つらつら日暮らし

日蓮宗の清規で用いる「略三宝」

江戸時代の日蓮宗系で編まれた『草山清規』については、以前から何度か取り上げている。同著だが、元々は真言律宗にて律を学んでいた慧明院日燈(1642~1717)が、草山元政が構築した「法華律」の門に入ったことによって制定された。日資・月進・年規・齋儀・名分・家訓の六科を定め、いわば『法華経』及び同経を学んだ祖師の系譜に契う修行生活の規範として確立したのである。

そこで、同清規に於いて「略三宝」があることが分かったので、見ておきたい。なお、同清規後半では、禅宗清規同様に略されて「十方三世云々」と書かれたが、「祈祷」の項目に以下の「略三宝」が記されていた。

 十方三世一切諸仏
 世尊菩薩摩訶薩
 平等大慧一乗妙法蓮華経
    『草山清規』7丁裏


残念ながら、この清規からはどのように読んでいたのかは分からない。一部宗派では、敢えて古い唐音で読むようにしているけれども、そのような状況だったのかが分からないということだ。しかし、この略三宝は、やはり思想的に日蓮宗の教義を反映しているのだろう。

最初の「十方三世一切諸仏」とあるから、全ての諸仏への帰依を表明し、また、世尊と菩薩へも帰依し、最後には平等大慧たる一乗妙法蓮華経を挙げるが、ここは禅宗系が「摩訶般若波羅蜜」であることを思うと、敢えて『法華経』に持って行った様子が分かる。

ところで、上記の字句を考える時、例えば前掲同書に掲載されている「十仏名」とは記載が異なっていて、もしそちらから「略三宝」を作ると、以下のようになる。

 南無十方三世一切諸仏
 諸尊菩薩摩訶薩
 南無妙法蓮華経


やっぱり違う。とはいえ、なんか、こっちで十分な気もする。なお、北尾日大(1877~1946)著の『日蓮宗法要式』(平楽寺書店・大正10年)でも、先に引いた「略三宝」は採用されている様子も分かる。ただし、どうも、略すとただの「南無妙法蓮華経」で回向文を締めくくる場合もあるようだ。

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