未明から何度か停電がありました。
夜が明けて、わかりました。
凍りついた雪で倒れかかった木で、電線が切れたのでしょう。
こんな風景を見たので、榎本栄一さんの詩集「光明土」をひらきます。
そして、似合う詩を探します。
いっぺんも
つまずかずに
すくすく伸びるということは
この娑婆ではありえない ‥「成長」
手袋のなかの手が
すこしづつぬくもる
私のしらぬまに
血がめぐってくれておる ‥「しらぬまに」
web拍手☆
夜が明けて、わかりました。
凍りついた雪で倒れかかった木で、電線が切れたのでしょう。
こんな風景を見たので、榎本栄一さんの詩集「光明土」をひらきます。
そして、似合う詩を探します。
いっぺんも
つまずかずに
すくすく伸びるということは
この娑婆ではありえない ‥「成長」
手袋のなかの手が
すこしづつぬくもる
私のしらぬまに
血がめぐってくれておる ‥「しらぬまに」
web拍手☆
先週末、京都東山の小松谷少林寺を訪ねたときの写真です。
柿の木にメジロが2羽いました。
カメラを向けたのですが、うまく撮れませんでした。
これが、メジロのついばんでいたその熟柿。
最後の1個でした。
口に入れるものや
手にふれるものを
だいじに扱うていると
この一にちがとうとくなり
このいのちがふかくなり 「いのちふかく」
熟してメジロに自らを与えている柿。
それをたいせつについばんでいるメジロ。
食欲のままにぱくぱく食べ、味とか値段とか文句もときどき出るわたし‥。
金沢のこと書くつもりでしたが、いろんなことがあったのでまだ満腹状態です。
文にするにはもうすこし消化できてからにしようと思います。
web拍手☆
柿の木にメジロが2羽いました。
カメラを向けたのですが、うまく撮れませんでした。
これが、メジロのついばんでいたその熟柿。
最後の1個でした。
口に入れるものや
手にふれるものを
だいじに扱うていると
この一にちがとうとくなり
このいのちがふかくなり 「いのちふかく」
熟してメジロに自らを与えている柿。
それをたいせつについばんでいるメジロ。
食欲のままにぱくぱく食べ、味とか値段とか文句もときどき出るわたし‥。
金沢のこと書くつもりでしたが、いろんなことがあったのでまだ満腹状態です。
文にするにはもうすこし消化できてからにしようと思います。
web拍手☆
冬ネギの苗、早く植えなくては‥。
冬の葱は
きびしい寒気の中で
かたくならずに
柔らかくなる 榎本栄一「冬葱柔軟」
辛いものを甘くなるまで噛む、手紙に書いて教えてくださったのは、
滋賀県慶照寺の宮戸道雄さんでした。
辛抱を
甘くなるまで
噛んでみる
web拍手☆
冬の葱は
きびしい寒気の中で
かたくならずに
柔らかくなる 榎本栄一「冬葱柔軟」
辛いものを甘くなるまで噛む、手紙に書いて教えてくださったのは、
滋賀県慶照寺の宮戸道雄さんでした。
辛抱を
甘くなるまで
噛んでみる
web拍手☆
大根の詩、mikuちゃんの日記の11月12日の記事からお借りしました。
白いごはんに大根の漬物がおいしくて、
食べ過ぎないかと心配になります。
寒さに向かってから、
大根たっぷりの「おでん」はこれで何度目でしょう。
毎日毎日、大根をおいしくいただいています。
大根はいいな
味がないようで
味があり
私はこの年になって
まだ大根の味が
だせないようだ ‥大根の味
大根が先生で
私は弟子
なんの驕りもない
ありふれた
この大根のようになれと
先生は 教えてくれる ‥先生 いずれも榎本栄一詩集『群生海』より
わが家の小さな畑の小さい大根くんです。
間引き菜ばかりをいただいてきました。
なかなか、メインの大根くんが大きくなりません。
となりの白菜さんに圧倒されています。
我のない野菜にお世話になっている我のかたまりのわたしです。
web拍手☆
白いごはんに大根の漬物がおいしくて、
食べ過ぎないかと心配になります。
寒さに向かってから、
大根たっぷりの「おでん」はこれで何度目でしょう。
毎日毎日、大根をおいしくいただいています。
大根はいいな
味がないようで
味があり
私はこの年になって
まだ大根の味が
だせないようだ ‥大根の味
大根が先生で
私は弟子
なんの驕りもない
ありふれた
この大根のようになれと
先生は 教えてくれる ‥先生 いずれも榎本栄一詩集『群生海』より
わが家の小さな畑の小さい大根くんです。
間引き菜ばかりをいただいてきました。
なかなか、メインの大根くんが大きくなりません。
となりの白菜さんに圧倒されています。
我のない野菜にお世話になっている我のかたまりのわたしです。
web拍手☆
私を見ていてくださる人があり
私を照らしてくださる人があるので
私はくじけずに
きょうを歩く ‥榎本栄一「歩く」
言いたいこと、気に入った風景などのこしておくブログ「畑ニ居リマス」、
我ながら、よく続いているなあと思います。
見てくださる人もいるので、
そしてコメントくださったりもするので、
毎日、こんなふうに、続いているなあと思うのです。
榎本さんが詩を書くのも、
やはり、
読んでもらえることで続いたのかもしれません。
でも、榎本さんは、
自分をさらにもっとおおきな目で見てもらっていて、
照らしてもらっているという喜びを感じていたのでしょう。
その喜びを書いていけるという、
二重の喜びがあって、
だからたくさん詩をのこされたんだなあ、と思います。
web拍手☆
北風がふいて
木は葉を落とし
南風が吹いて
木はまた芽をだす 榎本栄一「いきている」
最初読んだとき、北から春、季節や自然の詩だと思ったのです。
でも、しばらくたって読み返して、これは人生の詩だと思いました。
北風がやってきてくれるからこそ、あたたかい南風も訪れる。
北風の冷たさに耐えたからこそ、南風のありがたさを知ることもできる。
北風にも身をまかせられる自分になりたいと思います。
web拍手☆