2022年(1月1日~12月25日)の快読!
フィクション
「ポケットにライ麦を」アガサ・クリスティ/ハヤカワ文庫
今まで読んだクリスティ作品の中で1番!
犯人を当てようとして読むとき、我々は無意識に「作者が嫌いなタイプの人間はだれか」を考える。
この犯人は一見それに当てはまらないようだが、最後にこういう人間を芯からの悪人と定めているクリスティに共感した。
読者にとって合う作家とは、人間の好みが合う作家なのだ。
ミス・マープルが、グラディスというちょっと知的レベル低めの少女を「愚か」と断罪しているようにみえて、
実はそこに不憫さや悲しさを感じているところも傑作。50歳を過ぎてこれを読めた運のよさ。
「とんこつQ&A」今村夏子/講談社
短編集。特に「嘘の道」が傑作だと思う。
今村夏子って、実は人間に対して強い嫌悪感を持っている気がする。
人間はおろかでどうしようもなくグロい。そこに“希望”みたいなものも一切持っていないようにみえる。
おっとりしたボケ風味がおもしろいせいで見えづらいけど、中心の核のところに“絶望”が食い込んでいて、それはかなり硬くて黒い。
「良夫婦」もすごい。傑作すぎて怖い。ずっとボケてて、だれも(作者も)この世界に突っ込まなくて、そしてものすごく不安定。
4編すべて3回ずつ読みました。
「燕は戻ってこない」桐野夏生/集英社
人間の多層性。中心部は小心で臆病で少し生真面目なリキ。
外側から見ると浅はかでこらえ性がなく熟考できないタイプ。
さらにこれを他人から見ると、物静か、だったり“キレイ”に見えたりする。
そういうことが丁寧に描かれている。
そのほかの人物も、例えばリキの母親や同級生のような、つまらないからこそリアルな人物から、
りりこのようなトリックスターまで幅広い。何がすごいって、それぞれの人物が使う“言葉”が全然違う、その正確な書き分けがすごい。
最初からほとんど外圧によって動いてきたリキが、最後の最後に100%自分の意志で決断する場面があり、
その底知れなさみたいなのが不気味でズンッときた。
「失われた岬」篠田節子/角川書店
「砂に埋もれる犬」桐野夏生/角川書店
「団地のふたり」藤野千夜/U-NEXT
「現代生活独習ノート」津村記久子/講談社
「花火」吉村昭/中公文庫
「ソーネチカ」リュドミラ・ウリツカヤ/新潮社
「なぜ「星図」が開いていたか」松本清張/新潮文庫
ノンフィクション
「嫌われた監督」鈴木忠平/文藝春秋
プロ野球についての知識は全然ないけど、落合博満のことはずーっと気になっている。
半分は福嗣くんのお父さんとして、だけど。
あとの半分は、この人の思慮深さと周囲の理解を求めていないようにみえること。
去年、落合の映画評論集「戦士の休息」を読んでとってもおもしろかった。
深く鋭い洞察力を持つがゆえに孤独にならざるを得ない落合だけど、信子がいるからいいんだよね~。
そういうタイミングでこの本を読んだ。
好き嫌いで選手を見ない、感情ではなく契約で関係を結ぶ、チームのためではなく家族のために野球をしろと選手を諭す。
しがらみや好悪や感情で動く群れからしたら全然面白くないから、上層部には嫌われるが、
選手一人ひとりと誠実に(ちょっと不器用なくらい誠実に)関わり、彼らの内面を変えていった結果、チームは快進撃を続ける。
川崎に死に場所を与える場面では、久しぶりに泣きながらページをめくった。
最終的には結果を出しすぎて年俸が上がり(もともとそういう契約だった)、そのせいで財政が圧迫されて解任、という結末。
でも、任期の最後の方で、落合のものの考え方がチームにしっかり染み込んでいたところにうなった。
世の中がみんな落合的価値観で動いたらどんなに楽だろうと思った。
星野仙一的な、群れが幅を利かす社会はしんどい。徒党を組むのはきつい。
好き嫌いで物事が決まっていくのもつらい。
好きって言ってくる人は、何かの拍子に大嫌いにも針がふれるので恐ろしい。
「忠臣蔵入門」春日太一/角川新書
史実としての赤穂事件ではなく、長い間日本人に愛されてきたコンテンツとしての「忠臣蔵」をがっちり教えてくれる本。
ちょうど介護生活に入ってBSの時代劇ばかりを見ていて、忠臣蔵もドラマや映画、三波春夫の歌謡浪曲など、何度も見る中で、そのストーリーや名場面、キャラクターなどだいぶ詳しくなったところだったのでグッドタイミング。
