ばりん3g

マイクラ補足 兼 心理学のつぶやき

ソクラテスはなぜ死刑宣告を受けたのか? 『ソクラテスの弁明』を読んだ心理学徒の感想。

2023-10-31 | 小ネタ・雑談

結論から言うと、彼は研究者の鑑ではあれるが、その振る舞いが一般に受け入れがたいものであったために死刑宣告をもらったと、私は考える。

 

ソクラテスの姿勢は、何かを探求する人の理想的な姿なのだと思う。

すべてを知っていると驕らず、自分は少なくともこれを知らないということを自覚している、という無知の知。あるいはこの事実に耐えられるだけの知的好奇心。

問答から変数と論理関係を明らかにし、矛盾を淡々と指摘するさま。

研究倫理に反した不正を認めることなく、また不正をただすこと、探求行為における正義の保持のために死んでもかまわないとする覚悟。「死ねば、ひとまずこの世からは脱せられる」ことから「(死ねば無意味になる)貯蓄への固執に対する無価値さ」に触れ「貯蓄をすべて使っても智見や真理の探究など善いことを行う」ことに生きる価値を見出したこと。

かなり振り切っている、極端なものではあるが、研究者が参照して損はないだろう道徳的教義である。

で、ソクラテスはこのとおりにふるまった。少なくとも『ソクラテスの弁明』では、そのようにふるまったとされる。

実際に死刑宣告をされても、この姿勢を曲げることはしなかった。

一部の読者が、こうした振る舞いをカッコいいと評価するのも納得できる。

 

で、ソクラテスがなんで死刑宣告を受けたのか、だが。

ソクラテスはこの姿勢を一般に広めようとして、いろんな人にケンカを吹っ掛けたのが直接的な原因になっている。

一般化するなら、何かについて詳しいとする当人に対し、おそらくその何かの定義とその詳細の説明、論理的に衝突する箇所の是正、を求めたと思われる。

『ソクラテスの弁明』の段落十三を引用する。前提として「ソクラテスは青年を腐敗させる≒悪人にする」という主張がある。ここでいう青年は、ソクラテスを師として接し、彼の問答を聞く人のことを指す。

そこに、善人は常に隣人に善事を、悪人は逆に悪事を働くと仮定し原告人に同意を得る。で、普通に考えて悪人が隣人になってほしいとする人はいないことについても同意を得る。そして、ソクラテスは原告人に問い、原告は「ソクラテスは故意に青年を腐敗させている」と主張した。ここまでが定義と詳細の説明に当たる。

ソクラテスは続ける、「驚いたねぇ。君はさっき、普通に考えて悪人が隣人になってほしいっていう人はいないってことに承諾したけど、同時に俺は故意に青年を腐敗させてる、ってことは悪人にさせてるって言った。君の言い分をそのまま受け取るなら、俺は自分から加害者作ってるってことになるけど、これってどゆこと?」と。これが論理的に衝突する箇所の是正に当たる。

ソクラテスを被告とする裁判が舞台の『ソクラテスの弁明』において、こうしたくだりは何回も生じる。

おそらくソクラテスはこーんな感じの対話を日常的に、いろんな人に吹っ掛けていたと思われる。

 

これらの対話自体は特段異常ではないと思うが、問題はこれを日常的に、いろんな人に吹っ掛けているということ。

いろんな人に吹っ掛けては「知ったかぶりすんな」と煽り、いろんな人から恨みを買ったこと。

そして、裁判の原因となった恨みつらみに対し言及こそするが、そのメカニズムについて掘り下げず賎民の振る舞いとして片づけたことにある

段落二十九より「結局俺は有罪になったのだけれど、これは決して説明不足などではなく、嘆願とか取り繕いみたいなお前らが最も喜ぶような言葉を一個も使わなかったから。別に同情を得ようと思えば得られたけれど、それは不正に加担することになる。それだけは死んでも嫌だね」と、大体こんな感じのことを供述している。

恨みつらみを買っていることは自覚していたらしいが、なぜそのような感情が生じたかについてはあまり考察していないか、あるいは上記のように浅はかなものとして決めつけていたのだろう。

 

