妄想と戯言2

完全自己満足なテキストblogです。更新不定期。
はじめに!を読んでください。

思考停止(金バ君視点)

2024-07-09 07:06:00 | ガロ金夏シリーズ
告白の小話になります。
ガロさん視点が続いていたので金バ君のターン。





 ふざけンな!と心の中で叫びながら、祭りの帰りでごった返す人混みを駆け抜けた。もしかすると声にも出ていたかもしれないが、そんな事を気にしている余裕なんて無い。
 さっきからバクバクと心臓がうるさいし、血が巡りすぎて痛みすら感じてきた。掴まれていた右手の手首にはくっきりとヤツの手形が残っていて、それを見てまた、頭に血が昇ってしまう。もう一度、ふざけンなよ!と独りごちる。もう、何処が痛いのかも分からねぇ。
 一刻も早く、この人混みから抜けたい一心で地面を蹴り抜いた。


 ゆっくりと鍵を回して、ゼンコが起きないように細心の注意を払って玄関を潜った。リビングに続く廊下が常夜灯に照らされて見慣れた橙色にようやく、ほっと息を吐く。
 なるべく足音を立てないよう足早にキッチンへ移動して、冷蔵庫から作り置きの麦茶が入ったボトルを取り出した。一気にコップへ注いで、キンキンに冷えたそれを喉の奥へ流し込む。湯だったように火照る身体にはちょうど良い。流しにコップを置いて、そのままもたれ掛かるように項垂れた。
 そこでようやく、異様に身体が強張っていた事を自覚する。やっと落ち着いて来たかと安堵しかけた時、さっきまでのクソみたいな現実が、頭を過ってしまう。ずるずると、流しにもたれ掛かるようにその場にしゃがみ込む。冷静になればなるほど、怒りよりも情けなさが込み上げた。耳に付いて離れない「好きだ」というヤツの声が、追い討ちをかけてくるように脳裏に響き渡って、何とも不愉快だ。
 じわじわと押し寄せる不安感が、あの時のガロウの真剣な瞳を思い出させた。掴まれた右手が未だに熱を持って、ひどく煩わしい。

 あの後、ひとしきり境内を追いかけ回したが結局、最後までヤツをブン殴る事は出来なかった。人が必死に走っている合間にも、「好きだ!」とほざき続けるヤツの、どこか清々しい顔に腹が立って仕方なかった。とうとう走り回る事が馬鹿らしくなってきた頃、おまけとばかりにもう一度「好きだぜ!」と叫んだその姿が颯爽と階段を飛び降りて行ってしまう。答えを寄越せと宣いながら、けっきょくヤツは言い逃げしたのだ。とことんふざけているし、やるせ無いこの感情の落とし所が見えない事にも腹が立つ。

 ヤツを、嫌ってはいない。でもだからと言って、ヤツからの気持ちに今すぐ応えてやれるほど現状を受け止めきれない。未だに心臓がバクバクと振動を繰り返している。
 ある日から自覚してしまったヤツからの意味ありげな視線に、もしやと考えなくも無かった。ただ、あまりにも現実的ではない己の思考が判断を鈍らせてしまった事もまた、事実だ。脳裏に居座り続ける銀色が目障りで、おもわず頭を抱えてしまう。
「……どうしろってんだよ、クソっ…」
 情けない声色が深夜も近いリビングにはよく響いた。それが一層、今の自分の現状を表しているようでやりきれない。
 それと同時に、最近の煮え切らない態度の真相が知れるからと、のこのことヤツに着いて行ってしまった自分の浅はかさにも反吐が出そうだった。だが、どこか覚悟を決めたように「時間はあるか」と見下ろしてきた金色を、放っておく事が出来ない自分がいた事もまた、事実なんだ。

 強く握られた、震える手の感覚と抱きしめられた時の体温を鮮明に思い出して、ぶるりと身体が震えた。仮にもプロヒーローである俺が、ヤツがあそこまで近づく事を許していたってのか?それも、無意識に?
 
 「あっ、無理だ」と思考を停止させる。これ以上は気づきたくない事にまで理解が及びそうで、恐怖心から考えを放棄してしまう。そもそもどう転んだって俺にはキャパオーバーだ。軽く頭を振って立ち上がる。流しのコップは明日洗うとして、今日はもう、寝ちまおう。
 リビングを突っ切って自室のベッドへ急いだ。とにかく今は、何も考えたくない。ヤツが本気である限り、けっきょく俺はその気持ちに答えなきゃならないんだ。義務感にも似たその感情の意味はまだ、分からないが…全力で来る相手には手を抜かねぇって、それだけだ。
 
 俺は布団を頭まで被って、やけくそのように睡眠の入口を探し続けた。このふざけた悪夢と共に、直に夏も終わるはずだと願いを込めて。
 
 
 
 
 
うだうだ考えるより寝ちゃいそうな金バ君が好きです!

