つらつら日暮らし

「信教の自由」と終戦の日について

今日8月15日は、日本に於いて第二次世界大戦(太平洋戦争)での無条件降伏を受け容れた日である。よって、色々と議論はあるが、「終戦の日」と呼称されている。例年、この日は平和などについて考える機会としていたが、今年は「信教の自由」との関係で、記事をまとめてみたい。

さて、日本が無条件降伏する経緯としては、連合国の3カ国首脳(米・中・英だったが、後にソ連が追認)の連名で1945年(昭和20)7月26日に発した「ポツダム宣言」があり、それの受諾をもって無条件降伏となった。今回「信教の自由」との関連で見ていくとなると、この「ポツダム宣言」自体がまずは対象となる。

十 吾等ハ日本人ヲ民族トシテ奴隷化セントシ又ハ国民トシテ滅亡セシメントスルノ意圖ヲ有スルモノニ非ザルモ吾等ノ俘虜ヲ虐待セル者ヲ含ム一切ノ戦争犯罪人ニ對シテハ厳重ナル処罰ヲ加ヘラルベシ日本国政府ハ日本国国民ノ間ニ於ケル民主主義的傾向ノ復活強化ニ対スル一切ノ障礙ヲ除去スベシ言論、宗敎及思想ノ自由並ニ基本的人權ノ尊重ハ確立セラルベシ
    「附録・ポツダム宣言」、鵜飼信成先生『憲法』岩波文庫・2022年、388頁


ここから、降伏した後の日本と日本国政府に対し、「日本国国民ノ間ニ於ケル民主主義的傾向ノ復活強化ニ対スル一切ノ障礙ヲ除去スベシ言論、宗敎及思想ノ自由並ニ基本的人權ノ尊重ハ確立セラルベシ」と訴えていることが分かる。つまり、基本的人権の確立に際し、宗教の自由(信教の自由)が含まれたのである。そして、その後、1945年9月2日に降伏文書への調印が行われ、正式に降伏した。

そして、ポツダム宣言による「宗教の自由」の確立として、具体的内容として提示されたのが、1945年10月2日に設置された「連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)」によって発出された「神道指令」となる。GHQでは、日本が非合理的な戦争に突き進んだ理由を、日本固有の「イデオロギー」に求め、その具体的内容を国家神道及び関連する神話的世界観にあるとした。よって、1945年12月15日に「国家神道、神社神道ニ対スル政府ノ保証、支援、保全、監督並ニ弘布ノ廃止ニ関スル件」という「覚書」を発した。これがいわゆる「神道指令」である。全体で大きく4項目からなり、第1項目が13条、第2項目が6条、第3・4項目は各1条のみである。

この「覚書」は全体で3,300字を超えるが、詳細が知りたいという人は、以下のサイトをご覧いただければ良いと思う。

連合国軍最高司令部指令(文部科学省)

その中から、今回の記事の趣旨に合うと思われる文章は、ほぼ全体に及ぶけれども、特に以下の一節を見ておきたい。

一 国家指定ノ宗教乃至祭式ニ対スル信仰或ハ信仰告白ノ(直接的或ハ間接的)強制ヨリ日本国民ヲ解放スル為ニ戦争犯罪、敗北、苦悩、困窮及ビ現在ノ悲惨ナル状態ヲ招来セル「イデオロギー」ニ対スル強制的財政援助ヨリ生ズル日本国民ノ経済的負担ヲ取り除ク為ニ神道ノ教理並ニ信仰ヲ歪曲シテ日本国民ヲ欺キ侵略戦争ヘ誘導スルタメニ意図サレタ軍国主義的並ニ過激ナル国家主義的宣伝ニ利用スルガ如キコトノ再ビ起ルコトヲ妨止スル為ニ再教育ニ依ッテ国民生活ヲ更新シ永久ノ平和及民主主義ノ理想ニ基礎ヲ置ク新日本建設ヲ実現セシムル計画ニ対シテ日本国民ヲ援助スル為ニ茲ニ左ノ指令ヲ発ス

こちらは、当指令を発した理由を示したものだが、連合国側として、日本国内で蔓延していた「イデオロギー」が問題になったことが分かる。この「イデオロギー」について、具体的な内容を見ていくと、以下のように判断されていた。

