ずっと、いわゆる妊活をしていたのだけど、そう云う話しは流石にBlogには書きたくないし、書いたところで、、、と思っていた。
前にも書きましたが、妊活とは即ち、ご懐妊、となれば脱落していくゲームです。ゲームと言うと怒られてしまうかも知れないですが、比喩です。でも、懐妊とはならなくて、ごちゃマンと諦めて脱落していく夫婦が発生している熾烈なゲーム…。我々夫婦も、正直ベースで言えば、物凄く心折れた時もあったけど、おいらよりもっと辛い思いをしている奥さんを絶対に支えないとね、と思って。心情吐露はするものの、一緒になって泣いたりするようなことはしなかった。何だか二人して沈没するようなことになると、立ち直れないように思っていたから。それに、二人で進めていくProjectだからね、と奥さんに言っていた。PJ leaderのおいらが、一々PJ遂行上で起きたことに対して泣いていたら、そのPJ、マジでイケてないと思うよね。場合によっては、夫婦で同じような共感性を奥さん側から求められる夫君も世の中にはいらっしゃるだろうけど、そう云うところは心の機微と言うか、夫婦間でも温度差があったり、他人には分からない、ともすると揉める要素だったりする訳ですな。
ただ、ある時、本当に期待値が低空飛行のまま進んできたさなかに、突然、おめでとうございます、と医者から言われるsceneが出てきたんですなぁ。。。。
物凄く色々と苦労を重ね、今度こそは、、、と期待をし、これが駄目なら次はこの手で(大体次のステージはその前より更にお金が掛かる。。。)と光明を求めて彷徨っている中、やっぱり今回もまた、暗闇の中にどーんと突き落とされるようなことの繰り返し、繰り返し、繰り返し、、、半信半疑とかではなく、今回もまた駄目なのかなぁ、と思いながらも心の奥底では確実に期待をしながら、病院に行っている人が殆どなのではないかな、と。あまり期待を口にするのも、、、過度にし過ぎると駄目だった時にダメージが大きいから、ね。。。今思えば、物凄く薄っぺらい感じで、奥さんに語りかけていたのかなぁ…。でもね、なんとも表現し難いその心情は、妊活の失敗回数が増えてきた夫婦にしか分からないものだし、それは夫婦を超えての感情的な再現性は多分ないんだと思う。個々の夫婦の日常の会話ともちょっと違ってね。類似性を確認するような類の話ではないし、そもそも余程親しくない限り、妊活の中で起きる失敗の逸話は他人には話さないものですわねぇ。ある意味、振り返ると、これが一番辛かったのではないかな、、、また体外受精が上手くいかなかった、と言うようなことを誰にも言えないと言うね。夫婦間と言う閉じた世界観の中でしか会話しないから、ある意味、激揉めする要素となる訳だ。うちはそこまでではなかったけど、それよりも前段階で、医者が偉そうに言ってきたことに対して、「たかが医者のくせして、夫婦関係のことにガタガタ言ってんじゃねーよ。お前、医療のことしか知らねーだろうが!」、って病院で大声で説教したこともあるくらい。そこの病院には二度と行かないと決めましたね。いくつも病院変えましたねぇ、そう言えば…。
いや、それがですな、2018年11月に突然通告される訳です。
ご懐妊、と。
心の中では小躍りx1万倍くらいの喜びだったんですよ。もはや、そうなると小躍りではなく、腰をぐらんぐらん揺らして、ヘッドバンギングしまくるくらいの気持ちですわね。何年も、何回も、試しては駄目、の繰り返しが、突然、狼少年から脱却するようなsceneなのです。いっつも狼が来るって言って来なくて、本当に来た時に誰も助けてくれない、の逆でね。何なら、その少年が誰にも言われないsceneで、狼をやっつけちゃって、あいつ、やるじゃん、的な感じで狼少年ではなくなって、成人する、的な感じで。
でもね、、、
