助産院で、週に3日くらい、お食事を作らせていただくことになりました。
最近のお料理は、刺激を求めるようなお料理が多くて
本当に、人間ってえらそうだなあと感じてしまいます。
もちろん、私自身も人間で、えらそうなんです。
今日、たまたま、相性がいいお料理の本を読んでいて
「ああっ」って、響いた文章がありました。
料理の本は、たくさんもっていますが、一番小さくてシンプルなものです。
相性というか、考え方、波動が近いものなのでしょう。
青江覚峰さんといって、ダライラマが訪日されたとき
お料理をだされたりしたこともある、料理で仏教を伝えていらっしゃる方の本です。
「食材と向き合い、料理をし、それを食べるという一連の流れのすべてに仏様の教えを見出すことで
おいしいものを食べるのではなく、おいしくものを食べていただきたいと願っています。
食材の命に思いを寄せ、それをいただくに足る自分であるか問うこと。
そして、いただいた命と共によりよく生きる道を探し求めること。」
この文章に出会えたことが、ありがたいなあと思いました。
できたできないではなく、そうありたいなあと思います。
食べる事だけではなく、そこに生き方の全てが現れているようです。
最近のお料理は、刺激を求めるようなお料理が多くて
本当に、人間ってえらそうだなあと感じてしまいます。
もちろん、私自身も人間で、えらそうなんです。
今日、たまたま、相性がいいお料理の本を読んでいて
「ああっ」って、響いた文章がありました。
料理の本は、たくさんもっていますが、一番小さくてシンプルなものです。
相性というか、考え方、波動が近いものなのでしょう。
青江覚峰さんといって、ダライラマが訪日されたとき
お料理をだされたりしたこともある、料理で仏教を伝えていらっしゃる方の本です。
「食材と向き合い、料理をし、それを食べるという一連の流れのすべてに仏様の教えを見出すことで
おいしいものを食べるのではなく、おいしくものを食べていただきたいと願っています。
食材の命に思いを寄せ、それをいただくに足る自分であるか問うこと。
そして、いただいた命と共によりよく生きる道を探し求めること。」
この文章に出会えたことが、ありがたいなあと思いました。
できたできないではなく、そうありたいなあと思います。
食べる事だけではなく、そこに生き方の全てが現れているようです。