畑ニ居リマス・田舎暮らしPHOTO日記

畑のかえるくんの楽しい日記です。

榎本栄一「つる草」・秋の実たち‥

2012年10月30日 | 榎本栄一さんの詩を読む
これは、ヤマイモのツル。


そしてムカゴ。


これは何ていうツル草だろう。
鳥の鳴き声がよく聞こえる。
もうすこし熟れたら、鳥のおなかに入るのかな。


つる草は
ひょろひょろしながら
いのちのままに
つるのばす
   榎本栄一「つる草」

わたしもひょろひょろしながら、いのちのままに、生きています。
ほんとに、ひょろひょろしながらです。


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榎本栄一「土」・大根葉・白菜

2012年10月27日 | 榎本栄一さんの詩を読む
雨の日の翌日、畑をのぞくと大根がだいぶ育っていた。
若芽を入れたミックスジュースを作ってもらった。
すこしピリッとして美味しかった。


白菜も急に大きくなった。


こんなふうにすくすく育ってきている野菜たちをみていると、なんだかホッとする。
畑をしていれば食うだけは食えるような気がしてくるから。
退職したら、畑を少しずつ広げたり、住宅の修繕をしたりしながら暮らそうと思う。
気の合う人に来てもらったり、収穫したものを食べてもらったり。
遠くの人には送ってあげたりもしたい。
長男が帰ってくるかもしれないという淡い期待もある。
褐色の土に育つ野菜たちに囲まれていると、夢がふくらんでくる、楽しくなる。


この一握りの土の中に
億の微生物が
生かされているとは
     ‥榎本栄一 「土」



底下(ていげ)の凡夫が
一心に 
ていねいに
此の土(ど)を掘っていると
土くさい仏が出る
     ‥同 「此の土から」




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榎本栄一「だいじな人びと」

2012年10月12日 | 榎本栄一さんの詩を読む


すぐれし陶芸家は
もとより尊いが
一つ百円余りの茶碗を
お作りくださる陶工さまも
この世にはだいじである
      榎本栄一「だいじな人びと」


月曜日にお客さんがたくさん来られました。
そのときの小さなお皿たち、榎本さんの詩を思い出しました。

こうやって見ると、なかなかかわいい‥。

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あけび・ブログの楽しみ・榎本栄一さんの「種」

2012年10月09日 | 榎本栄一さんの詩を読む
山で自生のあけび、お客さんに出しました。
美味しいと、よろこんでくださいました。


最近はほとんど毎日ブログを書いている。
これは、書きためていてるから。
ちょうど、青い実をいくつもつけた果物の木のようなかんじ。
完成にまでたどり着かなくても書き、また題だけでもいいので残している。
紹介したいなあと思った写真とか動画とか、本とか、詩とか、思ったことの青い実‥。
熟れないまま落ちてしまう実もあるし、ふたつ、みっつの実がをひとつになることもある。
熟れごろになったとき、記事としてアップするというかんじ。

コメントやメールをもらうとうれしい。
育てたものを食べてもらって、感想を聞かせてもらっているというかんじ。
アクセスの解析機能で、どの実を食べてもらったかの確認がすこしできる。
たとえば、本、歌、動画‥。
他にも、ビデオを再生して写真にしたクチンスカヤ、チータの「ようこそ先輩」、3段ボックスで台所のカウンターを作ったもの、カーナビの取付金具、防犯カメラや台所の棚とか修理とか、ひとつひとつの記事にそれなりの思いや経験があるので、アクセスしてもらうとやはりうれしい。


むかしまいた
小さな種が
わすれたころに
ぼつぼつみのる
    榎本栄一「種」



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まどみちお「いくらなんでも」・チビと栗拾い

2012年10月01日 | 榎本栄一さんの詩を読む
エサをを忘れていて、10時頃にやった。
昨夜から台風の雨が降っていた。
ぬれないように犬小屋のひさしの下においた。


