妄想と戯言2

完全自己満足なテキストblogです。更新不定期。
はじめに!を読んでください。

明後日(ガロ金)

2024-06-27 09:28:00 | 漫画
「抱く」って宣言された金バ君のお話。







「明後日、抱くからな」
「……は?」
 ただ、漠然と、唐突に。
そしてぶっきらぼうに、恋人であるガロウはただそれだけを言い残して、自身が注文したコーヒー代をテーブルに置いて立ち上がった。そろそろバイトが始まる時間らしく、気怠そうに欠伸を零して出口に向かって行ってしまう。
 一方、言われた側である金属バットは唖然として、目の前のアイスコーヒーが入ったグラスを見つめ続けている。ガロウの残した言葉の意味が分からずにもう一度「は?」と一人呟く。そして、一文字ずつ頭の中で復唱してその意味を理解してしまった数秒後。
 ボンッと顔を赤くした金属バットが出口である扉を勢いよく振り返る。
「はぁ?!」
 ハイネックから覗く首まで真っ赤に染めた金属バットの大声が、まばらに寛いでいた客たちの間に響き渡る。数名分の訝し気な視線が集まる中、わなわなと肩を震わせて扉を睨み付けているが、湯気が出そうなほど赤いその顔からはいまいち、覇気は感じられない。
「え、お兄ちゃん?どうしたの?」
 そんな彼に、お手洗いから戻ったゼンコが声を掛けた。ハッとして振り返った兄の、首まで赤く染まったその様子にゼンコは「ほんとにどうしたの?!」と金属バットに駆け寄った。
「熱とかある?!顔、まっ赤だよお兄ちゃん!」
「いや、大丈夫だっ、なんでもねぇ!」
「でも!」
「あ、暑くてよ!ハハハ!」
「…あれ、そういえばガロウさんは?」
「ッ、し、知らねぇ!ほっとけ、あんなヤツ!」
「ええ?」
 ぱちくりと、大きな瞳が不思議そうに金属バットを見上げる。慌ててアイスコーヒーを飲み始めたその姿に、ゼンコは目を細めて「ははーん?」と眉頭を持ち上げた。そして名探偵よろしく、人差し指を立ててズズイと金属バットに詰め寄る。
「またケンカしたんでしょ?」
 呆れたようにため息を吐く。向かい側の席に座り、食べかけだったフルーツパフェに手を付けながら「まったく…」とジトリとした視線を向けている。
「仲が良いんだか悪いんだか」
「ぐっ…」
「ちゃんと仲直りしなきゃダメだよ?」
 ね?と最愛の妹に念を押されてしまい、金属バットは気まずそうに口をへの字にして、そっぽを向いてしまった。その顔からは熱が引かず、相変わらず耳まで赤くした兄の姿に、ゼンコはただただ呆れながら、溶けかけたアイスクリームを頬張る。

 それは休日の、兄妹水入らずでの買い物の帰り道。行きつけの喫茶店にてその一時を楽しんでいた兄妹の前に、見慣れた銀髪の男が現れた事から始まった。
 最初は、幸せそうにパフェを頬張っていたゼンコが窓越しに自分たちを覗くガロウに気付き、手を振って答えた。少し遅れて振り返った金属バットも、穏やかな笑顔で手招きするジェスチャーを見せる。柔らかい雰囲気を纏った珍しいその姿に、ガロウは弧を描くように目を細めて金属バットを見下ろしていた。残念ながら、その卑しい目つきに気づく者は居ない。兄妹に誘われるがまま、ガロウは店内へと足を踏み入れた。
 その後はただ、ガロウのバイトが始める時間ギリギリまで談笑に興じていた。最近のヒーロー活動についてやゼンコの学校での様子、そこには居なかったが、いつもガロウと連んでいる少年の少しドジな話等。
 数分前までは確かに、和気あいあいとした雰囲気が三人を包んでいたハズだった。しかしそれも、ゼンコがトイレに立った直後に壊される事になる。

(ッざっけんなよ、あの野郎!)
 