多分、うちの奥さんも元はコンサルタントだから、コンサルタントのサガで、リスクを先に考えたと思うんですなぁ。分からんけど。。。おいらは少なくとも、産まれるまで、基本的に誰にも言わない、と決めた。何が起きるか分からないから。安定期になる前に流産するってこと、世の中には事例がアホ程ある訳だ。懐妊くらいの話しで、心の中では踊ったけど、産まれるってことが、マイルストーンであって、懐妊はゴールじゃない。ゴールじゃないのに懐妊だけで終わった気になって、Champagneで祝杯的な感じで喜んだとしたら、その先不測の事態の際に、あれ、あのChampagneのボトル、虚しくね?ってなる訳だ。だから、自分で勝手に決めたジンクスとして、口をつぐむことにしたんだ。神様なんて欠片も信じない。信じられるのは、自分たちの信念に基づいた行動のみ。だったら、自分を一度、人生で最も律した形で、科学的、非科学的な側面両側で、産まれるまでの間、この件に関した発言などはしないでおこう、と。ただ、毎度ほぼ必ず検診に帯同するなど、病院への付添をする関係上、仕事関係の人にはね、言っていました。木曜日の午前中、ちょっと病院へ、と。それ以外、奥さんの方では、見るからにお腹が大きくなってくるので、奥さんのオフィスの同僚や仕事関係、友達関係の人たちは会えば、おぉ!となるでしょうけど、此方が誰かと飲みに行ったところで、お腹大きい?なんて聞かれない訳です。デブってことではない…。だから、特に、いやぁ、奥さんが妊娠何ヶ月でさぁ、、、なんて言わない。
産まれるまで、何が起きるか分からないから、、、、
あの時喜んじゃったから、それがマイナスに働いて、、、なんて言うね、何ら相関性のない、非科学的な話しだとしても言わないことで無事に五体満足な赤ちゃんが産まれるのであれば、これだけ毎日色々とBlogに書きたいと思うことが頭の中でぐるぐるしているおいらでも、この件については口を噤もう、と。決めたんです。卑屈と言われようがなんだろうが、愛しい赤ちゃん、我が子を抱くためであれば、満々万が一不測の事態が起きた時に、リスクアバース、ダメージケアのために、誰にも言わないでおこう、と。そう云う一度決めたこと、やれることはやっておきたい、と。決めたことを守ろうと思ったんだな。これはね、どうなるか分からない不安が募りまくっていて、気が狂いそうで辛かったな…。奥さんに、何が起きるか分からないからさ、なんて言うのも頻度をあまり多くしないようにして。
今となってはね、龍ちゃんが産まれてきてくれて、本当に嬉しい。
これはね、小躍りx1万倍程度じゃすみませんよ。。。
だって号泣したもんね、嬉しすぎて。
感動してね。
もはや何人も赤ちゃんが泣いている中で、あ、うちの子の鳴き声だ、と声のトーンなどの違いから泣いている場所を探り当てられるくらい、溺愛ですわ。
おいら、そのあたり、鋭敏なんですよねぇ。
全然喋れない、たった産まれて6日の今日ですら、もうコミュニケーションしてます。目でね。今までさ、お腹越しに散々話ししてきたんだ。もはや、テレパシーでもない会話をしていた時からすれば、目を見て話せるって幸せだよ。喋れなくても、おいらのどこを見ているのか、分かる訳だし。おいらのね、顎髭を触りたがるタイミングがあったりすることも分かったしw。そうそう、昨日、一昨日と顔の形が変わってきていること、などね、奥さんとは異なる観点で、色々と見出しているんですなぁ。奥さんは母子同室で夜泣きとかに苦しんでいる一方で、おいらは物凄く会いたい気持ちが、病院の面会時間の20時で途切れる毎日をここ1週間送っているのでね。会いたくて、会いたくて、その気持は母親とは多分異なるんでしょうなぁ。今は、皮剥け期なので、全身が脱皮しているけど、それすら可愛いw。
何も喋れない中で、何かを伝えようとして、物凄く塩っぱい顔をしても、
男梅のCMのような顔から、次の瞬間に天使に戻る。
耳の形は完全に奥さんと同じ。これ、遺伝するんだねぇ、と。全く同じ場所が出っ張ったりしていて、発見してびっくりした。
段々ね、目の大きさが際立ってきた。これはおいら似なのかしらねぇ。
まぁ、どっちに似てくれても良いんだけど、6日目で、こんなに猿っぽくない赤ちゃん、(親ばかと言うことは除いても)絶対可愛い。
7日に退院予定が、奥さんの調子が芳しく無く、医者の診断によって入院が延長されたけど、我が家で、おいらは龍ちゃんの受け入れ体制を整えて待っているのであります。