MilanoからLondon、東京に移り住みましたが、変わらず日常生活を書き記そうかと。。
ミラノ通信 - 我が為すことは、我のみぞ知る



車のDashboardの気温計だから、どこまで信じるのか、疑わしいが、今日のFranciacortaはマジで暑かったな。

 

気温計42度になってた。。。

 

ま、それは兎も角、不思議なことが2回。

 

まず、1701と言うFranciacortaのワイナリーでは、他の体験者もいた。実はこちらは日本人が来ると言うことは知っていた。Nicolaから聞いていたから。

 

最初、畑に皆で行き、ぶどうの畝毎に何が違うのか、とか、砂地、砂利とか話を聞いた。Italianのleader的なMarco Benediniさんはかなり英語を喋れる方だと思うけど、London出身のインターンシップのSam Hillさんが全て英語で説明してくれた。かなり、綺麗な英語で、Queen's特有の聞きずらさは全くなく、おいらは普通に英語で会話していた。その時、日本人が5人車で一緒に畑に来て、1人が英語を日本語に訳していた。その後、Officeに戻り、先程のとおり、倉庫内を案内され、そして試飲した。かなり、色々と飲ませてくれて。その時、おいらのスマホが鳴り、日本語で会話をし始めたら、全員から、

 

え、日本人だったのー?

 

と言う顔と共にこちらに視線が刺さり…w。電話が終わったあと、話し掛けられました、日本語で…。福岡の方たちのようでしたが、おいらのことはAmericaかCanadaの人なのかな、と言っていたみたいで。。ま、Queen's Englishではないからなぁ。確かに。。。

 

2つ目。

 

その後、Mantovaに立ち寄って適当にホテルを探そうと思って車を走らせた。そしたら、一瞬、雹を含めて大豪雨…。車を停めて暫く待ったくらい。

あっと言う間に路肩ご水溜まりになったし。と言うので、Mantovaに行くのは諦めてPadovaのホテルを雨宿りの間に予約し、方向を変えて走り始める。

 

途中、A4が激混みな上にめっちゃ速いスピードで煽られたりして、神経すり減らしたので、ホテルにチェックインした瞬間にbathtubに熱いお湯を貯めて浸かる。もう、車に乗って夕飯を食べに行くのは諦め、9時半前にホテル内のリストランテに。ATPのテニス選手が多く泊まっていたので、色んな言葉がレストランの中で飛び交う。中には英語がたどたどしい人も。

 

そんな中、ウェイトレスの人がオーダーを取ってくれて、運ばれるのを待っていた。

 

Antipasto、Primo piattoを頼み、あとは運ばれるのを待った。部屋付けにしてと言ったが、食べ始めて20分くらいしてから、

 

『日本の方だったんですね?』

 

と言われた。日本人に1日に2度も日本人だったのですか?と聞かれる不思議な日であった…。どう見ても日本人やろー。



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