朝、喫茶店でコーヒーを飲むのが日課。
砂糖とミルクを一つずついれる。
濃いコーヒーは飲めないのだ。
苦く深い香りが私の脳と体に合わないらしい。
濃いコーヒーは頭をコツコツと打つように、意識を覚醒させる。
必要もないのにそんなことはしない。
ただ、苦味とほのかな甘さで微妙な距離を保っている。
社会と私との距離。
私の親は3年前に亡くなってしまい、今は親しい友人はひとりふたり。
親はいくらかの財産を残して、わたしを置いていった。
特に仲が良かった家族というわけでもないけれど、
いれば普通に寄り添うことができた。
けれど、私が「しっかりした大人」になるのを見届けずいってしまった。
まだ結婚もしてないし、働いてるわけでもない。所属する場所がないことは悲しいことよ、と母が言っていた。
けれど、わたしを必要とする場所なんかないと知っていた。
だから私は時間と遊んでいた。ぼーっとして過ごすこともあれば、月を眺めて物思いにふけったり。
それをみた友だちも同じく迷子だったので
それぞれで顔を見合わせ空に並んだ白んだ月と星を眺めていた。
ある日、わたしが住んでいたマンションの隣にビルが建つことになった。
それはどんどん高くなっていき、下からでは判別できない高さになっていた。
都会は、土地を見つけたらすぐ高層マンションを建てたがる。
わたしは、もともと木造平屋建ての一軒家に住みたい思いがある。
なぜマンションに住んでいるか、その理由は鉄筋の方が「燃えにくい」からだ。
それは父から聞いた。
アドバイスと侵略の違い。
わたしは見えないものに縛られている気がする。
両親の善良さがわたしを私でなくさせる時がある。
それは大切に育てられたお嬢さんということなのか、
それとも。。。
今日の空は青い。
電車に乗って浅草へ向かった。
昔、祖母が生まれた場所。
祖母は明るく優しいひとだった。
いつも大きい海老をうどんにいれてくれた。
子供は、幸せな人と不幸な人を見分ける目をもっていると思う。
わたしは、祖母が好きだった。
その祖母が生まれた街もすがすがしく、人情味があふれている、気がして好きだ。
ここの街には不幸などないかのように感じる。
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