八戸市諏訪にあった畑。
今は住宅地となってます。
田舎の八戸でもこういう景色が姿を消しています。
小中野から高架線沿いを歩いて行く。
この辺は柏崎の辺りか?
ふと脇を見ると一軒の食堂があった。
ナポリタンが売りなんだろうか、壁に大きくナポリタンの絵が描いてあった。
食べたいけど開店時間前だし、かみさんに怒られるので通り過ぎる。
後で調べてみよう。
やがて工業高校が見えてきた。
部活中の高校生達がひたすら走っていた。
私は写真部という名の帰宅部だったので、こうやって一生懸命走るのは縁がないことだった。
今だに走ることは嫌いなので、のんびりと、カメラ片手に歩くのを楽しんでいる。
やがて道は国道45号線に突き当たった。
さあ、歩道橋を渡ろう。
しかし、年季の入った歩道橋だ。
大丈夫だろうか?
歩道橋を下りて間もなく、一軒のアパートがあった。
視線を感じて上を見ると2匹の猫がこちらをじっと見ていた。
私が珍しく見えるのか、視線をそらさない1匹と、飽きたのだろうか?そっぽを向いてしまったもう1匹。
何はともあれ可愛い猫だ。
高架線沿いにはジャム専門店や紅茶専門店があった。
新発見だが、残念ながらどっちも興味がない。
コーヒーなら良かったのだが。
そしてプラザホテルを通過すると、後はゴールの本八戸駅だ。
歩数は8500歩ほど。
意外と歩いてないといえば歩いてないけど、写真を撮りながらだったから思ってた以上に時間がかかってしまった。
小中野から表通りをまっすぐ街まで歩くのと、線路に沿って道から外れるのとではかかる時間も違うのだろう。
ゴールの本八戸駅では温泉に入って気持ち良さそうなウサギが出迎えてくれた。
後は家から街へと歩いてくるかみさんと合流し、いつものようにコーヒーを飲むだけだ。
普段歩かない線路沿いを歩いたという行為に充実感を感じたような気もするし、勝手知ったる駅から駅を歩いただけという気もするが、次は鮫駅から陸奥湊駅を歩いてみたいものだ。
食堂の壁のナポリタン。
ここまで出しているということは、美味しいのだろう。
きっと自信作のナポリタンが出てくるに違いない。
いつか行くのが楽しみだ。
工業高校沿いを歩く。
さあ、国道45号線だ。
少し迂回して歩道橋を渡りましょう。
歩道橋の階段を上るのは億劫だけど、普段あまり利用しないからそれなりに珍しい景色を見ることができます。
しかしボロボロだなあ。
左手には「ほんだらけ」があった。
ブックオフよりも本の種類や買い取り価格が良かったのでお気に入りでした。
そしてNTTと八戸線(水色の鉄橋)。
私を観察していた猫達。
ジャム工房。
そういえば、ジャムってあまり食べないです。
紅茶も飲まないです。
最後に飲んだのはいつだったろうか。
プラザホテル。
なかなか(というか、まったく)行く機会がない場所です。
プラザホテルを過ぎると間もなくゴールの本八戸駅に着きます。
駅の構内では気持ち良さそうに温泉に入っているウサギが。
歩いた後の温泉は格別だろうな、きっと。
新湊橋の交差点まで来るとすぐそばに八戸線の線路がある。
ちょっと裏に入れば本当に線路沿いになるけど、その先は行き止まりなのは分かっている。
最初から分かっているというのはちょっと面白くないけど、ちょっと安心する。
少し歩いてからセメント工場に向かって裏道へ。
目の前には八戸線の高架線の基点付近が見えた。
「制限高2.9M」と書いてあり、トラックとかは通ることが出来ない。
この付近を歩くことはあまりないし、車で通ることはもっとない。
湊~小中野は詳しいというか縄張りだと思っているけどこの辺はそうでもないのかもしれない。
やがて高架線は高くなり、手が届かない高さになる。
辺りは住宅街。
庭に柿の木が植えられていて、いい具合に実がなっていた。
柿は大好物だけど、渋柿は嫌いだ。
若い頃は干し柿作りが好きだったけど、毎度毎度うまく作れないのに嫌気が差し、今では貰ってくるか買うかにしている。
しばらく歩くと改修工事中の常現寺が見えてくる。
すぐそばにはかつての新むつ旅館の建物もある。
1度新むつ旅館に泊まったことがあるが、八戸線の汽車の音が聞こえ、常現寺の屋根も見えたりと、普段慣れている景色・音を感じながら宿に泊まるのが不思議に感じたものだ。
ちなみ私は新むつ旅館の近くに住んでいた。
さらに進むと「ささ食堂」が。
そういえば、ここで野菜炒め定食を食べたなあ。
若い頃は「野菜炒めが美味しい店は何を食べても美味しい」と勝手に決めつけていたものだ。
野菜炒めかラーメンか。
それが食堂の全てだと思っていたのが懐かしく思い出された。
すぐそばには銭湯が。
ここも昔入ったことがある。
今でも現役なのは嬉しい限りだ。
その向かいにはユニバース小中野店がある。
昔のユニバース小中野店は、表通りの、現在はマンションが建っている場所にあった。
ピンク色っぽい外壁で2階建て。
1階には軽食コーナーがあって、ここでラーメンを食べたりミキサーで作ったジュースを飲むのが好きだった。
昔話はさておき、道路を渡り、八戸線沿いを歩いて行く。
しばらく進むと小中野駅が彼方に見えてきた。
そのすぐ前には郵便局があったはずだ。
そして、その辺りには数軒の飲み屋が。
現役だろうか?