恨みつらみ含め、感情にも表出するメカニズムが存在する。論理的で合理的なお話をぶった切るために存在するうっとうしいものではない。

もっとも、よく『合理的』とされるものは実験環境のようにある程度の交絡変数による影響を統制した結果得られたある種の理想論のようなものである。すごく難しく言ったが、『合理的』というのはときどき「なるほど完璧な作戦っスねーーーっ。不可能だという点に目をつぶればよぉ~」ってことが生じるのだ。

日常でよく遭遇するのは、感情のような非言語的含む変数が乱雑に絡み合った末に表出されたものである。これらも、進化論的かつ結果論的に言えば、生存に必要なために淘汰されずに残ったものである。

現時点でうまく言語化はできないが、理屈は存在するものである。それを軽くあしらわれたらいい気分はしないし、「それ追及するのもお前(ソクラテス)の仕事では?」とも思ってしまう。

(恨みつらみに関するメカニズムについては、筆者が明るくないためここでは説明しない。ごめん)

 

もう1つ、ちょっと方向性を変えて切り込みたい。

そもそも人々は日常的にそんなことしない。あいまいな概念についてその定義と詳細の説明、また論理的に衝突する箇所の是正なんてめんどくさいこと、しない。

自己決定理論(Deci and Ryan 2000)から引用する限り、人間は生まれつき知的好奇心旺盛だけど、その知的好奇心を崩す要因は周りにたくさんある。

もっと柔らかく言おう。疲れているときや別のことに集中しているときに、哲学とか論理とか知的好奇心高ぶるものぶっこまれても集中できないのだ。

労働しているときに「社会貢献について具体的に定義しなさい」って言われたら誰もめんどくさがるだろうし、適当にあしらえば「知ったかぶってんじゃねぇよ」といわれるのはちょっと理不尽なまである。

 

ソクラテスが身をもって提示した道徳的教義は、参照してもそこまで罰当たりではないだろう。

ただ、生き様をそのまま真似て、会う人の感情を軽視するようになったら、かなり生きづらくなると思う。

 

 

参考文献

久保勉, プラトン (1950) 『ソクラテスの弁明 プラトン』, 岩波文庫。

Deci, E. L., & Ryan, R. M. (2000). The "what" and "why" of goal pursuits: Human needs and the self-determination of behavior. Psychological Inquiry, 11(4), 227–268.

 

見出し画像

Sting, CC 表示-継承 2.5, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=96296061による


「共感できる人は廃人確定」99%の人はわからない論文読んでる人あるある。

2023-10-15 | 小ネタ・雑談

実際、論文に触れる機会ってどれぐらいなんだろうね?

私はみんな年一ぐらいで触れていると思ってるけど。

で、学部生は週1ぐらいで要約してそうだけど。

 

 

1:論文をコピペで簡単に引用できるようにしてあるサイト、好き。

APA PsycNetがいちばん好き。APAスタイルだから、そりゃそうか。

 

 

引用: https://www.apahotel.com/resort/hakataeki-higashi/access/

2:APAスタイル、アパって言い間違えそうになる。

そして、どちらも同じつづりであることに気づく。

 

 

3:iPad miniマジ優秀。

ちょうど文書サイズだから読みやすいし持ち運びやすい。

最新世代は論文リーダーとしてみた場合過剰スペックもほどがあるけどな。

 

 

4:有意と優位の違いに気づく。

前者は事象として確認できるかどうか、後者は順位付けの時に。

だから「この変数は有意であり、優位に高い値である」みたいなこともできる、はず。

 

 

5:知人友人によく研究者とか学者とか言われる。

私は全然そんなんじゃないから。ただ趣味で論文読んで研究計画立てているだけの人だから。

 

 

6:だいたいの論文は無料で読めるんですよ????

なんで私は「論文をきちんと読みたいから」って大学入ってるんですかねぇ…。

 

 

 

7:書籍でもアプリでも、参考文献がちゃんと書いてあると、うれしい。

いつでも文献読んで確かめることができるという安心感。

 

 

8:論文読まなかった日は、調子が悪い。

なんか、明らかにメンタルヘルスが下がる音がするのよ。

自我関与してんのかなぁ?