ちなみにわたしが忠臣蔵に出るとしたら天野屋利兵衛がいいな~。
何度見ても、だれのを見ても、本当にうまくできた話で、知れば知るほどおもしろい。
そもそも自分は何で「忠臣蔵」を知ったのか、と振り返ると、子供のころに見たドリフのコントなんですねえ。
このいなかざむらいめがぁ!っていう。
「虚空の人 清原和博を巡る旅」鈴木忠平/文藝春秋
「嫌われた監督」のときはまだ日刊スポーツの記者だった鈴木忠平がフリーになって書いたのがこの本、というプロローグから“鈴木忠平を巡る旅”というかんじで期待が高まったが、その期待以上の作品だった。
清原が、自分に生まれたことを後悔する場面がある。
自分に生まれたことを後悔する、これ以上の悲しみがあるだろうか。
出所した清原を支えた弟分の男性が自殺、その後を引き継いだ宮地さんとサカイさんの献身、その2人に清原が甲子園のホームランボールを1つずつ贈るところ、読んでいるこちら側の感情も耐えられないほど揺さぶられる。
1985年のドラフトで桑田は悪役となり、清原は「かわいそうな人」になって、何をやっても許され同情されるようになった。
巨人の内部にどういう動きがあったんだろう。
“人を疑わない男”清原と、“人を信じない男”桑田の対比も壮絶だ。
どちらもたった高3で大人にひどい目にあわされて、それをずっとひきずっている。
特異な才能に大人が群がって奪い合い騙しあう構図は、マイク・タイソンを彷彿とさせる。
清原という人自体はどちらかというと無垢で空洞で、そこが人を引き付ける引力になっていることはまちがいない。
一方の桑田真澄にもすごく興味がわいた。
「清原和博への告白」鈴木忠平/文藝春秋
甲子園で清原にホームランを打たれた投手たち(を中心とした対戦相手)のその後や清原への思いを取材した本。
清原ブームが続いていた私としては、これも読んでおこうくらいの気持ちだったんだけど、これが本当に名著だった。
鈴木忠平って、人の人生を救いとる力(ある種のしつこさとあたたかさと図々しさ)に長けていて、
文章はちょっとどうかというくらいエモーショナルでぐいぐい引き込まれる。
打たれた投手や捕手たち、ひとりを除いてほとんどが甲子園の試合でしか清原と接していない。言葉を交わしたこともない。
しかし、その後の人生の折に触れて彼らは清原のことを考える。これはたぶん一生続く。
清原を「虚空の人」とはよく言ったと思う。だからこその引力。
彼らにとって清原とは何だったのか。
ゆったりしたスイングでホームランを放つ、打たれても痛みを感じないのが清原だと口をそろえて証言するのもおもしろかった。
むしろ桑田の方が斬るような打法で怖いんだって。くーっ!野球のことよくわからないけど、なんだかすごい。
「定本 桑田真澄」スポーツグラフィック・ナンバー/文春文庫
清原に関する本を読むと、その奥にある大きな存在である桑田真澄が気になって仕方ない。
ちょっと落合博満とも共通点がある。
インタビューも若いころのものから大人になってからのもそろっていて、
通して読むことで、桑田真澄の頭の良さと信じる力の強さがよくわかる。
そしてそれは経験によるものというよりも資質的なもので、清原との違いがすごい。
「ドリフターズとその時代」笹山敬輔/文春新書
志村けんが亡くなったことで、ドリフターズにひと区切りついたタイミングで書かれた本。
おおっ!!と思ったところはたくさんあったけど、一番印象に残ったのは志村けんといかりや長介との複雑でデリケートな関係だ。
親子のようなライバルのような戦友のような。
どちらも父親との葛藤を抱え、徹底的に完璧主義者で、反発した時期もあったようだけど、互いが一番の理解者でもあった。
たしかにこの二人は似ている。
加藤茶はもちろん、他のメンバーについてもとってもよく調べられていて大満足。
荒井注が体力的な問題でドリフを脱退した年齢が今の自分とそんなに変わらないことに衝撃を受けた。
「永遠のPL学園」柳川悠二/小学館
PL学園野球部の最後の部員になった62期生の最後の戦い。
結局、廃部になったのは何度も起きた暴力事件と、何より教団の資金力不足・PL教団信者の激減。
三代目に入ってから、いろんな歯車がかみ合わなくなるんだなあ・・・。
よく取材されていて充実した1冊だが、鈴木忠平のドラマティックかつエモーショナルな文章になれたせいか薄味に感じられる。
しきれ!!PL!!
