コツコツ歩き隊!

横浜市金沢区を歩く(2) 憲法草創の碑

明治憲法

神奈川県に引越しすることになってから、「伊藤博文」が横浜市金沢区と縁があることが分かりました。
水戸(茨城県)に住んでいた時、横浜に引越しすることが分かり、早速買ったガイドブックを読んで知りました。
正直、驚きました。

横浜市金沢区には伊藤博文に縁のある場所が、私が調べた限りでは3つあります。
(横須賀市に1つ。)
その1つが「洲崎町」交差点のそばにある「憲法草創の碑」です。

この碑が最初建てられたのは「東屋」という料亭の庭。
「瀬戸橋」を渡ったところ、現在は「第一生命」のビルがある場所にありました。
「江戸名所図会」に紹介されるほど、賑わいを見せ、観光地・横浜金沢を代表する料亭の1つでありました。
この「東屋」で、明治20年、伊藤博文を中心に、井上毅、伊東巳代治、金子堅太郎の4名が「明治憲法」の草案作りをしました。

※後日、草案原稿の入った行李(竹や柳、籐などを編んでつくられた葛籠の一種)が盗まれたため、
  草案作りの続きは伊藤博文の別荘にて行われたとのこと。
 (草案原稿は無事、見つかったらしい。)


「東屋」は昭和30年に廃業しました。
その跡地には現在、第一生命のビルがあり、「明治憲法起草の地」の説明板が設置されています。

「憲法草創の碑」。昭和10年、金子堅太郎によって建てられました。碑は最初、「東屋」の庭にありました。

「東屋」廃業後、碑は野島に移設されましたが、「歴史の道」整備の際、現在の場所に再び移設されました。

碑の後ろに「歴史の道」の地図があります。こちらで紹介されているコースを散策してみるのも良いと思います。

お祭りのための行灯が飾られていますが、この碑のための特別仕様のようです。

瀬戸神社の天王祭のため、記念碑の周囲を行灯が彩ります。
私が足を運んだ時は生憎の雨。
せめて神輿の町内巡幸の時は止んで欲しいと願うのでした。

参考文献

『横浜金沢魅力帳』(横浜市金沢区地域振興課 発行)


どなたが投票して下さっているのか分かりませんが、本当にありがとうございます。これからも頑張ります!

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