 

 

9:論文2本キメた日はとても気分がいい。

論文3本キメたらかなりトベる。

論文4本キメたらその日はもう論文のことで頭が埋め尽くされる。

(論文をキメる=論文を読む、読んだ論文を要約する、のワンセットを指す)

 

 

10:そして、ドン引きされる。

一番の親友に引かれながらリアクションされたときは、もう救いはないんだなって思った。

 

 

11:趣味としての「論文要約」を布教し始める。

最初は抄録読むだけでくたくたになってしまう。でもそれでいいんだ。
論文は研究者とかいう正気じゃないオタクが書いた同人誌なんだ、はじめはその癖の濃さにビビるさ。
でも、でもさ、これに一日いちにち、ちょっとずつ暴露していくんだ。
読み続けると、どこかで、はっ、って気づくんだよ。それ以降、あんなに読みづらかった文章が、少しづつ、理解できるようになっていく。
そこにあるのはそんじょそこらじゃ手に入らない「癖」についての情報だ。解ったときは、それはもう、脳汁とぱぁよ。
大丈夫、怖くないよ。深淵は誰に対しても開かれている。
少しでいいんだ。先っちょだけ先っちょだけ。つま先で突っつけば、十分に解るはずだよ。
感触を確かめようとして、もう一度突っついてくれたら、私たちがその足をつかんで、引きずり込むだけだよ。
何も怖くないよ、楽しいよ。さぁ。

って親友に言ったら、引かれた。救いようがないね。


「絶対に真似できない」たった2年で論文を速読できるようになる方法を伝授します。

2023-09-13 | 小ネタ・雑談

これから、たった2年で論文が速読できるようになる方法を紹介します!

これさえやればあなたも1本一時間で読めるようになります!

しかも20分で読んで40分で要約できちゃう!

やることはたったの2つだけ!

この技術を体得して、そんじょそこらのコンサルでは手に入らないような知識と哲学的志向を手に入れて、なんかもうウハウハしよう! 自慢しまくりだぜ!

 

 

まず、論文の抄録を500本読みます。

次に、論文の本文を500本読みます。

以上です。お疲れさまでした。

 

 

さすがにこれだと雑すぎるので、事細かに解説していきます。石は投げられたくない。

 

 

最初の段階は動機の獲得。論文を読む理由を言語化します。

動機は割と何でもいいです。知識自慢したいとか威張りたいとかでも構いません。勉強しなきゃいけないとか、知識が必要になったとかでもいいです。興味本位でとか、知的好奇心がうずいてどうしようもない、とかでも歓迎です。

そして、この動機は読んでいる最中にコロコロ変わりますが、特に問題はありません。最初は知的好奇心でやっていたけれど、いつからかやらないと自分じゃない気がするっていう強迫観念が襲うようになった、というのは起こりうることです。

ヤバいのは湧いてきた動機の否定です。知的好奇心じゃなくて強迫観念的にやってしまう自分はダメなんだ、なんて思っちゃうと、学習でもなんでも折れてしまいます。繰り返しますが、動機は変化するもので、それ自体は当然です。

なので、動機はあったほうが断然進めやすいですが、固執する必要はないです。

 

 

次に、論文の抄録を読み始めます

抄録とは論文のあらすじのような、要約のようなものです。論文の著者自身による要約なので、論文の内容を軽く押さえたいならこれ読むだけでも対応できます。めちゃ質と情報密度が高い文章なのです。

最初はこれを読んでいきましょう。1日1つで十分です、じゅうぶん偉いです。

初っ端から論文ぜんぶ読もうとしないでください。確実に折れます。論文とはある領域の探索に癖こじらせた変態が執筆した同人誌(諸説あり)です。拗らせまくった癖にいきなり触れても、なんもわかりません。なんもわからんくなって、やっぱ私には無理なのかなぁ…、って無力感を感じてしまいます。それは避けたい。

 

 

この後に、

「読んでる最中にわからない単語が出てきたらすぐに調べましょう」

って説明しようとしましたが、そもそも初心者のばあい単語を調べてもその説明にまた知らない単語が出てきます。統計とかはその最たる例です。だから安易に「調べてみましょう」とは言えないわけで。

それでも頑張って調べて理解しようとするあなたはとても偉いです。たくさん褒めておきます。

おすすめは大学に入り論文を読むための基礎知識を身に着けることです。というか大学ってそういうところでもあります。これについては放送大学の入学をお勧めしたいのですが、話がずれるのでここまで。