そして小中野駅前を通過。
現在は無人駅だが、昔はどうだったっけ?
小中野駅を過ぎると交差点がある。
ここにはキクヤ食堂があり、ここも結構好きな食堂の1つだ。
去年だったか、ここで冷やしラーメンを食べたことがあったが、さっぱりしていて美味しかった。
今度は普通のラーメンも食べに来たいものだ。
道路をまたぐ八戸線。
鉄橋部分は水色で、よくよく見るとウミネコらしきものが白く描かれていた。
ここも好きな被写体の1つだ。
交差点を渡り、高架線の下をまっすぐ歩いて行く。
大きな葬儀店の裏の砂利道を進んでいると葬儀店の従業員が露骨に不審者を見るような視線を浴びせてきた。
その理由は間もなく分かった。
そこは延々と葬儀店関係者用の駐車場が並び、突き当たりは行き止まりになっていたのだ。
突き当たりは左に八戸線が、右にはかつての貨物線の高架線が残っていた。
貨物線は昭和後期に使われなくなったようで、ここの合流点をいつか撮ってみたいと思っていたのだ。
念願は叶った。
不審な視線を浴びせられただけのことはあった。
ここから八戸線の高架線が始まります。
左は湊方向、右は小中野を経て街へと続きます。
今回は魚眼ボディーキャップレンズをメインに使っているので、こういう所もそれなりに撮ることができた。
大分高架線らしくなってきた。
延々と続きます。
柿の実も色づいてます。
ささ食堂。
昔、ここで野菜炒め定食を食べました。
いつの間にか閉店。
昔ながらの食堂がどんどん無くなっていくのは寂しいものです。
左から、八戸線の高架線、銭湯、ユニバース。
ユニバース前の道路を渡って行くとやがて小中野駅へ。
その辺りには飲み屋だった建物が少しある。
みちのく。
関係ないが、昔、仙台駅に同じ名前の飲食店が入っていたような記憶がある。
出張で仙台に行くとまずここに入って軽く飲み、その後別な居酒屋で本腰を入れて飲むというようなことをしていたが、駅のリニューアルとともに姿を消してしまったのが惜しまれる。
小中野駅も立派な券売機が設置されていた。
しかし久しぶりだ。
確かこの近くに眼科があって、子供の時は目をいじられる(当時はそう思っていた)のがとても怖かったのを覚えています。
左が八戸線、右はかつての貨物線です。
陸奥湊駅を後にして坂道を下っていく。
日曜日の陸奥湊界隈は静かなのだが、T字路までずらりと並んだ車の列が。
いわゆる渋滞です。
なんでこんなところで?
やっぱり何かイベントがあったんだろうか?
交差点は一時停止で信号機はついていない。
クラクションも聞こえる。
ささやかながら異常事態だ。
T字路を右折してしばし線路沿いから離れる。
港むら福さんの前を通っていつものように湊橋を渡る、途中で気がついた。
右折してはいけなかったのだ。
左折して新湊橋へ行かなければならなかったのに、条件反射でいつものように湊橋へ向かってしまった。
鉄橋は遙か向こうに。
初っぱなから失敗してしまった。
湊橋を渡って左折し、線路沿いに向かう。
いつもどおりの小中野は静かだった。
陸奥湊の渋滞なんて初めて見た。
ここはかつての時計店で、今は食堂になっている。
いつも混んでいるので入るチャンスが無い。
いつの日か入ってみたいものだ。
長作堂が閉店したのはいつだったっけ?
喜代志より前だったっけ?
港むら福。
お気に入りの和菓子屋さんです。
本来歩くはずだった新湊橋。
なんで湊橋を歩いてしまったんだろう。
なんだかんだで湊橋を越え、再び線路を目指す。
日曜日の朝の小中野は静かでした。
この自転車店の建物もかなり古いです。
ちなみに突き当たれば八戸線の線路があります。
この銭湯に入ったのはいつだったろうか。