告白(ガロ金)

2024-07-05 15:14:00 | ガロ金夏シリーズ
ガロさん視点。夏祭り(後編)の続きになります。どうしてもラブコメになっちゃう。






-告白-


 まだまだ続いているらしい祭囃子の心地良い喧騒を背に、人気の無い神社の石段をゆっくりと上っていく。その神社は金属バットへの恋心を伝えていたジジイから「ガンバ!」とウィンク付きで渡された、花火を見るための穴場スポット一覧メモから選んだ場所だった。メモには、四人で花火を見ていた高台の場所も記されている。
 走り書きされた妙に達筆なメモを、もしもの為にと尻ポケットへ忍び込ませておいて正解だった。しかし海の時もそうだが、何でこんなに穴場のデートスポットのような場所を知り尽くしているってのか。
 深く考えたくなかった俺は有り難く知識だけを拝借する事にして、良さげなこの神社を選んだ。花火は終わっちまったが『夜景も綺麗だよ』と花丸付きでメモしてあったジジイを信じて、黙って石段を上っていく。そんな俺の後ろを歩く金属バットもただ、黙って付いてきていた。

 あの後、特に文句を言うでもなくすんなり待ち合わせ場所に現れた金属バットは、すでに風呂なんかを済ませた後の姿だった。ジャージに半袖のTシャツ姿で、夜風に揺れる黒髪からは石鹸のような爽やかな匂いが漂ってくる。
 最後の石段を上り切ると、本殿へと続くらしい階段が奥に見えた。左手には東屋のような休憩スペースがあって、とりあえずそこに向かう。後ろから聞こえる砂利を踏み付ける足音が響く度に、心臓の音も跳ね上がっていくようだった。さわさわと木々の擦れる音がやけに耳について離れない。
 