「Wうつ」萩原流行・まゆ美/廣済堂書店
中村吉右衛門版「忠臣蔵」で、天野屋利兵衛を演じた萩原流行(見る前はミスキャストでは?と思ったけど、さっぱりして品がある天野屋利兵衛になっていてすっごくよかった)が不幸な事故で亡くなってだいぶたつが、警察車両との事故であったせいか、その後の経過の詳細がよくわからない。
クセが強くてギラギラと華やかな萩原とその妻の話。
2人とも不安定で危なっかしいけど、お互いにこの人しかいなかった夫婦だ。
萩原がミュージカルで鹿賀丈史の代役を務めたことをきっかけにうつを発症していく過程とその症状、妻へのダメージ、強さともろさの落差がすごい。
「文人悪食」嵐山光三郎/新潮文庫
近代文学のオールスターのエピソードは濃くて(濃すぎて)大満足。
なにより嵐山光三郎のものの見方や考え方が爽快。
でも岡本かの子を悪く言い過ぎ!おもしろいからいいけど。
思い入れがある作家とそうじゃない人との落差はあるけど、そこもまたいい。
“小林秀雄は畏怖されるが親しまれることはない”とか中也の非道っぷりの暴露(あの美少年風肖像写真まで否定していて笑った)もいい。
壇一雄や深沢七郎といった深く関わった人についての文章は特に滋味に溢れている。
続けて嵐山の「NHK人間講座 2000年10月~12月期 追悼もまた文学なり」「文人悪妻」もおもしろかった。
「冷酷」小野一光/幻冬舎アウトロー文庫
座間の白石某の事件の話。解説で森達也もいうように、生まれついての殺人者というのがいるとしたらこの人かも。
断定できないのは、白石の家庭や生育環境についてほとんど調べられていないから。
しかし、それを知りたいと思うのは、そんな人間はいない、成育歴の中で何かあったに違いない、という因果関係を求めて納得したいというこちら側の欲求でしかない。
人を殺し、その死体をどう解体したかという話と、次の面会でハシカンの写真集を差し入れてね、をまったく同じ調子で語る人間は、「冷酷」という言葉では掴みきれない。
〈そのほかおもしろかった本〉
・「鬱屈精神科医、占いにすがる」春日武彦/河出文庫
ここまで心の中を吐き出したものを読んじゃっていいのか、と何度も思いながら読了。
・「美しい日本のくせ字」井原奈津子/パイインターナショナル
やっぱり手書きの文字は好きだ。
南辛坊みたいなセンスある(自覚的な)くせ字と、まったく無自覚な、ド天然のくせ字、どちらも鑑賞に値する。
・「潜入・ゴミ屋敷」笹井恵里子/中公新書
・「8050問題」黒川祥子/集英社文庫
年間100冊読めたらすごいなあ、くらいだったわたしの読書生活でしたが、
どっぷり介護のおかげで読書量は倍増。わはは。いいこともあるんですねえ。
介護って、待機時間が長いんです。ただついているっていう時間。
そんなわけで、一つのテーマをぐいぐい読むという楽しみを得られたよい1年でした。
久しぶりに更新もできてよかったです。
来年もいい本がいっぱい読めますように。
フィクション
「ポケットにライ麦を」アガサ・クリスティ/ハヤカワ文庫
今まで読んだクリスティ作品の中で1番!