ちなみに私はわからないところはいったん読み飛ばして、後日おんなじ言葉が出たら照らし合わせて、文脈から意味を読み取るってことをしていました。おすすめしません。とても疲れます。

 

 

抄録読んでいるときも、単語を調べているときも、これから解説する本文を読むときも共通しますが、文のすべてを理解しようとしないでください

人間の頭は無制限に学習でき、無限に記憶できるとされていますが、記憶できるスピードや一回の学習で記憶できることはかなり限定されます。覚えられることも、理解できることにも、限りがあります。

ここで重要になるのが論文を読む動機です。ある程度言語化された目的は、論文のどこを読んで、どこを覚えて、どこを理解すればいいかの指標になります。目的に合わせて、限りある認知能力を使いましょう。単に知識を得たいのであれば結果の部分を、差異を見定めたいのであれば手続きの部分を、重点的に読むといった感じで。

 

 

もう1つ。これも共通事項ですが、続けることを最優先にしてください

もうお気づきかと思われますが、というか最初から言っていますが、論文を速読できるようになるには最低でも2年かかります。

この2年というのは理論値であり、実際に私が速読できるようになるまでに要した時間です。一日3時間の勉強を休みなくほぼ毎日繰り返した結果得られたものです。抄録500本・論文500本はその期間に読んだもののなかで現在記録に残っているものをカウントしたに過ぎません。なので、これも理論値として扱います。

どうあがいても時間がかかりますし、ものすごく疲れます。なので、自分が続けられる程度の負荷をかけ続けます。

そして、慣れてきたらどんどん負荷を上げていきます。負荷を上げるタイミングは個人差が大きいですが、「少し飽きてきたな」と思ったら潮時です。この飽きの感覚は、抄録の内容や読み方に対し慣れてきたサインであり、どこか同じようなことを繰り返しているように知覚されるはずです。

抄録毎日1本読んでるけど、ちょっと慣れてきたなぁ、って思ったら今度は一日2本読んでみるとか。抄録の内容を自分なりの言葉で残してみるとか。もっと進んできたら、複数の抄録が言っていることを組み合わせて、齟齬が生まれないように論理組み立ててみたり。

足りないなぁと思ったら、ちょっと負荷を増やします。数日試してみて、ちょっと負荷かけすぎたなと思ったら戻しましょう。

それでも物足りなくなってきたとき、いよいよ本文の読書に入ります。

 

 

論文にはいくつかのパターンがありますが、今回は実験心理学で一般にみられる論文を題材にお話しします。

構造は、まず問題提起があって(Introduction)、仮説を立ててそれを検証する方法を組んで(Method)、その通りに調査や実験を行って結果を得て(Results)、結果をもとに考察して(Discussion)、結論を出す(Conclusion)、といった感じ。この流れがわかるだけでも読みやすくなります。なかには論文の欠点や今後追及するべき課題が書かれていることもあります(limitation)。旨味が詰まっているのでぜひ摂取したいところ。

論文の本文は抄録の数十倍~百倍以上の分量があります。いままで抄録では削減されてきた情報がぜんぶ載っているわけです。続けることを最優先に、まずは数日かけて1本読み切るように心がけましょう。慣れてきたら、一日で読み切ったり、複数の論文の言っていることを照らし合わせたり、それをもとに自分なりの意見を書いてみると良いです。

本文の中には読み手である自分にとってはあまり重要ではない情報もあります。すでに読んでいて知っている情報の説明だったり、動機にそぐわない情報だったり。そういったものは読み飛ばしても大丈夫です。必要な情報を集めましょう。

知らない情報はどんどん調べましょう。本文を読み始めたあたりから、自分がいま探求している領域の用語についてはすっと理解できるようになってきます。ただし、調べて出てきた解説をそのまま鵜呑みにしないことだけは、気を付けてください。

 

 

以下は論文本文を読みなれた人向けへの示唆です。

私が実験心理学で一般にみられる論文を読む際は、MethodとResultsを中心に読むようにしています。いわばここに研究でやりたいことと求まったことが記述されているので、時間がないときは最悪ここだけ読むようにしています。

