つらつら日暮らし

『遊行経』に見る釈尊出家の年齢

『遊行経』は、阿含部に含まれる『涅槃経』となる。いわゆる釈尊の最期の遊行の様子を示したものなのである。その中に、釈尊が最後の弟子となった須跋(スバッタ)に対して、自身の出家の年齢を述べる箇所がある。

 我、年二十九にして、出家し善道を求む、
 須跋、我れ成仏し、今、已に五十年なり。
 戒定智慧行して、独処にして而も思惟し、
 今、法の要を説き、此の外に沙門無し。
    『遊行経』第二後、『長阿含経』巻4


北伝では、19歳出家、30歳成道が知られているが、以上だと、29歳で出家し、成仏してから50年とあるので、良く言われる「6年」とか「12年」とかいう修行期間はどうしたのだろうか?とか思うが、どちらにしても、阿含部には上記の通り、29歳出家説を示す経典も含まれていたわけである。

ただし、日本でもそうだが、江戸時代が終わるくらいまで、或いは、一部宗派は宗義上現在でも、釈尊19歳出家説を採るのだが、それはどこから出て来た説なのだろうか?

是の時、太子、宮に還りて思惟するに、念道清浄ならんには、在家は宜しからず、当に山林に処して、研精行禅すべし、と。年十九に至りて、四月七日、誓って出家せんと欲し、夜半の後に至り、明星の出づる時、諸天、虚空を側塞して、太子に去ることを勧む。
    『修行本起経』巻2「出家品第五」


『修行本起経』とは、初期中国仏教で活用された釈尊伝とされるのだが、その段階で、「十九歳出家」説が採用されている。なお、ここでは4月7日の夜に至って出家を勧められたが、実際には翌日に出家したことになっている。よって、これは後日その文脈を見てみるが、大乗『大般涅槃経』の中で、「他の降誕や出家、成道などが8日なのに、涅槃だけ15日なのは何故か?」という問いに繋がっていると思われる。

そのためか、他の伝記でも「十九出家三十成道」みたいな定型句が見られるようになるか、中国で上記の矛盾(要するに、出家の年齢を19とするか、29とするか)に気付いた学者達は、かなりの困難を通して、以下の結論を見出したのである。

 (周の恵王)八年壬子、年十九の四月八日の夜半、城を踰えて出家す〈十二遊経に云わく、仏、二十にして出家す。増一阿含第二十四巻に云わく、我れ年二十九、出家して人を度さんと欲するが故に。又た云わく、年二十、外道中に在りて学す。長阿含、亦た云わく、年二十九出家す。推すに其の大例は、如来在世七十九年なり。若し二十九にして出家し、三十五にして成道すれば、物を化するべき所、唯だ応に四十五年のみなるべし。而も禅要経に云わく、釈迦一身の衆生を教化するは四十九年なり。諸経、多く云わく、十九出家なり。今、此を以て正と為す。若し、二十九出家・三十五成道を以てするは、経中、蓋して少なし。且く云わく、二十年、外道中に在りて学す、便ち是れ五十年、方に成道すべし。是れ謬と為すことを知るなり〉。
 (同上)十九年癸亥、年三十の二月八日の明星出づる時、朗然として覚悟し、無上道を成ず〈般泥洹経の下巻、仏、阿難に語り、我、成道し来たる年、亦た自ら四十有九に至る。仏、覩るべきこと難し。一億四千万の衆、乃ち弥勒有るのみ。禅要に云わく、如来成道して四十九年、是れを一味と為す。長阿含第五巻に云わく、仏、須跋に語り、我れ成仏して已來、已に五十年なり〉。四十九年、天人・龍神の世間に処在す。
    『歴代三宝記』巻1


結局、以上では19歳出家、30歳成道を説くのだが、その典拠について苦慮した様子が分かる。阿含部まで含めれば、29歳出家説に傾くからだが、一方で、成仏してから「既に五十年」という記述もあるわけで、上記文献の著者も、その辺に引っかかったようである。つまり、釈尊が80歳(79年)で般涅槃されたとして、29歳で出家し、成道し、それから50年なら計算が合うが、もし、29歳で出家、6年の修行期間を経て、35歳で出家だと45年しか教化していないことになるので、この辺が矛盾になるわけである。

そうなると、修行期間を含めた時、19歳出家の方が都合が良いわけである。そして、30歳で成道すれば、50(または49)年教化したとまとめられるからである。

いやまぁ、現代的な視点だと、どの辺からもたらされ、訳された仏典なのか?というようなことを考えるので、史実的な事象を探る時にはここまで悩むことはないが、一方で、宗派の祖師方の見解と矛盾する場合にどうするか?と悩むことになる。どちらが良いのかな?とは思うが、この辺は仏教への接し方の問題になるのだろう。原始仏教などを評価したいタイプの人は、当方のような悩みは起きないだろうが、一方で、宗派に所属し、祖師の見解も重視する場合には、色々と考えねばならなくなる。とはいえ、その思考・思惟は、畢竟じて思考の柔軟性に繋がるので、それはそれで良いと思う。

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