犯人を当てようとして読むとき、我々は無意識に「作者が嫌いなタイプの人間はだれか」を考える。
この犯人は一見それに当てはまらないようだが、最後にこういう人間を芯からの悪人と定めているクリスティに共感した。
読者にとって合う作家とは、人間の好みが合う作家なのだ。
ミス・マープルが、グラディスというちょっと知的レベル低めの少女を「愚か」と断罪しているようにみえて、
実はそこに不憫さや悲しさを感じているところも傑作。50歳を過ぎてこれを読めた運のよさ。
「とんこつQ&A」今村夏子/講談社
短編集。特に「嘘の道」が傑作だと思う。
今村夏子って、実は人間に対して強い嫌悪感を持っている気がする。
人間はおろかでどうしようもなくグロい。そこに“希望”みたいなものも一切持っていないようにみえる。
おっとりしたボケ風味がおもしろいせいで見えづらいけど、中心の核のところに“絶望”が食い込んでいて、それはかなり硬くて黒い。
「良夫婦」もすごい。傑作すぎて怖い。ずっとボケてて、だれも(作者も)この世界に突っ込まなくて、そしてものすごく不安定。
4編すべて3回ずつ読みました。
「燕は戻ってこない」桐野夏生/集英社
人間の多層性。中心部は小心で臆病で少し生真面目なリキ。
外側から見ると浅はかでこらえ性がなく熟考できないタイプ。
さらにこれを他人から見ると、物静か、だったり“キレイ”に見えたりする。
そういうことが丁寧に描かれている。
そのほかの人物も、例えばリキの母親や同級生のような、つまらないからこそリアルな人物から、
りりこのようなトリックスターまで幅広い。何がすごいって、それぞれの人物が使う“言葉”が全然違う、その正確な書き分けがすごい。
最初からほとんど外圧によって動いてきたリキが、最後の最後に100%自分の意志で決断する場面があり、
その底知れなさみたいなのが不気味でズンッときた。
「失われた岬」篠田節子/角川書店
「砂に埋もれる犬」桐野夏生/角川書店
「団地のふたり」藤野千夜/U-NEXT
「現代生活独習ノート」津村記久子/講談社
「花火」吉村昭/中公文庫
「ソーネチカ」リュドミラ・ウリツカヤ/新潮社
「なぜ「星図」が開いていたか」松本清張/新潮文庫
ノンフィクション
「嫌われた監督」鈴木忠平/文藝春秋
プロ野球についての知識は全然ないけど、落合博満のことはずーっと気になっている。
半分は福嗣くんのお父さんとして、だけど。
あとの半分は、この人の思慮深さと周囲の理解を求めていないようにみえること。
去年、落合の映画評論集「戦士の休息」を読んでとってもおもしろかった。
深く鋭い洞察力を持つがゆえに孤独にならざるを得ない落合だけど、信子がいるからいいんだよね~。
そういうタイミングでこの本を読んだ。
好き嫌いで選手を見ない、感情ではなく契約で関係を結ぶ、チームのためではなく家族のために野球をしろと選手を諭す。
しがらみや好悪や感情で動く群れからしたら全然面白くないから、上層部には嫌われるが、
選手一人ひとりと誠実に(ちょっと不器用なくらい誠実に)関わり、彼らの内面を変えていった結果、チームは快進撃を続ける。
川崎に死に場所を与える場面では、久しぶりに泣きながらページをめくった。
最終的には結果を出しすぎて年俸が上がり(もともとそういう契約だった)、そのせいで財政が圧迫されて解任、という結末。
でも、任期の最後の方で、落合のものの考え方がチームにしっかり染み込んでいたところにうなった。
世の中がみんな落合的価値観で動いたらどんなに楽だろうと思った。
星野仙一的な、群れが幅を利かす社会はしんどい。徒党を組むのはきつい。
好き嫌いで物事が決まっていくのもつらい。
好きって言ってくる人は、何かの拍子に大嫌いにも針がふれるので恐ろしい。
「忠臣蔵入門」春日太一/角川新書
史実としての赤穂事件ではなく、長い間日本人に愛されてきたコンテンツとしての「忠臣蔵」をがっちり教えてくれる本。
ちょうど介護生活に入ってBSの時代劇ばかりを見ていて、忠臣蔵もドラマや映画、三波春夫の歌謡浪曲など、何度も見る中で、そのストーリーや名場面、キャラクターなどだいぶ詳しくなったところだったのでグッドタイミング。
ちなみにわたしが忠臣蔵に出るとしたら天野屋利兵衛がいいな~。