次点でDiscussionやlimitationを読みます。前者は筆者が結果をどう解釈しているかを知るために読んでいます。後者は今後論文を調べるときの留意事項や自分が探求するときに抑えておきたいポイント、新しい探求の示唆などが書かれているので、是非とも抑えたい。

Introductionはあまり読み込んでいません。この論文がどういった理論体系や疑問を基盤に展開しているかを知れたら、あとは読み飛ばしています。私が知りたいのはそこなのです。筆者が結果をどう解釈するかは、この基盤が重要になってきます。

 

 

抄録を読み、本文を読み、知識を得て、これを継続する。

その結果、論文を1本一時間で読み切れる速読技術を手に入れられるわけです。

 

 

速読とはいわばゴリ押しです。いままで獲得してきた圧倒的な知識量と哲学的思想を元手に、論文の癖や領域内傾向などの言語化しづらい要素を踏まえたうえで、こなせる行為なのです。

「そんじょそこらのコンサルでは手に入らないような知識と哲学的志向」は速読に必須な条件であり、速読の技術を得るに至った結果なのです。

ここに至るまでの道筋は、容易ではありません、というか再現性は全く担保されていません。論文500本読めば絶対に体得できるものでもありませんし、そもそもそれが続く保証はできません。人間は自分が思う以上に自発的行動や知的好奇心に従うことが難しいのです。

「絶対に真似できない」はクリック誘導のための煽り文句ではなく、客観的事実に基づいた推測なのです。

 

これらの記述を読み切り、なおも速読をしてみたいというのであれば、私はあなたを歓迎します。

どうかご自愛を。この道筋において過敏に厳しくある必要はありません。できる範囲で、続けられるように、積み重ねていってください。

 

 

 


「だから、失敗を無下にするのはやめてほしい」出版バイアスに対する現実的な反論

2023-08-12 | 小ネタ・雑談

学術界隈には出版バイアスという言葉がある。

ものすごく簡単に言えば「思うような成果が得られなかったから、この論文は出さないでおこう」「失敗しちゃった研究は報告しないでおこう」とする傾向や、否定的な結果があまり出版されない事実からくる憂いを指す。

学術界隈も成功ばかりではなく、時に失敗や、まったく予想してない結果を得ることがある。心理学の研究ではこうなるだろうと仮説を立ててそれを検証するという流れがあるが、仮説どおりの結果が得られないことがある。

仮説通りの結果が得られなかった研究は学術誌等で掲載されづらい傾向にあり、転じて、掲載されないことを理由に失敗した研究をお蔵入りにしたくなる心理的傾向が発生する。これが出版バイアス。

「完成品が出るまで絶対に作品は出さない」「未熟なものは出さないし即削除」「どうせ評価されないから出しても意味ない」に近い心理状態と言える。

 

心理学の論文を2年で800本読んだ心理学徒は思う。

そのバイアスに従うのだけは絶っっっっっっ対に辞めてほしい。

私からすると、仮説を立てて、手続き組んで、結果が出て、仮説通りでしたっていう予定調和な論文は正直読んでて面白くない。いや学びがない訳じゃないのよ。でもそこで起こっているのは論理の補強であって発展ではないのよ。刺激的じゃないのよ。

仮説通りの結果が得られなかった論文はたくさんの示唆や発展のきっかけがある。既存の論文と照らし合わせて分析して、手続きの致命的な欠陥を見つけたり、違う理論形態を引用すれば一貫性のある説明が出来たり、あるいは純粋に「なぜそうなるのか」という新しいリサーチクエスチョンが出来たり。これがめっちゃ楽しいのよ。

この快楽に近いものとしては、自分の主張とは食い違う、或いは全く逆の主張が目に入ったとき。論文として掲載されているということは一定量の信頼性と妥当性が確保されている、つまりただ頓珍漢な発言ではないということ。であれば、私の主張と食い違う理由が必ずどこかにあると仮定が置けるし、それを議題に掘り進めることができる。自分の主張と相手の主張が食い違う原因が見つかって、それを踏まえるとどっちの主張も成立する一貫したグランドセオリーが見つかったときは昇天ものである。

 

単なる知識集積のためではなく、その分野の探求が目的の人にとって、失敗例というのはこれ以上ないぐらいの題材なんだ

そしてその探求をする場が学術であり、その探求の最たる材料となりうる失敗例がなかなか掲載されないのは憂うべきことである。直近読んだ100本のうち、得られた結果の大部分が仮説通りにならなかったと主張したのはたったの2本だけだもの。少なすぎるわ。

