MilanoからLondon、東京に移り住みましたが、変わらず日常生活を書き記そうかと。。
ミラノ通信 - 我が為すことは、我のみぞ知る



年明け、2日はかなりゆっくり寝た。

一般的な話では元旦から2日に掛けての夢が初夢だろうが、大晦日を越えて元旦になってから寝てるのだからそこが初夢ではないか?と思うのよね、毎年。ま、どっちでもよいのだけど。なんにせよ覚えてないし。さて、正月2日の朝は一度9時前?には起きてお風呂を沸かしたのだけど、直ぐに二度寝。で、気付いたら奥さんもベッドに居ないし、起きたら12時前であった。そこから着替えておいらの実家へ。

昨日は2014年の年末に京都の呉服屋で買った大島紬を着て奥さんの実家に行ったのだが、今日は亡きおじいちゃんの遺してくれた着物を着た。

昨日の大島紬は、所謂新古品と言う物で仕付け糸が付いたままの新品を買ったのだが、これが誰かの家の箪笥に眠っていた物で中古品扱い?だったようで、お陰で数万円の安い方くらいの値段だった。それもびっくりするくらいサイズがピッタリ。着丈も然ること乍ら、裄が足らん事がほぼ毎回となる。それが両方ともバッチリであった。


しかし、今日着た亡きおじいちゃんの遺してくれた着物はつんつるてん。。。


全くサイズが合ってない。。間違いなく、おいらがおじいちゃんの身長を抜いてしまったのであろう。小学生の時、あれだけ大きいと思っていたおじいちゃんをいつの間にか抜いていたのだなぁ。おじいちゃんが亡くなったのはちょうど30年前。おいらが12歳の時だった。そりゃぁ、おいらも年も取る訳だ。この着物、着丈も実は足首が余裕で見えているくらいつんつるてんで、裄なんかはもっと足りなくてこの写真の通り、長襦袢の袖が見えている。どうにかして見えないようにして着ようと思ったが無理なものは無理。仕方ない。


天国のおじいちゃんはきっと見ててくれてると思うな。長襦袢もとても粋なもので、見えない所にこんなにお洒落なデザインの物着ていたんだね。うちのおじいちゃん、マジカッコイイ!お洒落なおじいちゃんって言う記憶があったけど間違いない。



おじいちゃんは生きていたら100歳。30年前に亡くなったけど、ずっとおいらの中に居るんだ。そのおじいちゃんが着た着物と長襦袢を着れるなんて嬉しい事この上ないね。

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