何度見ても、だれのを見ても、本当にうまくできた話で、知れば知るほどおもしろい。
そもそも自分は何で「忠臣蔵」を知ったのか、と振り返ると、子供のころに見たドリフのコントなんですねえ。
このいなかざむらいめがぁ!っていう。
「虚空の人 清原和博を巡る旅」鈴木忠平/文藝春秋
「嫌われた監督」のときはまだ日刊スポーツの記者だった鈴木忠平がフリーになって書いたのがこの本、というプロローグから“鈴木忠平を巡る旅”というかんじで期待が高まったが、その期待以上の作品だった。
清原が、自分に生まれたことを後悔する場面がある。
自分に生まれたことを後悔する、これ以上の悲しみがあるだろうか。
出所した清原を支えた弟分の男性が自殺、その後を引き継いだ宮地さんとサカイさんの献身、その2人に清原が甲子園のホームランボールを1つずつ贈るところ、読んでいるこちら側の感情も耐えられないほど揺さぶられる。
1985年のドラフトで桑田は悪役となり、清原は「かわいそうな人」になって、何をやっても許され同情されるようになった。
巨人の内部にどういう動きがあったんだろう。
“人を疑わない男”清原と、“人を信じない男”桑田の対比も壮絶だ。
どちらもたった高3で大人にひどい目にあわされて、それをずっとひきずっている。
特異な才能に大人が群がって奪い合い騙しあう構図は、マイク・タイソンを彷彿とさせる。
清原という人自体はどちらかというと無垢で空洞で、そこが人を引き付ける引力になっていることはまちがいない。
一方の桑田真澄にもすごく興味がわいた。
「清原和博への告白」鈴木忠平/文藝春秋
甲子園で清原にホームランを打たれた投手たち(を中心とした対戦相手)のその後や清原への思いを取材した本。
清原ブームが続いていた私としては、これも読んでおこうくらいの気持ちだったんだけど、これが本当に名著だった。
鈴木忠平って、人の人生を救いとる力(ある種のしつこさとあたたかさと図々しさ)に長けていて、
文章はちょっとどうかというくらいエモーショナルでぐいぐい引き込まれる。
打たれた投手や捕手たち、ひとりを除いてほとんどが甲子園の試合でしか清原と接していない。言葉を交わしたこともない。
しかし、その後の人生の折に触れて彼らは清原のことを考える。これはたぶん一生続く。
清原を「虚空の人」とはよく言ったと思う。だからこその引力。
彼らにとって清原とは何だったのか。
ゆったりしたスイングでホームランを放つ、打たれても痛みを感じないのが清原だと口をそろえて証言するのもおもしろかった。
むしろ桑田の方が斬るような打法で怖いんだって。くーっ!野球のことよくわからないけど、なんだかすごい。
「定本 桑田真澄」スポーツグラフィック・ナンバー/文春文庫
清原に関する本を読むと、その奥にある大きな存在である桑田真澄が気になって仕方ない。
ちょっと落合博満とも共通点がある。
インタビューも若いころのものから大人になってからのもそろっていて、
通して読むことで、桑田真澄の頭の良さと信じる力の強さがよくわかる。
そしてそれは経験によるものというよりも資質的なもので、清原との違いがすごい。
「ドリフターズとその時代」笹山敬輔/文春新書
志村けんが亡くなったことで、ドリフターズにひと区切りついたタイミングで書かれた本。
おおっ!!と思ったところはたくさんあったけど、一番印象に残ったのは志村けんといかりや長介との複雑でデリケートな関係だ。
親子のようなライバルのような戦友のような。
どちらも父親との葛藤を抱え、徹底的に完璧主義者で、反発した時期もあったようだけど、互いが一番の理解者でもあった。
たしかにこの二人は似ている。
加藤茶はもちろん、他のメンバーについてもとってもよく調べられていて大満足。
荒井注が体力的な問題でドリフを脱退した年齢が今の自分とそんなに変わらないことに衝撃を受けた。
「永遠のPL学園」柳川悠二/小学館
PL学園野球部の最後の部員になった62期生の最後の戦い。
結局、廃部になったのは何度も起きた暴力事件と、何より教団の資金力不足・PL教団信者の激減。
三代目に入ってから、いろんな歯車がかみ合わなくなるんだなあ・・・。
よく取材されていて充実した1冊だが、鈴木忠平のドラマティックかつエモーショナルな文章になれたせいか薄味に感じられる。
しきれ!!PL!!