 

だから、失敗を無下にするのはやめてほしい。

失敗により心身が傷ついた人にとっては、酷な言葉かもしれないが。

 

 

 


私が今まで裏どりしてきた言説まとめ。右脳型左脳型・ASD・EM菌・在庫管理の4本立て。

2023-08-10 | 小ネタ・雑談

論文と付き合い始めてから3年ほど。ほぼ毎日のように論文を読んでは知見を整理し新しいRQを生み出している日々を送っている。

で、こういう日々を送っていることは周囲の知人友人にはある程度認知されている。

ときどき、知人友人から「これってどうなの?」と言説の裏どりを頼まれることがある(或いは自分で勝手に調べている)。話題自体は興味深いので乗っかるが、大体は私の専門外のものなのでとても苦労する。専門外だと調べ方すらわからないので。

で、調べていくうちにいろいろ面白いことが知れたり、ときどき視野が広がるものもある。

なので今回は、ここ最近頼まれたり自分で勝手に調べたりした言説の裏どりについて記述していく。

ASDや在庫管理等のちゃんとした話題から、EM菌のような疑似科学ぶった切りまで。ほとんどは私の専門分野ではないため裏どりとしては結構浅くなっているため、参考程度に留めてほしい。

 

 

〇右脳型・左脳型

就職系やコンサル系の記事でよく見かける言葉。左脳型は論理的で、右脳型は直観的で、なんて言われているがあの辺りのお話は確たる証拠がない。

もうちょっと具体的に。確かにどの神経回路が活発になりやすいかは個人差があるし、サイコパス等の病的な性格もそれに根差しているなんて研究結果もある。が、この辺りのお話は非常に複雑であり、少なくとも腕を組んだり手を合わせたりして計れるようなものじゃない。右脳型・左脳型を計る診断に科学的な根拠はほとんどなく、また男性脳・女性脳と言われるような特徴も見当たらないらしい。

もっと知りたい人は参考文献の有路(2011)を参照。かなりズバッと切り捨ててます。

参考文献

Nielsen JA, Zielinski BA, Ferguson MA, Lainhart JE, Anderson JS (2013) An Evaluation of the Left-Brain vs. Right-Brain Hypothesis with Resting State Functional Connectivity Magnetic Resonance Imaging. PLOS ONE 8(8): e71275. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0071275

Lise Eliot, Adnan Ahmed, Hiba Khan, Julie Patel. Dump the “dimorphism”: Comprehensive synthesis of human brain studies reveals few male-female differences beyond size. Neuroscience & Biobehavioral Reviews, Volume 125, 2021, Pages 667-697, ISSN 0149-7634, https://doi.org/10.1016/j.neubiorev.2021.02.026.

有路, 憲一, 2011, 神経教育学(Neuroeducation):認知神経科学と教育の“ゆるやかな”関係: 信州大学人文社会科学研究会, 190–200 p

 

 

〇ASDのオキシトシン投与について

ASDの社会コミュニケーション障害に対しオキシトシンの経鼻投与が症状の短期的改善につながったとする報告(Watanabe T, et al. 2014)。

この論文を引用した動画の真偽を問われ調べてみたけど、ひとまずこの論文自体が虚偽である可能性は低そうだし、引用している動画も多少誇張はあるが間違いではないように思える

ただ、オキシトシン投与によるASD改善については長期的効果は見込めないという報告とか、高機能自閉症には効いたという報告とか、動物を対象とした実験だと有意とか、まだ実験段階で知見が積みあがってないという印象。まぁ全体的に見て正常な科学の営みしてるっぽいので、過剰に疑わなくてもおkかと。

参考文献

Watanabe T, Abe O, Kuwabara H, et al. Mitigation of Sociocommunicational Deficits of Autism Through Oxytocin-Induced Recovery of Medial Prefrontal Activity: A Randomized Trial. JAMA Psychiatry. 2014;71(2):166–175. doi:10.1001/jamapsychiatry.2013.3181

Olga Peñagarikano et al. ,Exogenous and evoked oxytocin restores social behavior in the Cntnap2 mouse model of autism.Sci. Transl. Med.7,271ra8-271ra8(2015).DOI:10.1126/scitranslmed.3010257

