一本公園のバラ日記
フラウ・カール・ドルシュキ。和名“不二”
1901年作出
少し前の事になりますが
朝ドラ らんまん で、万太郎が台湾で採取した植物の学名について
熱く言い争うシーンを観てから
思い出した事です。
この本は一本木バラ園の生みの親である
黒岩喜久雄さんの『バラが咲いた』という本です。
地元紙に掲載された記事を中心に一冊にまとめられているのです。
この中から紹介させていただきます。
和名のバラたち
…外国から取り入れたバラには、作出者が付けられたれっきとした品種名があるのに、ほとんど全部を和名に変えてしまったのである。
このバラの和名については
公園で開催された河合伸志さんのガーデンツアーの際に
…そうなんだ。と納得させられるお話がありました。
「敵国でつけられた名前では呼べないから和名がついた。」
(私の記憶に間違いがなければ、そういう内容でした)
怖い時代の出来事。。。
バラは変わらず季節を感じて花を咲かせつづけてきたのですね*・゜゚・*:.。..。.:*:.。. .。.:*・゜゚・*
心温まるエピソードも添えます
『バラが咲いた』より
…中学の頃の私の家にも、母が植えた“不二”という純白のバラがあった…
…その純白の大輪は大好きであった。
バラの画像は過去のものです。
フラウ・カール・ドルシュキ。和名“不二”
1901年作出
少し前の事になりますが
朝ドラ らんまん で、万太郎が台湾で採取した植物の学名について
熱く言い争うシーンを観てから
思い出した事です。
この本は一本木バラ園の生みの親である
黒岩喜久雄さんの『バラが咲いた』という本です。
地元紙に掲載された記事を中心に一冊にまとめられているのです。
この中から紹介させていただきます。
和名のバラたち
…外国から取り入れたバラには、作出者が付けられたれっきとした品種名があるのに、ほとんど全部を和名に変えてしまったのである。
このバラの和名については
公園で開催された河合伸志さんのガーデンツアーの際に
…そうなんだ。と納得させられるお話がありました。
「敵国でつけられた名前では呼べないから和名がついた。」
(私の記憶に間違いがなければ、そういう内容でした)
怖い時代の出来事。。。
バラは変わらず季節を感じて花を咲かせつづけてきたのですね*・゜゚・*:.。..。.:*:.。. .。.:*・゜゚・*
心温まるエピソードも添えます
『バラが咲いた』より
…中学の頃の私の家にも、母が植えた“不二”という純白のバラがあった…
…その純白の大輪は大好きであった。
バラの画像は過去のものです。
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