ひとりでごはんを食べたけど遊び相手もいないし、眠るばかりのチビです。


にんげんには
なく
わらう
うたう
はなす
いのる
ささやく
さけぶ
いう
などと つかいわけるのに

ただ
なくでけでは
いくらなんでも
わるいではないか

スズメや
セミや
ブタや
ウシや
カエルなんかに‥

いくらなんでも‥
     まどみちお「いくらなんでも」

この詩を読んで、なんだかかわいそうな気もして、夕方になって、散歩してくるとつれあいに言うと、それなら栗を拾ってきてというわけで‥。
チビは、落ちた熟柿を食べる。
 
ドッグフードじゃ足りない栄養分、ビタミンとかミネラルとか酵素とかを摂っているのかな。
日がもう落ちていて、収穫もこれだけだったけど、チビは喜んだはず。
 


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榎本栄一「ゆけども」・黒谷青龍寺の山道

2012年09月30日 | 榎本栄一さんの詩を読む


薄日さすこの道
遠くつづき
まだ際涯(はて)はみえません
        ‥榎本栄一「ゆけども」 


7月の末に歩いた比叡山黒谷青龍寺に続く道です。
きれいだなあと思って撮っていたのです。
榎本さんの詩を添えようといくつか読んでみましたが、結局この「ゆけども」にしました。
もともと際涯(はて)まで見えないのだから、さしている薄日で、すでにととのっている、と、受けとっていいのかなあ‥。

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榎本栄一「開幕」「糞づまり」・トイレ・水中ポンプ・バイオ消臭

2012年08月10日 | 榎本栄一さんの詩を読む
「開幕」
毎朝 玄米粥をいただき
南無大便さま
わたしのいちにちが開幕

「糞づまり」
日々の快便を感謝します
されど原子力の
巨大な 糞づまりは
いつかは人類の生存を
脅かすかもしれん
   1982(昭和57)年の作

トイレの汲み取りだけは、妻にはさせられないわたしの仕事と思っています。
田舎に帰って以来、欠かさずしています。
アキレス腱を切ったときも、痛さをこらえながらしました。
長男が、わたしをみて、
「大きくなったらぼくもする」 なんてうれしいことを言ってくれたこともありました。
20年前は桶を担いでいましたが、最近は寺田の汚水用水中ポンプを使っています。
バイオ消臭剤の粉末投入もしているので、臭気もほとんどありません。
作業が終わったらすっきりします。
食べたもの、体に入ったものを出したあとの始末、責任を持ってするのが、わたしのポリシーです。

ゴミの分別もできるだけきちんとしています。
こういう仕事は手間がかかってたいへんです。
でも、きれいになったら気持ちがいいから、工夫しながらしています。

立秋を過ぎてうんと涼しくなってきた高原の夏です。
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寺田 汚水用水中ポンプ 自動 50Hz PGA400
ホームセンターで購入しました、価格を忘れましたが、意外と安く感じました。
以前使用していたものよりも軽量で、作業が進みます。
奈良県大和高田市を訪れたとき、偶然この会社の前を通りかかりました。
ここでわが家のポンプも作られたんだなあとうれしくなったことがあります。
わたしの愛機というか、チームメイトというか‥。
寺田ポンプ製作所


汲み取りトイレ バイオ消臭
パッケージの写真と違って、わが家は洋式の「半水洗」にしています。
浄化槽の中にこのバイオ消臭を入れ、3ヶ月に一度のペースでくみ取りをします。
これを入れると入れないでは作業の軽快さが違います。
くみ取りはわたしにとってのたいせつなセレモニーでもあり、その作業を楽しくさせてくれる小道具のひとつ‥。
商品を開発し、また流通させてくれている人たちに感謝。
アズマ工業