(ヘ)本指令中ニ用ヒラレテヰル軍国主義的乃至過激ナル国家主義的「イデオロギー」ナル語ハ、日本ノ支配ヲ以下ニ掲グル理由ノモトニ他国民乃至他民族ニ及ボサントスル日本人ノ使命ヲ擁護シ或ハ正当化スル教ヘ、信仰、理論ヲ包含スルモノデアル
(1)日本ノ天皇ハソノ家系、血統或ハ特殊ナル起源ノ故ニ他国ノ元首ニ優ルトスル主義
(2)日本ノ国民ハソノ家系、血統或ハ特殊ナル起源ノ故ニ他国民ニ優ルトスル主義
(3)日本ノ諸島ハ神ニ起源ヲ発スルガ故ニ或ハ特殊ナル起源ヲ有スルガ故ニ他国ニ優ルトスル主義
(4)ソノ他日本国民ヲ欺キ侵略戦争ヘ駆リ出サシメ或ハ他国民ノ論争ノ解決ノ手段トシテ武力ノ行使ヲ謳歌セシメルニ至ラシメルガ如キ主義


この「家系、血統或ハ特殊ナル起源」だが、いわゆる日本の記紀神話と、そこからの連続性が問題となっている。つまり、神話と直結した民族観が、他の民族や国家への優越性となって展開され、いわば、侵略などが正義の行為として解釈されることとなったのである。そして、この内容に、天皇まで含まれたことから、当時の昭和天皇は、いわゆる「人間宣言」とも呼称される表明を発せられた。

天皇ヲ以テ現御神(あきつみかみ)トシ、且日本国民ヲ以テ他ノ民族ニ優越セル民族ニシテ、延テ世界ヲ支配スベキ運命ヲ有ストノ架空ナル観念ニ基クモノニモ非ズ。
    『官報』号外(1946年1月1日)へ掲載された詔書


一言でいえば、天皇を神とし、日本民族が他民族より優越した民族とするのは、架空の観念だと断じ、ご自身の神性を完全否定することとなったのである。そして、以上のことから、戦後の「信教の自由」の確立は、戦前・戦中の「イデオロギー」の解体に基づいて行われたと理解出来るのである。

そして、「政教分離」についても、「神道指令」で道筋が付けられたが、その理由も、既に紹介した指令の趣旨から理解することが出来るのである。つまり、イデオロギーの実現のために神道・神社関係への税金投入された様子を、国民の「経済的負担」と見なし、それを否定したのであった。

ところで、「神道指令」を含むGHQからの各種指令は、1952年4月28日のサンフランシスコ平和条約の発効により、その効果が停止された。ただし、その間に施行された『日本国憲法』に趣旨が反映されている。『日本国憲法』では、第二十条に「信教の自由」が表明されている。

〔信教の自由〕第二十条 信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。
  2 何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。
  3 国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。
    『日本国憲法』(典拠は、衆議院公式サイトに求めた)


この「信教の自由」は、3つの自由からなっているとされ、「第一は、信仰の自由」「第二は、礼拝の自由」「第三は、宗教的結社の自由」である(『憲法』126~127頁)。 それから、「個人の信教の自由を反面からいいあらわした」と評されるのが、「宗教と国家との分離」の原則(『憲法』127頁)であり、一般的には「政教分離」原則と呼称されるのだが、その内容は、他の条文でも明示している。

〔公の財産の用途制限〕第八十九条 公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない。
    『日本国憲法』、典拠は同上


以上から、国は宗教上の組織の便益や維持のための公金支出を否定されたのである。しかし、「信教の自由」の観点から見ていくと、実は戦前・戦後の日本の断絶は、この宗教政策の転換が第一にあったことが分かるのである。転ずれば、戦前の日本は、神道に対して、戦後に於いて分離を徹底して行わねばならない程に、国の全てに密着していたことを示すのである。

A級戦犯、崇拝阻止で散骨 決定過程、米軍公文書で初判明(共同通信)

以上のA級戦犯の遺骨を海に散骨したことも、A級戦犯を後に神として祀ることによって再発されるかもしれない「イデオロギー」を恐れたGHQにしてみれば、当然の選択だったといえよう。

今日は終戦の日、現代の我々の宗教観に影響したであろう一事に注目してみた。

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コメント一覧

tenjin95
> angeloprotettoretoru さん

コメントありがとうございます。

仏教各教団でも、宗務院や宗務庁といった名称を用いておりますので、名称的には仕方ない一面もあるかもしれません。
angeloprotettoretoru
いまだに「神社本庁」と、国家機関の一部であるかのような名称を持った包括宗教法人が存在することが示すところを、危うく思わずにはいられません。
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