コロナ騒動:書評: 小説「首都感染」 を “パラレルワールド” として読む
今回のコロナウィルス騒動で浮上してきた2010 年の小説 「首都感染」 を先日さっそく注文して読んだ。
いろいろ言いたいことは以下に書いていくが、とにかく、ぜひお勧めしたい。星4.5である。
お薦めの理由: 今リアルタイムでコロナウィルスのパンデミックに直面しているわれわれには、この小説を “パラレルワールド” として読むことに非常に意味がある。
あらすじは文庫本のカバーにまかせよう。
中国で新型のウィルスが発生し、それが全世界に広がり、日本も国難に見舞われるストーリーとなると、今リアルタイムで進行中のコロナウィルスパンデミックと 大筋は符合する。しかし、この作品は10年近く前の2010年12月に発表されている。
この小説では、実に不思議なことに “非常に洞察力と決断力のある日本の総理” が登場する。ただ、主人公はというと、急遽発足した 「新型インフルエンザ対策会議」 のアドバイザーに抜擢された、過去にWHOの感染症対策の経験のある日本の医師(優司)である。海外経験も豊富なこの医師が日本を救うために八面六臂の活躍をすることになる。
にもかかわらず、強毒性のインフルエンザウィルスはやがて世界で十数億人、日本で58万人の生命を奪う。
しかし、ワクチンや特効薬を短期間に開発する優秀な科学者が日本から続々出てきて、最後はいちおうハッピーエンドである。
文中 「中国政府に対する “気遣い” ですか。」 となっているが、今日なら “忖度” ですか、となろう。
こうした科学的、医学的なテクニカルなディテールは小説で読むと実によく頭に入るものだ。
作者もかなりリサーチしていて、上手にストーリーに織り込んでいる。
「日本といえば、封じ込めに成功してるそうですね。凄いって噂です。日本にそんな優秀政治家か役人がいましたっけ」
作者が主人公の後輩にこう言わせているほど日本政府が手際よく先手を打って対処しているわけで、同じ国とは思えないほどのパラレルワールドなのだ。
“空港封鎖” と “港湾封鎖” はある程度成功するが、中国で感染した帰国者を収容したホテルから感染がじわじわ広がる。そして、それを封じ込めるための唯一の方法として、アドバイザーの優司は今度は、“首都封鎖” を提案する。
自衛隊を出動させ、首都を環状八号線を封鎖線としてぐるりと囲んでしまおうというのだ。
とにかく、この日本の総理が “出来過ぎ” である。うろたえる並み居る閣僚たちを説き伏せ、アドバイザーの医師、優司が提案する実に合理的な “空港閉鎖” を敢行する。
令和2年現在の現実の超モッサリの総理とのコントラストが何とも “痛烈なアイロニー” となっている。
小説中の瀬戸崎総理は、東日本大震災と原発事故とから大きな教訓を得ているという、政治家の鏡のような人物だ。
“パラレルワールド” では、瀬戸崎総理の英断によって感染拡大が遅らせられて、海外から称賛されるという展開になり、読んでいて思わず苦笑してしまう。
日本が取った “空港閉鎖” という措置が大きな効果を上げ、海外でも高く評価されるという、まるで令和2年の今日の日本に対する “皮肉のような” 展開 である。
「しかし幸いというか、我が日本においては奇跡的に感染者数が抑えられ、感染地域もきわめて狭い範囲に限定されています。これは今までの封じ込めが劇的に効果を出しているということです。」
日本の政治家らしからざる “迅速かつ的確な決断” によって感染の拡大を防いだというのだ。なるほど。パラレルワールドならではの展開だ。
「日本の対応、ヨーロッパではかなり評価されています。たしかに劇的に少ない感染者数ですから。・・・」
国際標準に叶う手際のよい感染予防措置によって日本の評判が上がるという、ナイーブな日本人の自尊心をくすぐるような展開である。
「空港閉鎖」、「都心封鎖」 によって、「日本では新型インフルエンザは封鎖地区内で抑えられています。世界の状況から考えると、これまさに奇跡なのです。」
日本によるパンデミック対策が奇跡的な成果を上げているのは、「対策会議」のアドバイザーである我らがヒーローのおかげである。
そして、彼の名は 瀬戸崎 優司 であり、何と 瀬戸崎 雄一郎総理大臣の 実の息子 なのだ。このことは 「新型インフルエンザ対策会議」の発足時から閣僚の間では周知の事実ということになっている。“超エリート親子” が国難の怒涛にもまれる日本丸の舵を取っている格好である。
「そんな中で日本の感染者、死者の少なさは異例であることが、ことあるごとに世界に流された。」