オリンピック・むれ・あさがおのつる・榎本栄一「くもる目」「求道」

2012年08月09日 | 榎本栄一さんの詩を読む
オリンピック開会式、日本選手団の入場行進と、さかなの群れ(大阪の海遊館)。
  
日ごろ、それほどオリンピックに関心があるわけではない。
それなのに、深夜、なでしこや、男子サッカーを、夢中になって観ているわたしがいる。
日本というだけで、本気になっている。
勝てば勝ったで、負ければ負けたで、翌朝の気分にも影響する。
国別のメダル数をチェックしてみたりもしている。
魚の群れが一瞬にして方向を変更する。
群れから離れないように、群れの方向と違わないように、見事に泳ぐ。
わたしのこころも同じように動いている。
日本人という群れの意識がそうさせているのだと思う。
‥属する国家、集団、組織などへの従順さ、また対立する国家などへの対抗心。

  
あさがおのツルがどんどん上っていく。
ツルは、何も考えず、伸びていく。
秋になったら、枯れてしまうなんてことは思わない。
伸びることが、楽しくてしかたないようだ。
人間は(も)、早く、遠く、高く、巧く、美しく、他に勝ろうとする。
そのいとなみは楽しく、魅力的である。
また、それを達成する人を賞賛したくなるようにこころは設計されている。

ただ、人間のこころは、植物に比べるとはるかに精緻で複雑。
過去をふりかえり、未来を予測することができる。
他の人、他のものとの比較をする。
だから、不安や不満、ねたみや怒りも生まれる。
不用な争いも生じる。
‥人間という生きもの、そのこころ、そのすばらしさと危うさ。

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「くもる目」
人間に生まれ
この煩悩にくもる目で
無限を覗く
たのしみを教えられ

「求道」
もてあます煩悩も
照らされつつ
逃げず 追わなければ
わが影と気づき
いつか求道の伴侶(つれ)となり


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榎本栄一「つる草」「愚人浄土」・あさがお

2012年08月02日 | 榎本栄一さんの詩を読む
朝顔(あさがお)が高く上がって、いくつか花をつけていた。
裏庭なので、あまり気にとめていなかったけれど、あらためて見ると、なつかしくもあり、新鮮でもある。

     

つる草は
ひょろひょろしながら
いのちのままに
つるのばす

  「ひょろひょろ」しながら、いのちをのばす。
  「いきおいよく」じゃない様子を受け入れている。
  受け入れていることによって、「ひょろひょろ」もまたいいなあと‥。
  榎本さんは、つる草に自分を重ねているんだとも思う。



うまれつきの下手を
かざらず
世の中へわけ入り
ここにきて
目の前ひろびろ



  上の詩の「ひょろひょろ」が、「愚人浄土」では、「うまれつきの下手」という表現となってる。
  とりつくろったり飾ったりしながらじゃなく、
  「かざらず」に「世の中にわけ入」って、
  ひろびろとした心境にあることをうたっている。
  こんな心もちになりたいな、ああ、いつも自分を飾っておきたいわたし。



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榎本栄一著「光明土」・日々是好日

2012年07月24日 | 榎本栄一さんの詩を読む


この本を買ったのは、25年ほど前。
榎本さんのこともたいして知らず、
まして序文の米沢英雄先生のこと、解説の楠恭さんのことも知らなかった。
函入りで2000円。
高い本なのにケチなわたしがよく買ったなあと思う。
迷っていたわたしに、見えない誰かが、
「買っておきなよ」とささやいた‥のかな?。

あれからいろんな人、本と出会い、
近ごろは、親しい人のブログとか、そのコメントに出会っている。
また日常のいろんな出来事とか観察したり、反省したりしながら、
この本に出会うべくして出会ったなあ、
そんな気がしている。

「一大事」
 自分の目で
 自分の煩悩がみえるということ
 これはたいへんなこと
 ここからが阿弥陀のくに

「門いくつ」
 門ひとつくぐると
 未知の風光がひらけ
 道があって
 行けば
 また門がある



「阿弥陀のくに」とは、するだけのことはするがあとはおまかせ、といった心境のこと、あるいはそういう毎日の生活、暮らしぶりのこと。
今、その一瞬一瞬を精一杯生ききる、また生ききれるこころのありようのこと。
「日々是好日」「天命に安んじて人事を尽くす」なんてのといっしょかな‥と。
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