昼間、ラジオのFM局を聴いて居て、「私は、嫌われるのが怖いから、いつも他人の顔色を伺って、自分を殺していた❗」、と云う曲が耳に入って、僕は想った。
「ああ、確かに嫌われるのは僕も悲しかったが、僕は、自分を偽ったり、誤魔化したりしたことは無いなぁ(ToT)」と、ね。
その代わりに、僕は、散々にバカにされて、陰口を叩かれ、のけ者にされた❗(ToT)
それは、人の子供👦としての僕には、確かにツラく、悲しかった❗(ToT)
でも、今の人たちは、「没個性化の沼」の中に沈んでいると思う。
人と同じことを言い、人と同じ格好をして、人と同じもの迄食べる。そして、判断の価値基準を何処に置くのか?といえば、それは、「みんな」。
其処のところは、僕は違った❗人と違うからと言って、「自らを偽らなかった❗」。
その結果、僕は、嫌われ、バカにされ、陰口を叩かれ、のけ者にされた❗
だけれど、僕には、「のけ者のプライド」があったと思う。
考え方や、行動が、「キレイ過ぎて」、「奴の血は蒼いんだ❗」と迄揶揄された。
何故にみんなは、僕をのけ者にしたのか?😵
それは、僕が、スタンダード(標準)では無いから❗
だが、僕はすっかり孤独になったが、「自らを貫いた❗」。
「キチガイ❗」「相手にするな❗」「イヤなヤロウだ❗」
散々言われた❗
僕がFM局で聴いた曲の最後は、「自分自身を装おっているうち”本当の自分”がわからなくなってしまいました❗」とあった。
あああ、僕みたいな悲劇も有れば、こんな悲劇😭💔もあるんだなぁ(ToT)と思った。
僕は、自分自身の人生が、成功なのか失敗😵💧なのかは、まだ判らない。だから、子供たちには自信を持っては云えないが、「自分自身を失ってはダメだ🆖❗」と言って置こう。
苦しければ、痛ければ、逃げても良い。
しかし、時には、流れに抗う勇気を持とう❗
人間は、自らの、「意思」を持つが故に人間なのだ❗
令和3年3月2日
吉尾 公一🇯🇵🔯☮️