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バイキングでも三浦春馬さんの件を取り上げていたんだけど、
そのまんま東さんをはじめ、コメンテーターのみなさん、最もな意見をのべていて、思わずうなずきながら見ていました。
坂上忍さん、辛口コメントばかりの人だと思っていましたが、ご自分の仲間も亡くされた経験を踏まえて、真面目な人ほど思い詰めるとおっしゃっていました。
真面目なんですよ。
真面目だから理想とは異なる自らの存在を消したくて命を絶つ。
理想とは自分自身が作ったものもあるかもしれないけれど、周りの人々から言われたことに対して真面目に聞き入れて作り上げたものだったりする。
でもそれは実は偶像でありどうでもいいことだったりするんだけど…。
明るくて、
積極的で、
活発で(=運動神経が発達していて)
何でもそつなくこなす。
目の前の人々はあたかもそうであるかのように振る舞うから、自分だけが劣ると思ってしまう。
でも、
神様じゃないから完璧にはできっこない。
でも親も学校の先生も周りの人々も完璧を求めてくるんだよね。
ヘタレだっていいじゃないか。
ヘタレだからこそ気がつくことだってあるんだ。
でも、
学校でも職場でもヘタレはバカにされる。
親でさえ自分のことは棚にあげヘタレを否定したがる。
母親に煽られて煽られてここまで来たけれど、薬剤師になって幸せか、と聞かれたら「No❗」と即答。ほら、ブレイン君にさんざんな目にあわされたし。
もしも母親があんなんじゃなかったらどんな仕事を選んでいたんだろう?
もしもブレイン君と出会わなければ今頃どうしていたんたろう。
いや、その前に、あのままドラッグストアで仕事をしていたら今頃は…。
て、いうか、もしも希望通りに大学病院に就職していたら…。
いろいろ思うところはあるけれど、
これでよかったんじゃないだろうか。
いろいろあったからこそ今があるのではないだろうか。
いろいろなければ普通の人生で終わっていたかもしれないけれど、普通じゃないからこそ貴重な体験ができたのかもしれない。
でも、
想像を絶する苦悩が続いてる。
辛すぎて辛すぎて…。
感情の閾値が狂ったらしい。
人間て想像以上に順応性があって、非日常が日常になってしまった。
ふと気がつけば巡りめぐって故郷に帰ってきてる。
老後の生活は千葉や静岡で、と一時期言われていたけど、
のどかだし、雪はごくたまにしか積もらない。
心が疲弊したときは人の優しさが身に染みる。
三浦春馬さんの気持ちを考えながらのそのまんま東さんのコメントに彼の人柄が感じられる気がした。
三浦春馬さんのご冥福を祈ります。