1.11新春ティンクティンクライブのあと、沖縄居酒屋で、やはりティンクライブを聞き終わったあとにやってきた、嘉手納高校OB・OGのみなさんと隣合わせになり、「センバツは嘉手納高校応援してね」といわれて「はい応援します」と約束しました。
約束はまもります(ティンクにも「応援するからね」と2年前、最初にみたライブのサイン会で宣言してから、今日まで律義に約束をまもっているわけでして)
当ブログは、センバツでは嘉手納高校を応援します!
では、1日の日刊スポーツで「嘉手納高校@センバツ」を学習しよう!
2010年2月01日日刊スポーツ
沖縄から出場の2校に注目
先月29日、センバツの出場校発表が行われた。沖縄からは嘉手納
、興南
の2校が出場。沖縄からセンバツに2校出場するのは史上初
とあって、地元ではテレビや新聞で大いに盛り上がった
。
私にとっても沖縄から2校
のセンバツ出場は感慨深いニュースだ。昨夏、沖縄の高校野球の歴史をたどる連載を担当した。戦後まもなく米軍に占領された時代を知る人々、沖縄から初めて甲子園に出場した首里の当時の選手ら何人かの沖縄県高校野球関係者に話を聞かせてもらった。沖縄県立図書館で沖縄の野球史をめくり、首里の甲子園出場を報じた地元紙の沖縄タイムスの記事を読んだりした。沖縄の高校野球の歴史をたどるとセンバツで2度の優勝、さらに2校が出場するのは本当に夢のような話だというのがわかる。「センバツ優勝、夏の優勝、そしてセンバツ2校出場が我々の悲願でしたが2つの目標が実現しました。この2チームの力は全国的に見てもひけを取らないと思いますね」と沖縄県高野連の新垣理事長。高野連の歴代の理事長も嘉手納
に集まり、歓喜にわく選手をしみじみと見つめていた。その胸の内にはいろんな思いがあったと思う。
嘉手納
に行く途中、車窓を開けると空気は南国っぽいジャングルのような匂いがした。嘉手納ナイン
も、太陽の光
をいっぱいに浴びた南国の植物のように自由奔放で伸び伸びしたイメージがある
。一方、興南
は那覇の都会の真ん中。「昔は周囲一帯がサトウキビ畑だったんだけどね」という我喜屋監督の言葉が信じられないほど住宅に囲まれ、近くにはモノレールが走っている。興南ナインは嘉手納ナインよりちょっぴり都会っぽく、規律正しいイメージ。2チームは対照的な個性を持つように感じた。
冬の寒さが残る早春の甲子園で、この2校がどんな戦いを見せてくれるだろうか。1月だというのに半袖で元気に練習する選手たちを見ていると、なんだか2カ月後が待ち遠しくなってきた
。(前田泰子)
嘉手納のみなさん(そして興南のみなさんも)、がんばってください!
約束はまもります(ティンクにも「応援するからね」と2年前、最初にみたライブのサイン会で宣言してから、今日まで律義に約束をまもっているわけでして)
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2010年2月01日日刊スポーツ


先月29日、センバツの出場校発表が行われた。沖縄からは嘉手納




私にとっても沖縄から2校


嘉手納





冬の寒さが残る早春の甲子園で、この2校がどんな戦いを見せてくれるだろうか。1月だというのに半袖で元気に練習する選手たちを見ていると、なんだか2カ月後が待ち遠しくなってきた

嘉手納のみなさん(そして興南のみなさんも)、がんばってください!