灘高・MIT出身の教育起業家
2021/09/22 11:00 NIKKEI STYLE
MITの大学院修了後に起業した前田智大さん
子供向けオンライン学習サービス「スコラボ」を展開するMined(東京・千代田)代表取締役の前田智大さん(25)。灘中学・高校(神戸市)から米マサチューセッツ工科大学(MIT)に進学し、電子工学を専攻、MITメディアラボで研究に明け暮れた。ノーベル賞級の研究者の道を歩むはずが、大学院修了後の2020年に帰国して同社を起業。なぜ教育関係の起業家に転身したのか。
■小学生向けに有料ライブ配信を開始
「はじめてウンチしたのは誰だ!」。生物や宇宙の神秘、ゲーム系のプログラムなどスコラボのサイトには小学生の興味を引きそうなユニークな講座がずらっと並ぶ。しかも講師陣は東京大学や、MITなど海外大出身の若手の研究者や教育関係者ばかり。これらの講座を少人数制のライブで有料配信している。
目指すのは民泊仲介大手の米エアビーアンドビーの教育版のようなサービス。エアビーは自分に合ったユニークな部屋を探す仕組みだが、スコラボはそれぞれの子供の興味に合わせた学習機会を提供している。前田さんは「従来の進学塾がホテルなら、うちはエアビー。別に受験エリートを養成したいわけではない。日本の子供は画一的な教育を受け、受験して中高大と進み、社会人になる。全体の教育水準は高いが、自分が本当に興味のあることを学んだのかと聞くと、首をかしげる人が少なくない。その結果、米国のようにイノベーション(革新)を起こすリーダー人材が輩出できていない。保護者も今の教育に100%納得していない。個性重視の教育サービスの需要は高いと考えた」と強調する。
21年7月にサービスを開始した。研究者や教育関係者の副業・兼業機会が増え、新型コロナウイルス禍でオンラインが一気に普及し、多様なオンライン学習を提供しやすくなった。9月初旬で講座にあたるクラスは40あるが、「毎日クラスが増えている状況。少人数制の双方向で講師とやり取りする仕組みなので、生徒も飽きることもなく、楽しみながら学んでいる」という。
前田さんは全国トップクラスの進学校、灘高を卒業。東大とMITに合格した秀才だ。人工知能(AI)などデジタル技術で世界有数の研究機関といわれるMITメディアラボでも次世代の研究者として認められていた。なぜ教育関係の起業家に転じたのか。
■灘高時代に国際生物オリンピック銀賞
MIT時代に電子工学を専攻した前田さん
大阪府南部の和泉市出身。神戸の灘中に通学するのは片道1時間40分もかかる。父親から「灘なんて、そんな無理せんでええで」といわれたが、進学塾に通い、灘中受験を突破した。陸上部で汗をかきながら、本をむさぼり読んで長い通学時間を過ごした。電車の中でダーウィンの「進化論」に感銘を受け、生物学が好きになった。全国の高校生が理系分野で競う「科学の甲子園」全国大会で準優勝したり、高2の時には国際生物オリンピックで銀賞を受賞したりした。
文化祭の委員も務めるなどイベント開催にも熱心に取り組んだ。「灘にはガリ勉タイプは少ない。探究心が旺盛で、個性的で面白い男ばかり」。興味の赴くままに好きなことを徹底的にやる一方で、大事な授業もさぼる「奇人変人の異才集団」と指摘する人もいる。
現在の灘高生は東大志向という以上に医学部志向だ。前田さんも当初、医師になろうかと考えたが、いまひとつ興味がわかない。そんなとき、尊敬する先輩の楠正宏さんから「前田なら海外行けるで」と声をかけられた。
楠さんは高校卒業後に米国のトップスクール、ハーバード大学に進学した。「格好ええな」と憧れたが、前田さんは帰国子女ではない。両親に相談すると、「英語ができず、落ちこぼれたら大変や。東大も受けたら」と諭された。親は地元で自営業を営んでいるが、資産家というわけではない。米有名私大の学費は日本円で年間500万〜600万円と高額。生活費を含めると、相当のお金が必要だ。