 木製のベンチに腰を下ろす。少し間をおいて、金属バットは座らずに東屋から見える夜景へと視線を移した。その景色はジジイの言う通りなかなか見事なモノで、遠くからでも祭りの屋台が鮮やかに煌めいて見える。
 しばらく無言でそれらを見つめた。金属バットも同じようにしている。空気がどんどん張り詰めていくのが分かって、俺は無意識に奥歯を噛み締めていた。どう、切り出したもんか。呼び出したまでは良かったが結局、後先の事など考えられない程度には、俺は焦っていた。一歳しか違わない年齢差に年上の余裕なんてもんは皆無だ。
 そんな俺たちの沈黙を破ったのは意外にも、金属バットの方だった。俺を一瞥して「…話があるんじゃねーの」とぶっきらぼうに言い放つ。ここまで文句のひとつも言わずに着いて来たとは言え、その眉間にはくっきりと深いシワが刻まれている。夜景を見ているはずなのに、その横顔はどこか冷たい印象を与えた。
「あー…話っつーかよ」
「おう」
「なんてーのか…二人きりで、おまえとゆっくり話しがしたかったっつーか…」
「ハァ?なんだそりゃ」
 苦し紛れの言葉に、金属バットが呆れたように振り返る。不機嫌を隠そうともしないその顔にはデカデカと「ふざけるな」の文字が浮かんで見えた。
「テメェとなにを話すってんだよ、ええ?」
「い、いろいろだよ…世間話とかよ」
「何が世間話だ!だいたいテメェと俺は楽しく雑談するような仲だっかよ!」
「……違ったか?」
「ちげぇだろ!バカか!!」
 ピシャリと言い切られてしまう。確かに、親しいかと言われると素直に頷けないかもしれないが、その言い草もどうなんだ。普段通りすぎる金属バットの態度に緊張の糸が少しだけ緩んで、釣られるようにおどけた口調で「だったらよぉ」と続けた。
「今から親しくなればいーだろ」
「はぁ?」
「プールも海も、祭りだって一緒に行ってんだからよ」
「っ、それはゼンコに頼まれたからだよ!テメェだってタレオが居なかったら、こんな妙な事にはなってねぇだろ!」
「おまえ俺を何だと思ってんだよ…別に、おまえに誘われりゃ海でも何でも行くっての」
「は?な、なに言ってんだおまえ…?」
「そういや、こないだニュースで見たけどよ、デケェ怪人とやり合ってたろ。アレ、結局はおまえ一人で倒したのか?」
「はぁ?ニュース?」
 何かを思い出すように夜景を眺めた金属バットが「怪人?」と呟いた。コロコロと変わる話題に呆れながらもそれに付き合ってしまう辺り、やはり面倒見の良い男なんだと改めて納得してしまう。
「…いつの話してンだよ?」
「こないだ公園で偶然会ったろ。その少し前の…」
「あ?あー…アレはまあ、デケェだけの木偶の坊みてぇな怪人だったから…ソッコー倒してゼンコと買い物行った」
「ほー、伊達にS級は名乗っちゃいねぇって事か」
「チッ…ニュースなんか見てンなよ、似合わねぇ」
「それは俺の勝手だろうが!」
「うるせぇ!つーか、さっきから何がしてーんだテメェは!」
「そう、つんけんするなよ…こう見えて、心配してたんだぜ」
 黒い瞳がギョッとして俺を振り返る。かすかに揺れた瞳が極まり悪そうに歪んだその直後、これまた極まり悪そうに舌打ちを漏らして、夜景にそっぽを向いてしまった。
「…こちとらテメェにされるような心配事、持ち合わせてねぇよ」
 また、舌打ちが漏れる。可愛げのない返事に、らしいなと苦笑を零した。
「おまえよ、そんなに気ぃ張ってて疲れねーの?」
「…テメェにゃ、関係ねぇだろ」
 ぶっきらぼうに吐き捨てた言葉にはトゲが見え隠れしていて、本心で「関係ない」と言っているのが分かる。確かに、コイツにとっては俺の気持ちなんて知ったこっちゃないんだろう。だが、俺にとっては違う。例え本人だろうが、惚れた相手を心配するこの気持ちを、否定される謂れはないんだ。
「妹もヒーロー活動も、一人で背負い込んでよ。耐えられなくなったらどうするつもりだよ」
「…だとしても俺が守ンだよ、全部な」
「はっ…」
 鋭い瞳は真っ直ぐと、いったい何を見据えているってのか。ヒーローとしての覚悟、妹を守ると決めた覚悟、きっと他にも色んな覚悟を背負って、二人で生きていくと決めたのだろう。
「おまえらしいぜ、金属バット」
 何度でも立ち上がって、悪を討つ。絶対的な怪人になろうとしていた俺が求め続けた、心のど真ん中に一本の芯を持ったヒーロー。
 そうだ、いつだってそれを体現してきたコイツだからこそ、俺は金属バットに惚れ込んだのかもしれない。ぶっきらぼうながら優しい心根に触れてしまったから。時折見せる俺への‘隙’のような一面を、知ってしまったから。あの体温を、あの横顔を、知ってしまったから。だからこそ俺は、コイツが良いと本能で、焦がれてしまったのかもしれない。そう思った瞬間、俺は無意識に呟いていた。