Nakajima Miho, Görlich Andreas, Heintz Nathaniel. (2014) Oxytocin Modulates Female Sociosexual Behavior through a Specific Class of Prefrontal Cortical Interneurons. Cell, VL - 159, IS - 2, pp.295 - 305

Takamitsu Watanabe and others, Clinical and neural effects of six-week administration of oxytocin on core symptoms of autism, Brain, Volume 138, Issue 11, November 2015, Pages 3400–3412, https://doi.org/10.1093/brain/awv249

Sikich Linmarie, Kolevzon Alexander, et al. (2021) Intranasal Oxytocin in Children and Adolescents with Autism Spectrum Disorder. New England Journal of Medicine, VL - 385, IS - 16, pp. 1462 - 1473

 

 

〇EM菌

"微生物資材で科学的検証の必要なものは「まったく未知の微生物」か「遺伝子組み換えをした微生物」に限られており、法的な義務づけがあります。EMは、そのいずれにも該当せず、科学的検証はまったく必要なく、各試験研究機関もEM研究機構の同意なしには、勝手に試験をして、その効果を判定する権限もありません。"(EM情報室 2012,08,03)

「第三者による追試を禁じている」時点で科学じゃない。以上。

参考文献

EM菌:Gijika.com https://gijika.com/rate/le_effective_microorganisms.html

EM情報室:朝日新聞の見当違いのEM報道 https://www.ecopure.info/oldweb/rensai/teruohiga/yumeniikiru62.html

 

 

〇在庫管理

いわく「数百種類の部品を各々が好きなタイミングで持っていくから、在庫情報との調整の時にえらく手間がかかって仕方がない」とのこと。

これを言語化すると、認知心理学でいうところのヒューマンエラーの蓄積が混乱を生じている、ということになる。ヒューマンエラーが生じる理由はいろいろあるが、基本的に人間が判断を下す機会が多ければ多いほど絶対数が増えていく。在庫管理はこの絶対数がありえんぐらい多いと推測。

なので、在庫管理のために1つ手順を増やすとなるとその増えた手順に関するヒューマンエラーの発生も考えられる。また持っていくタイミングも人も数量もほぼ不定なため規格化も難しく、在庫管理の変革のための余裕も少ないとのこと。詰みかな?

なお在庫管理については古来からその分野では悩みの種らしく、雑誌等でも技術のごり押しで何とかする、というのが解答らしい。

参考文献

宮地 由芽子 職場安全管理の改善に向けたヒューマンファクタ分析手法 鉄道総研報告: 鉄道総合技術論文誌 09142290 鉄道総合技術研究所 2007-05 21 5 11-16 https://cir.nii.ac.jp/crid/1520290882185576192 

佐谷 克明. ヒューマンエラー防止へのアプローチ , 安全工学, 1999, 38 巻, 6 号, p. 380-388, 公開日 2017/03/31, Online ISSN 2424-0656, Print ISSN 0570-4480, https://doi.org/10.18943/safety.38.6_380, https://www.jstage.jst.go.jp/article/safety/38/6/38_380/_article/-char/ja,

幸田 武久, 井上 紘一. ヒューマン・エラーの評価方法, 計測と制御, 1991, 30 巻, 7 号, p. 623-630,  Online ISSN 1883-8170, Print ISSN 0453-4662, https://doi.org/10.11499/sicejl1962.30.623, https://www.jstage.jst.go.jp/article/sicejl1962/30/7/30_7_623/_article/-char/ja

野尻 良彦, 幸田 武久, 井上 紘一. 認知メカニズムとヒューマンエラー解析, 日本信頼性学会誌 信頼性, 2001, 23 巻, 2 号, p. 157-166,  Online ISSN 2424-2543, Print ISSN 0919-2697, https://doi.org/10.11348/reajshinrai.23.2_157, https://www.jstage.jst.go.jp/article/reajshinrai/23/2/23_KJ00002020658/_article/-char/ja,

松田 礼子 and 辻 利之. 業務効率化を実現する資産管理ソリューション NEC技報 02854139 日本電気 2006-04 59 2 76-79 https://cir.nii.ac.jp/crid/1521699230826733696