日本は “パンデミック対策の優等生” として世界の注目を浴びるという件(くだり)に、多くの日本の読者はいささかの心地よさを覚えながらページをめくるのかもしれない。
「海外からは日本の対応に賞賛の言葉が寄せられ、その方法を聞いてきている。視察団の訪日も要請されている・・・」
この小説を読み進めていくと、これでもか、これでもか、というくらいにこうした “日本賛美” “日本礼賛” “日本に学べ!” が畳みかけられてきて、いささか辟易してしまう。
全然気にならないひとのほうが多いのだろうか。
たしかに、作家は読者を喜ばせるために、「日本はすごい!」、「日本人はすごい!」、「日本人は頭がいい!」 という “愛国的、自国中心主義的プロパガンダ” を作品中の随所に仕込むことがあるものだ。しかし、ここまであからさまだと鼻白んでしまう。
「・・・人工的に作られたウィルス である証拠・・・ つまり、どこかの国の ウィルス兵器用に作られたものが、誤って外部に漏れたんだ と、れっきとしたウィルス学者が言ってるんですから、何を信じていいか分からなくなります。」
人工ウィルス説 が出てくるこの小説は10年前のものであるが、状況は変わっていないことがわかる。
スイスのWHO勤務の、主人公の姉は国際電話でこう語る。
「いずれにしても世界人口が激減した中で、日本国民の多くが生き残ったのよ。パンデミックに打ち勝ったの。」
「今、日本モデルとして世界が注目してる。いくつかの都市が真似ようと詳細を聞いてくる。・・・」
終盤に入って、
“日本礼賛” のトーン が益々高くなってくる。
姉:「厚労省の発表を見たわ。感染者の数が減っているじゃない。他の国は、まだかなりの勢いで増えているっていうのに。」
主人公:「ほんのわずか、気休め程度だ。」
姉:「その気休め程度を世界は切望して、果たせてないの。日本だけよ。正確には東京だけ。」
作者は、これほどまでの手放しの “日本賛美” “日本万歳” を主人公の姉に語らせ、
主人公には 「基本に従ってやっただけだ。」 とだけ言わせる。日本的ヒーローは謙遜を忘れない。
さらに、「近く、WHOが東京の封鎖地区への職員派遣を正式に政府に申し込むわ。日本式マニュアルを作って、世界に紹介したいの」 とWHO勤務の姉が言う。
“日本のお手柄”、“世界への貢献”、“日本の栄誉” “日本に学べ!” によって読者の心が満たされるという仕掛けらしい。
極めつけは、日本の若き天才的研究者2人が ワクチン と 特効薬 を相次いで完成という快挙を成し遂げる終盤であろう。
1人は黒木という医師で、ヒーロー瀬戸崎優司の友人という都合の良い設定である。
そして、もう1人のほうも実は黒木を通じてヒーローにつながっている。
ちなみに、日本の総理大臣がヒーローのパパであることはすでに触れた。
もう1人の天才は黒木の2年後輩の相田という研究者で、米国CDCで研究員をしていた経験があるという設定。
日本の優秀な頭脳がパンデミック発生からわずか2カ月ほどで、一人はワクチン、もう一人は抗インフルエンザ薬を、それぞれ独立に完成する。
そして、それによって世界の何十億という人々をパンデミックから救うという、“人類の歴史に残るほどの美談” なのだ。ほとんどマンガである。
ここまで見てきて明らかなように、この小説は 「日本はすごい!」 「日本人は頭がいい!」 「日本万歳!」という、かなり低俗で幼稚な作品である。にもかかわらず、あえて星4.5という評価を与えたい。
記事の最初で以下のように書いた。
お薦めの理由: 今リアルタイムでコロナウィルスのパンデミックに直面しているわれわれには、この小説を “パラレルワールド” として読むことに非常に意味がある。
つまり、パラレルな2つのパンデミックのうちの1つに、われわれはすでに足を突っ込んでいるからこそ、もう1つを見ることに意味があるのだ。
この作品自体が特に優れているからではなく、この作品が日本を舞台にした、かなり似通ったパンデミックを描いているというそれだけの理由からである。そして、それだけでもゆうに読む価値はあると言える。
もし、北朝鮮からのミサイル攻撃が小説になっていて、その後に実際に北朝鮮からのミサイル攻撃があったら、その小説は読む価値があるだろう。
この小説は決して「クソ」ではありません。それなりの完成度のある作品で、それなりに楽しめ、ためになる作品だと思います。あまりにもナイーブな日本民族中心主義的なプロパガンダに満ちてはいますが、ご愛嬌として読み流せばいいのではないでしょうか。
とにかく、悪質な感染症が中国から世界に広がって、日本も苦労するという設定ですから、パラレルワールドとして読むことは今のわれわれにとっては非常に有意義ではないでしょうか?