「…おまえが背負ってるもん…少しでもいい、俺にも寄越せよ」
 言ってしまった瞬間、訝し気に俺を見上げてきた瞳がギラリと光った。分かっている。これは俺のエゴで、余計なお世話ってやつだ。コイツはそんな事、微塵も望んじゃいない。案の定、さっきよりも凄みの増した金属バットが、距離を詰めて俺の胸ぐらを掴み、睨み上げてくる。
「さっきから意味の分からねぇ事をごちゃごちゃと…!何が言いてーんだ!!」
 鋭い瞳に射抜かれるが、ハッと鼻を鳴らして、その瞳を真っ直ぐに受け止めた。
「そういうところだぜ、金属バット…!」
 理不尽に抗おうと、なりふり構っていられなかった昔の自分がどうしても、金属バットの無意識な危うさと重なってしまう。十七歳の、ましてやまだ学生のコイツがここまでの覚悟で背負ったものは、いったい何だってのか。
「この世の中にはな、理屈だけじゃ守れないもんが確かにあるんだよ!」
 諭すように語尾を荒げた俺が気に入らなかったのか、胸ぐらを掴んでいた腕を振り払うように離した金属バットが距離を取って身構える。
「何が言いてーんだ…説教垂れようってンならブッ飛ばすぞ!」
「そうじゃねぇ!」
「アア?!」
「テメェがしんどくなったその時に…俺に肩支えるくらいはさせろって、そう言ってんだ!」
「なっ…はあ?さっきから何様だテメェ!俺がテメェに頼らなきゃならねぇほど弱いって言いてぇのか!」
 戸惑うように見上げてくる瞳とかち合う。強気な態度とは裏腹に、俺の言葉を伺うように不安気な瞳が揺れている。それを見た瞬間、胸を強く締め付けられる。鳩尾辺りから迫り上がってくる緊張感とじんわりとした暑さが、余裕のなくなった思考を鈍らせる。コイツを好きになってから、日に日にその締め付けられる強さも頻度も上がっていきやがる。まるでどれだけ水を飲んでも喉が渇いて、渇望して、コイツが欲しい、と無意識に焦がれてしまうような、そんな感覚だった。
 その時、その無防備な首筋を伝って汗が一筋、流れて行った。それが花火を見上げた横顔と重なって、もう、限界だった。
「弱いなんて、思うわけねぇだろ…!」
「ッ、おい…?」
 俺はタガが外れたように、ヤツの右手を掴んでいた。思いきり見開かれた黒目が睨みつけてくるが、その手が振り払われる事はない。ただ黙って俺を見上げ、戸惑うように睨んでくる。まるで何かを待ち構えるかのようなその瞳に、ごくりと喉が鳴った。
 ダメだと分かっている。この言葉はきっと、コイツの覚悟の邪魔になる。それでも、言わないなんて選択肢はもう考えられなかった。
「…いいか、俺はおまえをバカにしてるワケでも、からかってるワケでもない…ましてや酔狂でこんな事、言うワケねぇだろ!」
 腕に力を込めたその瞬間、今まで睨み付けてくるだけだった瞳に緊張の色が浮かんだのを、俺は見逃さなかった。瞬時に引こうとした手にこれでもかってくらい力を込めて、その黒色をにらみ返す。思いばかりが先走って、握った手が震えてしまう。それと同時に、金属バットの顔も歪んでいって、まるで泣く事を我慢するような表情にまた胸を締め付けられた。
 深く、細く、深呼吸を繰り返す。友人にも、好敵手にも、なってはやれない。ここまでを許してきたコイツに多くを望まないなんて、もう無理な話だったんだ。
 覚悟を決めて、困ったように顔を顰める男の顔を真っ直ぐと見据えた。
「俺は、おまえに惚れてる」
「……は?」
「好きだからニュース見て心配にもなるし、似合わねぇお節介だって焼くんだ…!」
 熱くなった心臓が絞られるように、切なく鳴った。唖然とする金属バットが目を見開いて、次は自身に言い聞かせるように「は?」と繰り返す。次第にその視線が逸れ、地面を睨み付けながら俺の言葉をゆっくりと噛み砕くようにして飲み込んでいるのが分かる。何かを言いかけて、口を閉ざす。それを何度も繰り返して、これでもかってくらいに眉を寄せて考え込んでいる。そしてゆっくりと俺に向き直り「なに、言ってんだ」とようやく呟いた。絞り出したような声色とその瞳は分かりやすく動揺して、青ざめた顔で俺を見上げている。やはり困らせたか、と少しだけ冷静になった頭で考えるが…もう、逃してはやれないんだ。
「好きだって、言ってんだよ」
「ッだから、何を…!」
 振り払おうと力が籠る右手を一層、強く握りしめて自身の胸元へと押さえつける。
「テメッ、離せっ」
「分かるだろ!」
「ッ、」
 ドクドクと激しく循環し続ける心臓が、俺の言葉が嘘ではないと証明してくれる。
「本気だ…!」
 顔を引き攣らせた金属バットがたじろぐように右腕を引くが、逃すまいと力を込めて留まらせる。
「っ、は、離せって!」
「離したらテメェ、逃げるだろ!」
