MilanoからLondon、東京に移り住みましたが、変わらず日常生活を書き記そうかと。。
ミラノ通信 - 我が為すことは、我のみぞ知る



赤ちゃんだからそんなこと、、の様な頭から否定するようなことはしたくなくて、それはおいらたち大人の想像力や、理解力の欠如として色々なことに向き合っている。

 

たった2歳になるみらんくんが、何か怖い思いを夢の中でして、泣き叫ぶ現実をみると、いたたまれないがそれが現実。親としては、みらんくんがなんで泣いているのか、ゆっくり、優しく聞き出すしかない。抱っこして、あやして、お茶飲まして、トントンして、と可能な限りのことをして、ひとまず泣き止む迄の道のりを作る。話せる状態かなとなったら徐々に色々聞いてみる。

 

すると、やっぱり怖い夢を見たそうで。

 

流石にいくら会話したとて、大人ですら何を夢見たのか克明に思い出すのは不可能なので、子供が泣いたその理由として、どんな怖い夢を見たのかを具に洗って行ったとて無駄。分かる訳ない。頑張ったところで無駄なことを夜中にはしない。

 

本質的な課題は如何に寝付き良くなるよう、もう怖いものはないよ、としてあげること。

怖かったことを此方も認識したことを示し、それがなんであれ、怖いものやっつけたよーと安心させることに尽きる。そこは演技と言うか、虚構の共感を感じさせることになったとしても、だ。科学的なこととか要らない。子供が安心して寝られるよう、不安要素を取り除いてあげることこそが一義的に求められること。

感受性が強いとか、言われることが多いのだが、それがこうも毎晩夜泣きに繋がるのであれば、程度問題にもなる。然るに、夜寝る前に何か話の中で安心材料となるようなルーティンが出来るのであれば、してあげたいと心の底からそう思っている。それが何かが分からないので困っているのだが。。。

 

余りにも、ママ、ママと泣くので、前のようにママは原則寝かし付けには参加しないとすべきかな、と。前はこんなにママ、ママと夜泣きすることなかった。が、最近は3人寝んねと言う風に言われていることを真に受けているのだが、そうなってからママ、ママと夜泣きするようになったから。明確な因果関係、相関関係と言われても困るが一旦甘えさせることと、甘やかすこととは峻別したい。

 

ママの愛情も過ぎたるは及ばざるが如し。

と言うか、これでもかと言う程ママの愛情受けてますからね。足りないはない。

 

赤ちゃんからの思いを受け止めることの必要性はあるものの、受け止めてばかりが当たり前となると、最早やり過ぎな状態となる。週に一度くらいだった3人で寝ることが毎晩となってからの弊害であり、他のタイミングでママの愛情を十二分に受けているので、オーバーロード状態からは脱却せねばみらんくんの将来にマイナスになる。

 

引っ付きたいのは分かるが、いつか来る子離れを遅くするようなことは慎むべきかなと。寝かし付けに毎晩参加せずともみらんくんは賢いので、ママの愛情をきちんと分かってくれるだろうよ。



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