「Wうつ」萩原流行・まゆ美/廣済堂書店
中村吉右衛門版「忠臣蔵」で、天野屋利兵衛を演じた萩原流行(見る前はミスキャストでは?と思ったけど、さっぱりして品がある天野屋利兵衛になっていてすっごくよかった)が不幸な事故で亡くなってだいぶたつが、警察車両との事故であったせいか、その後の経過の詳細がよくわからない。
クセが強くてギラギラと華やかな萩原とその妻の話。
2人とも不安定で危なっかしいけど、お互いにこの人しかいなかった夫婦だ。
萩原がミュージカルで鹿賀丈史の代役を務めたことをきっかけにうつを発症していく過程とその症状、妻へのダメージ、強さともろさの落差がすごい。
「文人悪食」嵐山光三郎/新潮文庫
近代文学のオールスターのエピソードは濃くて(濃すぎて)大満足。
なにより嵐山光三郎のものの見方や考え方が爽快。
でも岡本かの子を悪く言い過ぎ!おもしろいからいいけど。
思い入れがある作家とそうじゃない人との落差はあるけど、そこもまたいい。
“小林秀雄は畏怖されるが親しまれることはない”とか中也の非道っぷりの暴露(あの美少年風肖像写真まで否定していて笑った)もいい。
壇一雄や深沢七郎といった深く関わった人についての文章は特に滋味に溢れている。
続けて嵐山の「NHK人間講座 2000年10月~12月期 追悼もまた文学なり」「文人悪妻」もおもしろかった。
「冷酷」小野一光/幻冬舎アウトロー文庫
座間の白石某の事件の話。解説で森達也もいうように、生まれついての殺人者というのがいるとしたらこの人かも。
断定できないのは、白石の家庭や生育環境についてほとんど調べられていないから。
しかし、それを知りたいと思うのは、そんな人間はいない、成育歴の中で何かあったに違いない、という因果関係を求めて納得したいというこちら側の欲求でしかない。
人を殺し、その死体をどう解体したかという話と、次の面会でハシカンの写真集を差し入れてね、をまったく同じ調子で語る人間は、「冷酷」という言葉では掴みきれない。
〈そのほかおもしろかった本〉
・「鬱屈精神科医、占いにすがる」春日武彦/河出文庫
ここまで心の中を吐き出したものを読んじゃっていいのか、と何度も思いながら読了。
・「美しい日本のくせ字」井原奈津子/パイインターナショナル
やっぱり手書きの文字は好きだ。
南辛坊みたいなセンスある(自覚的な)くせ字と、まったく無自覚な、ド天然のくせ字、どちらも鑑賞に値する。
・「潜入・ゴミ屋敷」笹井恵里子/中公新書
・「8050問題」黒川祥子/集英社文庫
年間100冊読めたらすごいなあ、くらいだったわたしの読書生活でしたが、
どっぷり介護のおかげで読書量は倍増。わはは。いいこともあるんですねえ。
介護って、待機時間が長いんです。ただついているっていう時間。
そんなわけで、一つのテーマをぐいぐい読むという楽しみを得られたよい1年でした。
久しぶりに更新もできてよかったです。
来年もいい本がいっぱい読めますように。