライマックスとなる「本能寺の変」の撮影が遅くなってしまった、というエピソードがあるくらいだ。
このドラマ放映から3年後に生まれた私は
当然、「太閤記」を視る機会に恵まれなかったので、当時の高橋が演じた信長がどのようなものであったか理解する事は出来なかった。
それがこの「黄金の日日」を視たことによって、初めて高橋の演じた信長に接することになるわけだが、子供心にもその衝撃は大きかった。いや、怖かったというのが正解である。
特に衝撃的だったのは、とあるシーンだ。ドラマが始まって、まだ最初の頃の回のことだ。
信長が安土城普請の現場に訪れ、宣教師ルイスフロイスと対面するシーンである。
信長がフロイスに色々と質問し、それにフロイスが丁寧に答えていくシーンはなかなか見ごたえがあるのだが、衝撃の場面はその後だ。
信長とフロイスが語り合っている間に後方の群集の中で、ちょっとした騒ぎが起こる。あるキリシタンの若い女性(夏目雅子)に
ちょっかいをかけようとする足軽の男がいた。それを止めようとしたのが、同行していた少し年上の美しい女性で、このドラマのヒロインとなる美緒(栗原小巻)だった。下品な足軽は、こともあろうに美緒に抱きつこうとする。その光景を少し離れていたところで見ていた助作衛門(現・松本幸四郎)が美緒たちを助けようと駆け寄ろうとする。が!それよりも早く動いたのは信長だった。
「下郎!離してやれ !」
信長の怒号が響き渡る。
「なんや?‼」
下品な足軽が振り返った瞬間、信長は手にした太刀を鞘から引き抜く。
次の瞬間、足軽の首が宙に飛んでいた。
(当時はこのシーンが恐ろしく見えたが、だいぶ後になってDVDを見返してみると
なんだか笑ってしまう)
信長が足軽か入夫かどちらか忘れたが、実際に自らの手で相手を手打ちにしたという記録は残っているようだ。
これとほぼ同じ場面は、「黄金の日日」から14年後に放映された大河ドラマ「信長」でも再現された。この時、信長を演じたのは緒方直人だったが、失礼ながらその迫力は高橋信長には及ばない。
とにかく、この信長の手打ちシーンは強烈だった。翌日、当時小学生だった私のクラスでもこの場面は話題になった。
それ以降、毎週このドラマを楽しみにすると同時に緊張感が伴った。
「黄金の日日」のオープニングの曲は素晴らしく、今でも大河ドラマ史上最高だと
個人的には思っているが、オープニングに
「織田信長 高橋幸治」と縦書きに文字が出ると、それだけで緊張が走った。
信長が秀吉(緒形拳)と明智光秀(内藤武敏)に比叡山焼き討ちを命じるシーンですら背筋が凍った。
信長が浅井朝倉攻めの最中に、秀吉が投降した敵方の武将二人を信長の前に連れて来ると、信長は一言。
「首をはねよ!」
この時は恐怖のあまりチャンネルを変えた。
そんな信長にも最期の時は来る。
残念ながら信長が最期を迎える本能寺シーンは回想みたいな描かれ方で、信長も大して戦わず、あっさり腹を切って終わってしまった。何だか拍子抜けした感じだs。
高橋信長が死んでも当然ドラマは続くのだが、どういうわけかあれほど怖かった彼の存在がやがては懐かしくなり、このドラマ以降は高橋幸治が出演する作品は、映画やドラマに関しては積極的に視るようになった。
高橋が大河ドラマに出演したのは、これが最後となる。それ以前には「太閤記」はもとより、昭和44年(1969)の「天と地と」では武田信玄を、昭和47年(1972)の「新・平家物語」では源頼朝を演じている。いずれも貫禄十分な演技力だった。
以上の作品は総集編や一部の作品がDVD化されているので、今でも視聴可能である。
高橋自身は現在では俳優業を引退しているようだ。もし健在なら80歳は過ぎている。元気であれば、もう一度その姿を見てみたい。