「にっ逃げねーから…っ、」
「好きだ!金属バット……!」
「ッ〜〜いい加減にしろ!」
 そう叫んだ次の瞬間、渾身の力で振り払われた自身の腕が空を切って、反発していた勢いのまま数歩、後ろへ退いてしまう。俯いて肩で息をする金属バットがゆっくりと顔を上げる。言葉通り逃げずに留まってはいるが、頬にかかった前髪から覗く瞳がしっかりと俺を睨み付けているのが分かって、背筋を冷汗が流れていった。
「…マジか、テメェ」
 ゆっくりと息を吐いて、震える声で続ける。
「…なんで俺なんだよ!マジで意味分かンねぇ!」
 ほんのり赤く染まった頬が引き攣っている。コイツの中でどんな葛藤があったのか、どこか開き直った様子の金属バットが「す、好きとか…よく分かンねーよ!」と目くじらを立てて叫んだ。その顔はほとほと困り果てていて、さっきまでの覇気はまったく感じられない。
 気持ち悪いと罵られる覚悟はしていたが、煮え切らない態度にポカンとその様子を眺めてしまう。わなわなと肩を震わせた金属バットが「マジで意味、わかんねぇ」と再三ぼやいている。とりあえずコイツの中で俺の一世一代の告白が、精神的にダメージを与えたって事だけは理解できた。つーか、さっきまでのしおらしい雰囲気は何処に行った?
 せめて答えくらいは寄越せよって意味も込めて、いつまでも項垂れる金属バットの肩を引き寄せてその顔を覗き込むと、ギクリと肩をびくつかせる。
「おい、こっち向け、逃げんな」
「にっ、逃げてはねーだろ!」
「だったら返事、寄越せよ」
「ッ、いきなりこんなん言われて、分かるワケねぇって言ってんだろクソが!死ね!」
「テ、テメェ、人が真剣に告白してるってのに、なんだその言い草は!」
「ハァ?!逆切れしてんじゃねぇぞコラ!告白だってンならぐだぐだ回りくどい言い方しねぇで、最初からビシッと決めろや、男だろ!……あっ」
 売り言葉に買い言葉よろしく、すぐに自分の失言に気づいた金属バットが口元を押さえて固まった。明らかに勢いで出た言葉だったが、俺を煽るには十分だ。目を泳がす男を正面から捉えて一歩、近づく。
「言ったなテメェ…」
「い、今のは言葉のアヤだろ!そういう意味じゃねーぞ!!」
「もう遅い!俺は、やると決めたらやる男だぜ!」
「ハ?」
 固まるヤツの隙をついて、そのまま思い切り懐に飛び込んだ。多少の強引さは否めなかったが、こうでもしないとこの野郎、意地でも俺の本気を受け止めやがらねぇ。
「なっ、なにしてンだテメッ…!!」
「おっと!」
 震える身体を強く抱きしめてピタリと密着する。案外収まりの良い身体にスーパーで初めて触れたコイツの体温を思い出して、なんだよ、やっぱりあの時には惚れてたんだなって、妙に嬉しい気持ちになった。そのまま、怒りに震える首筋に顔を埋める。爽やかな石鹸の匂いに誘われるがまま思い切り吸い込んでやると、それまで暴れていた金属バットの身体がカチンッと強張った。
「なっ、なっなに、して!?」
「シャンプーか?あと汗」
「アア?!!」
「おまえの匂い、けっこう好きだぜ」
「---ッッ!!!!」
 次の瞬間、ブゥン!と拳が空を切る鋭い音が鼻先を掠めた。寸でのところで避けたその勢いのまま数歩、金属バットから距離を取る。高めの体温が名残惜しくもあったが、真っ赤に震える金属バットを見て、もしかして有り得るんじゃねーの、なんて考えも浮かんじまう始末だ。
「へへ、隙ありってな!」
「ふ、ふざけてンのかテメェ!!」
「うおっ、あぶねーなぁ!」
「このッ…避けんな!!!」
 いつもの調子に戻って言い合う俺たち。この掛け合いだってコイツに惚れた一因だって思えば、心がじんわりと温かくなる。
 俺たちには、これくらいがお似合いなのかもしれない。意地もなく本音を言い合えたその時なら、コイツの答えもきっと固まるんじゃないか。そう考えると、妙に息がしやすくなった。さっきまでの息苦しさが嘘みたいに、俺は真っ直ぐとヤツを見据えて、その名前を呼んだ。
「金属バット!」
「アア?!」
「マジで好きだぜ!」
「は?!」
「ワケ分かンねぇってんなら、分かるまで言ってやる!!」
「や、やめろバカ!」
「好きだ!金属バット!」
「ッな、なに開き直ってんだバカヤロウッッ!!!」
「ワッハハ!」
「待てやコラァ!!!」
 数分前のしおらしい雰囲気なんて微塵もなく、まるで俺の告白もクソも無かったかのように、俺たちは境内を仲良く暴れ回る。真っ赤にした顔で目くじら立てる様子に、思わず心からの笑いが溢れた。
「てめぇ今日こそ殺す!!!」
「出来るもんならやってみろ!」

 どんな結果になったって。
アイツも俺も最後にはいつも通り。こうやって、喧嘩して笑っていればいいなと、心の底からそう願った。






つづきます!