MilanoからLondon、東京に移り住みましたが、変わらず日常生活を書き記そうかと。。
ミラノ通信 - 我が為すことは、我のみぞ知る



Londonのテロ事件から一年が経ちました…

あの日は朝からサイレンが鳴り止まず、不思議に思ってリビングに行ったらフラットメートのお母さんが、テロよ、テロ、テロが起きたの。。。と騒いでました。こっちもビックリしていたけど、あの時は、2012年のオリンピックがロンドンで開催されることがその前日に決まり、もう皆沸き立っていたところの出来事だったから。

その後は、おいらの奥さん怖がってしまって。。当然だよね。

まだ大学院に行かねばならない状態だったけど、バスに乗るのが怖くて、何度かHyde Parkを歩いて横切ってSouth Kensingtonにある大学院まで行ってた。僕も正直怖かったから、その後Tubeは全然利用できなかった。幸い、生活ライフラインは通常通りだったし、Notting HillのTescoも通常営業していたから普通に食材を買ったりすることは問題なかったんだけど、やっぱりLondonにいる意味と言うか、それ以外のエリアに行くことは全く暫くしなかった。何故なら車とか自転車とか、機動力を全く持っていなかったからね。

怖いものですよ、テロって言うのは。。。

いつどこで起きるのか分からない。何故そこで起きたのかも分からない。予測も付かない。ある程度の予防策しか取れない。実際、その後ブラジル人容疑者(結果的には全くの間違い)のロンドン市警の殺害など、正直対策として為されたことの杜撰さを考えると、一体何なんだ、ここは、と疑い始めてしまう。何かを疑い始めると停まらないのがテロの事後効果と言える。正直起きてしまったその事象も然ることながら、その後再び同様の事象が起きるのではないかと言う恐怖を抱かせるのがテロである。

僕らは2005年9月末に日本に帰国したが、その後もLondonに住み続ける友達は多い。不安であることが推察される。しかし、それはLondonだけの話ではない。一度テロの現場にいてしまうと、すぐ分かる。それはその一度テロが起きた場所でしか再発する可能性があるのではない。どこででも起きる可能性があるのだ。実際、Milanoに住んでいた時もそう言うことをずっと言われていた。だからMilanoのDuomoの近くは通らずに帰宅した方が良いと言っていたクラスメートもいたくらいだ。僕らのいた時には幸いなことにそう言う不幸なことは起きなかったが、2005年の春先、Milanoに潜伏していたテロ集団が摘発されたりした。実際に近くにいたのである。決してアラブのイスラム系の地域だけではないのだ。東京とかParisとか起きる可能性はあるのだ。

この一年思い出さないようにしていたが、七夕と言う日本では嫌がおうにも思い出してしまう(別に七夕とテロは関係ないのだが…)。。。。





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