しゃぼん玉が飛んでいます。
ここは琴浦町(旧赤碕町)の菊港です。遠方から来鳥した子どもたちを県中部へ送るときに、時間があったので立ち寄りました。
『しゃぼん玉』は野口雨情作詞ですが、この歌は、生まれて間もなく亡くなった雨情の子どもを偲んでつくったと聞いたことがあります。
♪・・・屋根まで飛んで こわれて消えた
♪・・・うまれてすぐに こわれて消えた
野口雨情の切ない気持ちが表れているようで、心を打たれます。

先週土曜日は、久しぶりに青空がのぞきました。波も穏やかで、心が安らいだ感じでした。
中学校1年のときに社会科を教わった先生は、教科書は1年間で半分も進まず、外へ連れていってもらっての「課外授業」や教科書以外の「社会」の話が多かった。
その先生が他校へ赴任されることになり、体育館で赴任あいさつをされたが、最後に『しゃぼん玉』の歌を歌って降壇された。私もだが、みんなも泣いていた。
その先生のお兄さんのお嫁さんと、数年前に同じ部署で仕事をしたことがある。その話をしたら、大変喜んでおられた。
お二人とも数年前既に定年退職されたが、不思議な縁である。
明日は、しゃぼん玉の”実演”を紹介します。
ここは琴浦町(旧赤碕町)の菊港です。遠方から来鳥した子どもたちを県中部へ送るときに、時間があったので立ち寄りました。
『しゃぼん玉』は野口雨情作詞ですが、この歌は、生まれて間もなく亡くなった雨情の子どもを偲んでつくったと聞いたことがあります。
♪・・・屋根まで飛んで こわれて消えた
♪・・・うまれてすぐに こわれて消えた
野口雨情の切ない気持ちが表れているようで、心を打たれます。

先週土曜日は、久しぶりに青空がのぞきました。波も穏やかで、心が安らいだ感じでした。
中学校1年のときに社会科を教わった先生は、教科書は1年間で半分も進まず、外へ連れていってもらっての「課外授業」や教科書以外の「社会」の話が多かった。
その先生が他校へ赴任されることになり、体育館で赴任あいさつをされたが、最後に『しゃぼん玉』の歌を歌って降壇された。私もだが、みんなも泣いていた。
その先生のお兄さんのお嫁さんと、数年前に同じ部署で仕事をしたことがある。その話をしたら、大変喜んでおられた。
お二人とも数年前既に定年退職されたが、不思議な縁である。
明日は、しゃぼん玉の”実演”を紹介します。