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『能満寺山公園』 (能満寺の大ソテツ)(展望台小山城) 散策 

2013年03月13日 12時00分00秒 | ぶらり散策
3月9日(土)浜岡の散策後  大井川方面まで足を伸ばし大型公園へ

その帰り道 またまた寄り道で お城が展望台になってる公園へと


何故? この公園へと来たのか? というと

この前の吉田公園の管理棟に この張り紙が・・・←クリックで拡大

えっ 吉田に、お城なんてあったのか? と・・・

ならば見てみようと なったわけです。

(小山城の場所)←クリックでOOGLEマップ表示




↑ (画像クリックで 能満寺山公園マップ拡大表示)

  どうやら小山城に行くには 能満寺境内を通って行く道があるみたいですね。



↑ あれが「小山城」みたいです



↑ 無料駐車場より右手奥に歩くと能満寺入り口があるので そちらへと進みます。



↑ 能満寺山門



↑ 山門横の梅の木



↑ 桃色の梅の花 綺麗でしたよ。

  
  さて 山門より中に入ります。



↑ 能満寺の全景 (画像クリックで拡大画像表示)




↑ 鐘楼




↑ 小山城について  (悲しい物語って気になり調べてみましたが判りませんでした。)



↑ ここを左に行けば 小山城方面へ・・・ 正面に能満寺です。

  その能満寺には日本三大蘇鉄のひとつ『能満寺の大蘇鉄』があるんですよ。



↑ 『能満寺の大蘇鉄』 (画像クリックで 大画像表示)


   ソテツも、ここまで大きくなると圧巻です。

  
   先ほどの場所に戻り 小山城方面へと向かいます。



↑ ウゲッ 急な階段が迎えてくれていますよ。



↑ でも大丈夫です。  別ルートもありました。

  


↑ ここから急な階段  

  右のスロープコースへと向かいました。



↑ こちらのコースは花も見れて 楽チン楽チン




↑ 虚空蔵尊の前を通過します。

← こちらに 見やすいマップがありました。

↑ 画像クリックで拡大表示



↑ 広場の前に出ましたよ。 (画像クリックで 拡大表示)


  目の前の木 桜ですねぇ 桜の咲く頃 ここ 人でいっぱいだろうなあ





↑ 復元掘



↑ 小山城です。 復元した城で「昭和62年7月施工」となっていました。

  ウィキペディアを見ると過去に小山城に天守閣が存在した事実は無いとなっているようで

  後から作られた城のようです。  

  吉田町のHPを見ると

  『戦国時代に武田氏の平山城が築かれていた所に

  永禄11(1568)年、武田信玄は遠江をおさえる第一歩として、この地に砦を築き

  その後、元亀2(1571)年、城郭を備えて新たな名前を付けたのが「小山城」です。』

  ・・っとなっています。


  まぁ吉田町を見渡せる 展望台も兼ねているのでOKですね



  さて「展望台小山城」内へ・・・

  開館時間:午前9時から午後4時30分
  入場料:大人200円 小人100円 ※団体割引(15名以上)等あり




↑ 中には色々と展示されていました。

  今回は・・・多かったので これだけ撮って他は撮っていません

  それよりも展望台からの眺めはと・・・


←(画像クリックで拡大) 北側の展望

←(画像クリックで拡大) 南側の展望


 驚くことに・・・ここの展望台にある双眼鏡 無料で見放題でした。



↑ もう少し暖かくなれば桜も咲き・・・



↑ こんな光景も見れるんでしょうね。


  では公園内にあった花でも見て 帰りましょう 







↑ もう こちらの公園では モクレンの花 咲きだしていましたよ。






↑ 駐車場前の売店で 土産用として 

  吉田町名産の「芋まつば」を購入して帰宅します。

  「芋まつば」は、こちら浜松でも売っていますが 

  この店のは50gほど量が多かったですよ。



  では安全運転で カエル ことにします。


  これにて     









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2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
小山城 (季楽)
2013-03-13 23:00:19
信玄が気付いた城なんですね。
かなり立派な天守・・・と思ったら後から作った天守でしたか。
白の形をした展望台と思えば良い訳ですね。
天守からの眺めも素晴らしい、信玄が砦を作りたくなるはずです。
それにしても、三日月堀は変わった形ですね。
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小山城 (ヤ ス ケ)
2013-03-14 20:52:51
季楽さん
信玄が築いた城ですが 天守閣は、1987年(昭和62年)に物見台があっ たといわれる三の丸跡に犬山城天守をモデルにした模擬天守「展望台小山城」として建造されたようですね。
しっかり小山城の名前に展望台と記載されているのがいいですね。
三日月堀は右側の土手部分が一段高くなっていて敵より馬を出すときに隠す目的で作られているので このような形になったのかと思います。
他にも「大手門付近」に「勘助井戸」と呼ばれる井戸もありましたが これは、あの有名な山本勘助が作った井戸だということですが 画像に残すのを忘れて 載せるのを断念しました。
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