ただ、世界トップクラスの理系大学、MITは奨学金制度が充実していた。学生の家庭の所得に応じて奨学金が決まり、学費と寮費の自己負担額が軽減される仕組み。MITの合格が決まると同時に自己負担額が提示された。
■MITと奨学金増額交渉 2倍に
「まだ、うちの負担額が重いな」と思った前田さんはMITと奨学金増額交渉に臨んだ。10通以上のメールをやり取りし、「奨学金は約2倍になり、結局、東大に通うのと同じくらいの負担額に落ち着いた」と話す。以前、灘中学・高校の和田孫博校長は「関西人だけあって灘の生徒はお金に敏感。そこは関東の生徒とは違う」と話していたが、高校生と思えない経済観念と交渉力だ。東大理科2類にも合格したが、第1志望のMITに進学した。ちなみに開成高校(東京・荒川)からハーバード大に進学したAI起業家の大柴行人さんとは高校時代からの知り合いで、海外留学の情報をやり取りした仲間だ。
両親の心配をよそに、英語生活には半年程度で慣れた。ハーバード大に比べ、MITにはインドなどアジア系の学生が多い。約40人の学生が暮らす寮生活も快適だった。「BMO(ビール・数学オリンピック)」という催しを開き、寮生たちと楽しんだ。互いにビールと数学に関する質問を出し合い、点数化してビールを飲み合うという理系の学生らしいイベントだ。
当初、MITでは好きな生物学や生物工学を学ぼうと思ったが、学生の4人に1人はコンピューターサイエンス(CS)など情報系の学問を専攻する。電子工学部に進み、信号処理系の研究に没頭。3〜4年時からメディアラボにも出入りするようになった。大学院時代には最優秀論文賞を受賞するなど研究者として前途洋々だった。一方で「自分の研究は10年後のテクノロジー。実社会にいつ還元できるのか」と違和感を覚えるようになった。
■MITの後輩がユニコーンに
オンライン教育サービスを起業した灘高コンビの前田さん(右)と趙さん
MITの1つ下の後輩のアレックス・ワンさんは大学を中退し、19歳でAIベンチャー企業のスケールAIを起業した。わずか数年で企業評価額は日本円で7000億円を突破。新たなユニコーン(企業評価額10億ドル超の未上場企業)の誕生と話題になった。「こんなすごい天才が身近にいたのか」とあぜんとした。
そんな時、「AIで世界を変えよう」というソフトバンクグループ会長兼社長の孫正義さんの話を聞いて心がときめいた。実際にAI分野で巨額投資を次々に実施し、社会にインパクトを与えている。若い研究者ら異才人材を支援する「孫正義育英財団」のメンバーに応募して選ばれた。前田さんは「米国にいると、日本の教育の問題も見えてくる。やはり社会を変えるにはまず教育改革。孫さんのような人材をもっと輩出しないといけない。私のミッションは『リトル孫正義』育成のプラットホームをつくることだ」と語る。孫さんは受験中心の日本の教育界の枠を飛び出し、高校を中退。米国に留学し、起業した。その軌跡は前田さんとも似ている。
「新しい教育の形をつくろう」。灘高時代の親友だった趙慶祐さんを口説き落とし、一緒に起業した。趙さんは東大の薬学系大学院を修了し、外資系戦略コンサルティング会社の採用が内定していた。灘高コンビで会社を運営し、灘高時代の恩師らの協力も得て、コンテンツサービスを拡充している。日本生命系のニッセイキャピタルから出資も受け、事業を本格的にスタートした。研究者から起業家に転身した前田さんは社会を変える人材を育てられるのか。その真価が問われるのはこれからだ。
(代慶達也)
起業 孫正義 オンライン学習 東京大学 2020年
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