海釣りであれ川釣りであれ、釣り人であるなら誰しもが大物を釣りたいと思っていることでしょう。当たり前のことだが魚種によってその全長は大きく異なり、タナゴなんかは全長が10㎝程度と釣りの対象魚としては最小で、逆に日本最大の淡水魚であるイトウは過去に2メートル以上の大物が獲れたと記録にも残っています。
大物を釣り上げるというのは釣り人にとって一つの最終到達地点であると思います。
当ブログでは取り分け渓流に関する記事を主に記述しているわけですが、御多分に洩れず私にとっても渓流釣りにおける大きな目標があります。
渓流釣り師はいろいろな川で釣りをします。足繁く通うようなお気に入りの川もあるでしょうがほとんどの釣り師はそれはもう各地の川へ赴きます。その理由はやはり渓によって全く違う様相を呈していることが大きな要因でしょう。特に、人が容易に入ることの出来ない場所に限って絶景という言葉では足りない程の美しい景色を拝むことが出来るのです。苦労して辿り着いた先でその様な景色が迎えてくれれば感動もひとしおというわけです。
話は戻り、私にとっての渓流釣りの目標はここでは場所を伏せますが、一つ目に、県内随一のある河川の最奥にある岩清水まで辿り着くこと。二つ目に、某河川の源流部にある超巨大な奇岩群を目の当たりにすること。三つ目に、未だ未踏とされる県内河川の最奥に控える幻の滝の瀑下に辿り着くこと。
以上が私にとっての渓流人生の三大目標ですが、それに加えてもう一つ大きな目標がありました。それは山岳渓流にて40㎝を超える大岩魚を釣ることです。
一昨年に37㎝の岩魚を釣り上げて感動したのを覚えていますが、痩せ細って尾鰭もボロボロでした。
しかし、今年6月6日に目標を大きく上回る、正に怪物と形容するに相応しい大岩魚を釣り上げることになるのです。
当日はとにかく豊かな釣果を得たいという思いで、近所の山で今年大発生したマイマイガと思われる幼虫をかねてより採取して持参していました。
正直なところ毛虫なんて触りたくもなかったのですが、市販のブドウ虫で安定した釣果を得られるのなら毛虫なんて渓魚にとってはブドウ虫以上のご馳走だろうという推測から渋々採取した次第です。3年程前の渓流釣りの際藪漕ぎを繰り返したり葉を揺らして餌となる虫を採取したりした日の夜中に気が狂いそうになる程の痒みに襲われたことがあります。翌日は身体中に湿疹が現れ皮膚科に受診し、事の経緯を医師に話すと即座に毛虫皮膚炎で間違いないとの診断が下され塗り薬を処方されました。曰く、肌を露出していなくても毛虫の毒針毛は衣類の縫い目を容易にすり抜けて皮膚を突き刺すのだとか。
そんな苦い思い出が毛虫にはあるのですが、背に腹はかえられぬというやつです。
早朝に現地へ到着し入渓後しばらくは川を遡行し兎に角上流を目指しました。如何せん釣り人の多く入る川ではあるが、それを補って余りある程魚影が豊富な川でもあるのです。
好ポイントを横目に1時間半以上遡行した辺りで、良渓の誘惑に耐え切れず竿を出すことにしました。
最初は道中で捕まえたカワゲラの成虫を餌に打ち込みました。二投目で水面を漂うカワゲラにヤマメが飛びついてきましたがヒットには至らず。しかし魚影の濃さは健在であることに胸を撫で下ろしたのも束の間、持参した毛虫を好ポイントに幾度となく打ち込むもほとんど当たりがなく時間だけが無情に過ぎていきました。
結局半日で2匹程度の釣果で、期待していた分後半はかなりイラついていました。毛虫には期待出来ないと途中でルアーに変更するも、イラつきが渓魚に伝わっているのかチェイスはあるもののヒットに至らず。もはや石化けどころではなく川底まで響く程の大きなため息を吐く始末でした。
やはり餌釣りで再起をかけようとルアーロッドを振り出し竿に持ち直して再度再開することにしました。途中でフキの葉にしがみついていたキリギリスの幼虫を捕まえて針掛けし、その日最後となる連瀑地帯の淵へ打ち込みました。
一投目は不発、そして二投目を打ち間もなく目印は水中に消し込み、合わせた瞬間に大きな尾鰭で水面をバシャン!と穿つ魚体が見え間違いなく大物であると確信しました。
魚は縦横無尽に川底を駆け巡り、そこで自分の想像以上の、それこそ40㎝を超える大物であると再度確信しました。
何とか下流に引き寄せることに成功し魚体の全容を目の当たりにすると思わず息を飲みました。
「でかい・・・」
それ以外の言葉は見つからず、心中は「必ず獲りたい」という欲望一点のみでした。下流まで引き寄せたかと思えばとんでもない力で上流へ走り川底で停滞してしまい、まるで根掛かりしている程押しても引いてもびくともしません。このままこいつを休ませるのは不味いと思い魚体に近づくが、やはりいなすことの困難な遊泳で流れ込みの隙間に潜り込まれ、まるで根魚が鰓を開けて岩の隙間で踏ん張るが如く動じなくなってしまいました。
一か八か糸を手繰り寄せると僅かに魚体に触れることが出来たため、タモを水中に構えて手で魚体を引き摺り出そうとすると見事というべきか運良くというべきか、とにかくその魚体はタモに上手く入ってくれたのです。
思わず歓喜の声を上げるが、水中から引き上げても兎に角馬鹿力の大岩魚がタモから飛び出そうと大暴れでてんやわんやです。
仕掛けはハリスからぷっつりと切れており正に間一髪であったと言わざるを得ません。
釣り上げた当時相当焦っていたこともあり計測方法を間違っていましたが、52㎝であることを確認出来ました。
山岳渓流にて40㎝以上の岩魚を釣り上げるという目標に対してまさかこのような結果が待ち受けているとは夢にも思っていませんでした。
渓流釣りを始めてから20年以上、この時ほどの感動を味わったことはありません。これは私の生涯で大切な思い出と誇りになりました
。しかし、おそらくもう二度とこの様な大物が目の前に現れることはないでしょう。
目標としていた数ある山の一つを踏破して少し物悲しい気分もあります。
言うまでもなくこの日は納竿し退渓しました。余韻覚まさぬ様に。
滝壺に帰る岩魚
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