風に乗れ -Winddriven Current-

ワイヤーフォックステリアのナイトさんとORIXを応援する日々
“Challenge Together @KOBE”

金田現役引退に寄せて

2006-12-13 | Bs-栄光の真紅と蒼 
ミスチルファン1974さんの記事を読んで知ったのですが、

・・・ソフトバンク:前楽天の金田が打撃投手に(msn)


バッピになるということで。

そうか。。
こちらとすれば、残念。


金田から思い出すエピソードを何点か。

■2002年

貧弱チームに成り下がってしまった年だけど、
藤井康夫の熱い言葉、最終戦は無料だったけど満員御礼になる盛況もあった。

ぜーんぜん勝てなくても、
金田のあの防御率が、本当に救いだったこと、忘れへんよ。

たった4勝でも最優秀防御率賞・・・忘れられん。



■その年、オールスターに選ばれた金田。

ゆるーいカーブが特徴。
星野伸之の後を継いだように現れただけに、
あのひょろひょろボールで強打者を抑えることが面白かった。

んで、選ばれたオールスターで1イニング投げた。
ちょうど1アウト取って、2人目の相手は、当時Gの清原。

一球目、自慢の大きなカーブで1ストライク。
そんとき、清原が鬼の形相で金やんを睨んだことを覚えてる。

んで、しぶしぶストレートで勝負するも、ヒットかホームランか知らんが打たれた記憶。


今年の春、2年目の金子がイチローに対してカーブで入ったことに対しても
清原が難癖つけていたけど、
僕としては、その投手が磨いてきた持ち球がカーブで何が悪い?と思ってる。

彼のストレートは、あのカーブを投げないと生きないのだから。

その清原以外を3人三振で抑えたものの、なんだかイライラして見てた。
アナも次の回になって話題が切れたところに
「さきほど投げた金田、三人を三振で切っております」
と棒読みをしていたことも忘れない。

彼は、そういうタイミングの悪い星に生まれてきたんだろうか。



■運を使い果たした?96.9.23

勝ち運ナッシング、タイミングの悪い人だな、と思っていたけど、
ひょっとしたら、すでに運は使い果たしていたのかも。

とも思えるのは、金田本人の自慢とも聞く1996年9月23日、対ハム戦(GS神戸)

あの、いまだ思い出しただけで興奮してくる神戸でのV2達成の日。
D.Jが神に見えた日。
イチローがサヨナラ決めたけど、ヒーローはD.Jだと言い張ってきたよ10年間。

で、あの試合の勝利投手は、金やんだったんよね。

せっかくなので、古い本を探し出し、みつけました。


 

興奮うずめく劇的・サヨナラ優勝で湧き上がり、
ロッキーの曲が流れていたGS神戸のスコアには、確かに「P・金田」。

ちゃんと正座してテレビ観戦してたわりに、そこは記憶になかった。
ごめんよ、金やん。

でも、彼本人が自慢にし続けている、あの試合の興奮は共有しているものと思ってください。

お疲れさまでした。

そしてソフトバンクの打撃陣に、現役どおりの球を投げてれば
立派なバッピにな(以下自粛)

とにかく、今後ともグラウンドで頑張ってくれ!

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6 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
たった4勝でしたね (ミスチルファン1974)
2006-12-13 02:11:37
2002年防御率1位を具さんと争っていたのは覚えてました。
9月の西武戦で具さん、金やんで確か連勝して嬉しかったです。

感情が表情というよりは体全体に雰囲気として現れる感じで人間らしい投手だったと思います。

もう少し今年一軍でチャンス与えて欲しかったですが、楽天が先を見越した戦いするには仕方なかったでしょうね。。。
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ミスチルファン1974さん (Kazma)
2006-12-13 09:00:10
>体全体に雰囲気として現れる人間らしい投手

あの細くて長い腕と体全体を使って投げる姿が印象的です。



テレビ出演でラフな格好して出ると

熱血にスーツで来いと叱られたエピソードもありましたし、

そういう所も人間らしかったと思います。



楽天の若返り策は納得していますが、僕もあと一回でも彼の投げる姿を見たかったと思っているところです。
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10年前の写真 (sikurrthizum)
2006-12-13 22:24:53
さすがにほとんど現役引退してますね。。。

金田は今年4月29日千葉で見たのだが最初で最後でした。

2002年の4勝で最優秀防御率は、確か史上初の5勝以下でタイトル獲得となり、賛否両論ありましたけん。

ちなみに96年は金子誠が新人王とりましたねけん。

PS 16日はよろしくお願いします。
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2002年 (神戸太郎)
2006-12-13 23:07:29
このシーズンは、球場に出向いて青波軍団を
応援しようという気に本格的になったので、
よく覚えています。

金田はこの年本当に不運でした。
味方打線が全く点をとれない惨状でしたから。

金田先発試合も何度か観ましたが、序盤で打ち
込まれるか、好投したら味方が点をとれずに白
星に恵まれないという内容どちらかだったと記
憶しています。
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sikurrthizumさん (Kazma)
2006-12-14 00:53:41
このスコアの面子がたまらなく懐かしいです。ハム側も含めて。
このときに金子は新人王だったんですか。

2001~2004年は、チーム打率と防御率がアンバランスなチームでした。
(打てない年と打たれる年が交互に来ていたようなもの)
両者が揃えばまともなチームになっていたはずです。

その中で、打てなくとも投げ勝とうとチームを守ろうとした金田を
僕は忘れてませんし、救いだったと思ってます。
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神戸太郎さん (Kazma)
2006-12-14 01:18:41
>2002年
僕はこの年から東北に移り住むようになりましたので
神戸太郎さんの方がよほど試合もご覧になっており
詳しいと思います。

実際に観戦してみると、勝てないイライラの募る
シーズンだったと思います。
でも投げては金田とD.S.KOOの優秀な防御率、走っては谷の盗塁王と
引っ張る選手がいただけに、どうして勝てないのかと思ったものです。

そういう個人賞が救いの年だったという思いです。
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