 金属バットは先ほどのガロウの言葉を思い出して一人、頭を抱えた。
 抱く、とはつまりそういう事なのだろうと、理解は出来る。しかし昼時の、ましてや喫茶店という和やかな空間で何を宣いやがる、と。文句の一つでも言いかけた時には、カランカランと小洒落たベルが鳴って既にその後ろ姿は見えなくなっていた。煮え切らない怒りと同時に、明後日という言葉にも動揺してしまう。
 明後日、会う約束をしていた訳ではない。二人はいつも会いたくなれば連絡を取り合っていたし、金属バットのヒーロー活動やガロウのバイトの多忙さもあり、最近はすれ違ってばかりだった。
(久しぶりに顔見せたと思ったらッ…!)
 ピキリと金属バットの額に青筋が浮かぶ。ゼンコの事もあり、二人の逢瀬はいつだってガロウの住むボロアパートだった。そこで行為に及ぶ事は別に構わない。俺も男だ、恋人と身体を重ねる事に異論はない、と金属バットは考える。
 だがしかし、ガロウに「抱く」と宣言されてしまっては話が違ってくる。明後日、アパートに足を踏み入れた瞬間から金属バットは、自ら「抱かれに来た」という事になってしまう。その意味を、彼は理解できてしまった。

 ふざけるなよと怒鳴ってやりたい衝動に駆られる。先ほどから心臓がうるさいし、顔に集まった熱も冷めてくれない。それら全てを誤魔化すように、金属バットはアイスコーヒーの入ったグラスを一気に煽った。
「お兄ちゃん、ほんとうに大丈夫?」
 最後の一口を頬張ったゼンコが、心配そうに金属バットの顔を覗き込む。先ほどからどうにも様子のおかしい兄を気遣っての一言だったが、その優しさが今の金属バットにとっては羞恥心を煽る要因になってしまう。
「大丈夫だ…何でもねぇから」
「でも、さっきからおかしいよ?ガロウさんとはケンカしただけ?」
「け、喧嘩なんかしてねぇよ!いや、そうじゃなくて…そろそろ出ようぜ?夕飯の買い出し行かねーと」
 誤魔化すように伝票を持った金属バットが立ち上がる。心配そうな瞳はそのままに、ゼンコはその後に続くしか出来なかった。


 翌日、風呂を済ませた金属バットは自室のベッドに胡座を掻き、そわそわと肩を揺らしていた。壁に掛けられた時計はすでに二十三時を回っている。あと一時間もたたず、宣言された『明後日』になってしまう。どうしたものか。金属バットは頭を抱えてうずくまってしまう。
 その日は学校からの帰り道、レベル狼の怪人を数体始末した以外の出動要請もなく、実に平和な一日だった。擦り傷の一つも作ることなく、ゼンコと共に夕飯を囲んでいた先ほどの幸せな時間に戻りたいと、心から願ってしまう。
 そう、金属バットは悩んでいた。大怪我をするような怪人に出会していたならば、言い訳にもなっただろう、と。アパートに行かなければ解決なのでは?と一瞬は考えもした。しかし行かないとなれば、おそらく未来永劫に「逃げた」と揶揄われ続けるに違いない。
「…行くしかねぇのか?抱かれに…?」
 言葉にしてしまった瞬間、言葉にならない叫びと共に、羞恥心が全身を駆け巡った。悶えるように、ざんばらになった黒髪を掻きむしる。
「ッ、くそ!悪趣味すぎだろ!あの野郎ッ!」
 カチリ、カチリと時計の針は無常にも進んでいく。そうして頭を抱え続けた金属バットが眠りにつけるはずもなく。
「……最っ悪だ!」
 午前四時。カーテン越しに差し込んできた爽やかな太陽の光が煩わしい。金属バットは隈の出来た顔を両手で覆ってもう一度「最悪だ…」と呟いた。


 宣告された、明後日。
ガロウの住むアパートから少し離れたコンビニ店内にて、金属バットは雑誌コーナーの前で立ち尽くしていた。本を立ち読みするでもなく、ただただ生きた心地がしない様子で、目の前の雑誌を睨みつけている。側から見れば、どの雑誌を買うのか真剣に悩んでいるように見えていることだろう。しかし、その心情は。
(……最ッッ悪だ!)
 何故、来てしまったのか。
金属バット自身、よく分からない意地を張ってほとほと疲れ果てていた。寝ずに悩んだせいで思考回路が鈍っている事も否めない。今から帰るか?いやしかし、この時間だと帰る途中で鉢合う可能性の方が高くないか?それこそ、怖気ついたと馬鹿にされかねない。いや、しかし!
 そんなこんなと、悩み続けること二十分。もうすぐ、家主であるガロウが帰宅してしまう。いつもならば合鍵を使って、我が物顔でソファーに踏ん反り返っている頃だと言うのに。
 刻々と迫る時間に、金属バットの眉間のシワも深いものに変わっていく。目の下の隈も相まったその鋭い人相に、コンビニの店員はそそくさとレジの奥に引っ込んでしまった。
そのまま、更に五分。ふと、悩める金属バットの俯いた顔に影が差し込んだ。瞬間、ギクリと肩を揺らしてしまう。窓越しに、誰かが金属バットをみている。ヤツだ、と本能が告げていた。ぎこちなく、ゆっくりと視線を上げた先。見慣れたはずの銀髪が逆光によって眩く、白髪のように見えてしまう。男と目が合った。
 その金色がイヤらしく弧を描いているのを見てしまった金属バットは、諦めたように肩を落として、足取り重く出口へと向かったのだった。

