つらつら日暮らし

釈尊と摩訶迦葉尊者について②(拝啓 平田篤胤先生32)

この記事は、【前回の記事】の続きに当たる。江戸時代後期の国学者・平田篤胤(1776~1843)の『出定笑語』では、『過去現在因果経』などの典拠を踏まえてではあるが、釈尊伝を篤胤目線で講釈しているのだが、その中に弟子達との関わりがある。前回は特に実質的な釈尊の後継者となった摩訶迦葉尊者出家時の様子を確認したのだが、今日は更にその続きを見ておきたい。

ところで、前回の記事で、迦葉尊者が釈尊のことを、「年少沙門」と呼んでいたことを採り上げたが、篤胤は両者の年齢の違いを、以下のように論じている。

さて釈迦が迦葉を骨折て伏させたる事は、先にもいふ如く此者は年といへば釈迦よりは四さうばいで百二十歳、家柄もよく富栄へ其眷属も多く、修行は八十年して釈迦の出ぬまへは神通広大で中々其時には右にたつ者なく、国々の王共を始め世には大さう用ひられて居るに依て、此者一人を伏させて弟子にすれば、これを信ずる輩をば、みな坊主にしよふとまゝに成といふ見込でいたしたことでござる。
    『平田先生講説 出定笑語(外三篇)』65~66頁


篤胤は、釈尊が30歳で成道したと判断しているのだが、その後に迦葉尊者を教化しようとした時、既に迦葉尊者は120歳であって、釈尊の4倍だったと述べているのである。しかも、その間、迦葉尊者は80年も修行をしていて、非常に優れた宗教者だったという話になっている。それにしても、「120歳」というのはどういう話か?すると、大乗仏典ではあるが、「迦葉言わく、「瞿曇よ、我れ今年、已に百二十を邁ぐ」」(『大般涅槃経』巻29「師子吼菩薩品第十一之三」)とある。つまり、迦葉尊者自身が、釈尊に対し、自分の年齢が「120歳」を過ぎていると申告したのである。

そこで、釈尊より迦葉尊者の方が年長であったということから起きた問題が、どっちが師匠で、どっちが弟子か、よく分からないという一件である。その辺を、篤胤は以下のように描写している。

夫故外の弟子とはちがひ迦葉をば殊更に敬ひ来れば出迎ひなども致し、又久しく乞食をして衣はつゞれとなり、さかやきなども長くはやして苦き体に釈迦の所へ来たる時など、迦葉をみしらぬ外の弟子どもは迦葉をあなどり陋める者もある。其節釈迦が自分の半座をわけて迦葉を座せしめ、大きに其功徳を賞し我と異なる事なしと申たることもあり、又釈迦と迦葉と同座を致したるおりなどは、人々皆釈迦が師で迦葉は弟子と成たと云と疑つて信ぜず、迦葉は大智慧有て普く世の人の敬ひ信ずる所、何として年少沙門が弟子とならうぞといつたと云事でござる。
    『平田先生講説 出定笑語(外三篇)』66頁


篤胤は、釈尊が迦葉尊者を敬うような態度を採っており、その理由として、迦葉尊者を弟子にすれば他の多くの者達も弟子にすることが出来るためだったとし、その上での上記一節である。まず、迦葉尊者は釈尊の弟子の中でも、「頭陀第一」と称されるように徹底した頭陀行を行った。しかし、そのために迦葉尊者本人の姿や衣はボロボロで、他の比丘達に侮られたというが、釈尊は迦葉尊者に半座を分かち、その修行を讃歎した。この件は既に【摩訶迦葉尊者の自誓受戒について】で書いたことがあるので、ご一読いただければ良いと思う。

ところで、釈尊と迦葉尊者との関係を、世の人が評した話は、どの辺が典拠になるのだろうか?多分、『過去現在因果経』巻4かな?同経はそのまま、『釈迦譜』にも引用されているので、そう珍しい話でもないか。それから、篤胤は、釈尊と迦葉尊者の関係を以下のようにも評している。

実に今迦葉が致したる神通の十倍も釈迦の神変はましておるからきついものでござる。扨これより益其説をひろめて彼智慧第一の舎利弗、神通第一の目連などをはじめ尽く弟子にして、さて己が道の掟おも立たでござる。
    『平田先生講説 出定笑語(外三篇)』67頁


どうも迦葉尊者に対し、釈尊はその神通を見せるように促したが、釈尊自身の神通はそれを更に超えたという。つまり、明確に迦葉尊者を弟子にしたわけだが、それを広めつつ、舎利弗尊者や目連尊者なども弟子にしたというのが、篤胤の捉え方であった。加えて、上記一節から、釈尊が「掟」を定めたとあるが、これは戒律のことである。それはまた、次の記事で申し上げたい。

【参考文献】
・鷲尾順敬編『平田先生講説 出定笑語(外三篇)』(東方書院・日本思想闘諍史料、昭和5[1930]年)
・宝松岩雄編『平田翁講演集』(法文館書店、大正2[1913]年)
・平田篤胤講演『出定笑語(本編4冊・附録3冊)』版本・刊記無し

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