山田の案山子

日々是吉日

如何でも好い様な毎日の中に後から幸せを感じる時がきっとくる

2015年10月01日 | ブログ
多くの人々は大きな幸せをじっと待っているうちに小さな喜びを見失ってしまう
 我々が何気なく過ごす毎日の中に小さな喜びは沢山ある。
 例えば、空腹の時。何を食べても「美味しい!」と感じる。風邪を引いて治った時は「健康って好いなぁ」と元気である事に我々は感謝する。些細な事ではあるが、これこそが「幸せ」の本質なのではないだろうか?

 人生をジグソーパズルに例えると、此の小さな「幸せのピース」が、幾つも集まり組み合わされていき、大きな幸福としてパズルの完成を迎える。


毎日の生活の中に幸せが隠れている
  大きな幸せをひたすら待って居る時は「自分は今、不幸だから幸せを待ち望んでいる」と思い勝ちだが、そんな毎日にでも「小さな喜びや幸せはいっぱいある」そんなふうに考えられないだろうか?

 幸せとは一瞬の大きな喜びではなく、例えば後から考えて「あの時は幸せだったんだ」「何でもない事の様に思えた事が、実は幸せな事だったんだ」と気付く様なものだと考える事もあるだろう。

 なにも「宝くじに当たる事」や「出世する事」だけが幸せなのではない。幸運はコントロール出来ない。だが幸せは毎日の心掛けしだいでいくらでも感じる事が出来る。


  ♪ 如何でも好い様な事がとっても幸せだったと思う・・・