「ひでぇツラだな」
 声を弾ませて、ガロウが笑う。仏頂面で己を見上げてくる瞳の下へ指を滑らせてニヤニヤと、分かりやすい寝不足の証拠に肩を揺らして笑っている。その手を強い力で払いのけた金属バットは、ガロウの横をすり抜けてさっさとアパートまでの道を進んで行ってしまう。
 「つれねぇなぁ」とガロウが呟いた。その楽し気な声にすらピキピキと青筋を立てたが、悩んだ結果とは言え、のこのことアパートにまで来てしまった手前これ以上怒る気力も湧かず、黙って歩みを進めるしか出来ない。
 その後ろに続きながら、ガロウは不貞腐れたように歩く金属バットを楽し気に見下ろしていた。先ほどから自然と口角が上がってしまい、だらしなく緩む顔を何とか歯を食いしばって思い止まらせる。
 ガロウの脳裏には二日前、兄妹と別れてから抱いていた、わくわくとした時間の数々が過っていた。来るだろうな、という確信はあったし、金属バットの性格を理解した上で「抱く」と宣言したのだ。案の定、精神的に相当参っているらしい金属バットを見た瞬間、ガロウの中でくすぶっていた嗜虐心がニョキりと起き上がってしまう。そして、それと同時に関心もしてしまう。よくここまで悩んだ末に、俺に会いに来たものだ、と。
 そう、あの金属バットが、わざわざ抱かれに来たのだ。この、俺に。
 
 この後のお楽しみを想像したガロウはニヤリ、と一層口角を歪めて、アパートまでの道のりを進んでいく。対する金属バットはと言うと、見えてきた木造の建築におもわず足取りが重くなり、アパートを見上げたまま立ち止まってしまった。その眉間にはこれでもかとシワが刻まれ、下唇を噛み締めて羞恥心に抗っているのが分かる。しかし、部屋に足を踏み入れた瞬間を想像してしまい、居た堪れなくなり俯いてしまう。
 そんな金属バットの心情を知ってか知らずか、横に並んだガロウがカチャリ、とわざとらしく音を立てて鍵を取り出した。それを金属バットの目の前にかざして見せ、そして、あっけらかんと言い放つ。
「先にシャワー浴びるか?」
「…は?」
 訝し気にガロウを睨みつける。その睨みだけで、並の怪人ならば逃げ出すこと間違いないだろう。しかしそんな視線を物ともせず、ガロウは金属バットの耳元に顔を寄せて、イヤらしく続けた。
「いろいろあんだろ?」
「ああ?」
「準備とかよ…それとも、手伝ってやろうか?」
「ッ!」
 瞬間、金属バットの中の羞恥心が限界を突破した。この野郎!とガロウの顔面に向けて拳を繰り出す。持っていた学生カバンとバットの入ったケースが足元に転がるが、構うことなく腕を振り切った。しかし素人のパンチ等、ガロウに通用する筈もなく。
「ッ、離せや!!俺ぁ帰る!!!」
「ここまで来といてバカ言ってんなよ、ほら行くぞ、荷物拾えよ」
「クッソが!死ね!」
「暴れんなバカ!」
「はーなーせーや!コラァ!!」
 ガチャガチャ、バタンッ、ガチャン。
勢いよく閉められた扉の奥からは様々な罵詈雑言が飛び交っている。ギャイギャイワーワーと、喧しく、何かを投げつけるような物騒な物音まで響いている。しかし次第に、それも小さくなっていき…中で何が起きているか、など。

 野暮な事は聞くまいと言いたげに物音のしなくなった一室からは、押し殺したような悲鳴だけがこだましたとか、しないとか。
 
 
 

 
 
 
 
おわり。
続きのR18をいつか書きたいけど期待はしないで下さい!



コメントを投稿