スマホで簡単にいろんなブログを読めるようになっている現代。
父の幼い日の記録を誰かに読んでもらいたくて書きます。
満人の襲撃
坂本のおじさんが武器を本部におさめて 帰ってきて、馬を杭につなぎ終えるか終えないかくらいの時に
金だらいやバケツをガンガン鳴らしながら、何百人という大勢の満人が 口々にダース、ダースと叫びながら村になだれ込んできた。
外にいた家族は みんな 家の中に逃げ込み戸を閉めたが、
鍬を改良した槍で開口部を突き壊されてとうとう家の中に入ってきた。

最初は家の中でバラバラになっていたわたしたちは、だんだん追い詰められて一番奥の部屋にひとかたまりになっていた。
どうしようもなくて、ついに満人の中をかき分けかき分け、必死で出口に向かって逃げた。
外に出るまでに、みんなは相当 叩かれたり槍で突かれたりしたらしい。
わたしは小さかったのが幸いしたのか、子供だから手心を加えてくれたのか、何ヵ所かをやられただけで、外に出ることができた。
逃げこんだ満人の家で 見つかったが
わたしが必死に「しぇーしぇー」と繰り返す姿を見てか、見逃してくれた。

どのくらいたっただろうか。
騒がしかった音や声が静かになったのでおそるおそる外に出てみると暴徒がいなくなっている。
家へ戻ったら、みんな血まみれになっていた。
わたしの無事な姿を見て、母やまわりのみんながとても喜んでくれた。
あたりは既に薄暗くなっていた。
壊れた家で休んだり、傷の手当てをしている人。
瀕死の状態になった人。
動かないあきらさんを馬車に乗せていたおじさんは、襲撃の際に便所に入っていて 出たところを満人につかまり、羽交い締めにされて棒でなぐられたので服が脱げなくなるほど体中が腫れていた。
瀕死のあきらさんは、家の中に入ることができず、ひとりだけ乾燥場へ逃げて滅多打ちにされたので 、
乾燥場の随分高いところまで血が飛び散っていた。
満男も照男も無事だった。
母が必死に守ったのだろう。
母は頭が血だらけで、髪がぐちゃぐちゃになり、固いはずの頭がずやっとした。
今から思えば、のちに青酸カリを飲んでいなくても、あの状態では生きて日本に帰ることはできなかっただろう。


夜 ふたたび襲撃
しばらくすると
また、バケツや金だらいを打ち鳴らし、うわぁーと叫ぶ大勢の声がして満人が襲撃してきた。
馬はおどろいて 馬車にあきらさんを乗せたまま走り去り、わたしたちは必死でトウモロコシ畑を駆け抜け、湿地の中に逃げこんだ。

どのくらいたったのだろう、わたしは腹が減り、水が飲みたくてたまらなくなった。
それを母に言うと、足元にあった水を両手ですくって飲ませてくれた。
それは泥水だった。
こんな水でも飲めるんだなあ と思ったので、強く記憶に残っている。
そのうち、皆が死ぬ話をはじめた。
じゃあ薬を取りに帰ってくる とおじさんが戻っていった。
しかし おじさんは「薬はなかった。」と戻ってきた。
家の中の物は 何一つ残ってはいなかった。
土間やオンドルの下も 鉄の棒でトントン突いて、音の違うところは全部掘り返したらしく、
箸一本も残ってはいなかったそうだ。
わたしは、みんなが死のうと言っていたとき、死にたくないなぁと思っていたから、この話を聞いてホッとした。
カラスの案内

湿地の中で死ぬことをあきらめたわたしたちは、移動をはじめたが、辺りは木や草が繁り、足元はべとべとの水溜まりで、真っ暗な中 どっちに行けばよいのかわからず 困り果てていた。
頭上で一羽のカラスが カァカァ鳴いて ぐるぐるまわり始め、しばらくして飛んでいった。
大人たちは「 カラスが案内してくれている。あっちへ行ってみよう。」と言い
カラスが飛んだ方角へ歩きだした。
どのくらい歩いたか、何時間歩いたかわからないが遠くで 人の声が聞こえ始めた。
満男が乳を欲しがって泣きやまないし、
この声が満人に聞こえたらまた襲われる との心配から母は意を決し、わたしたちから離れ、自分の腰ひもを使って満男の首を絞めて殺し、その場に置いてきた。
照男は母の静かにしなさい と言うのを守って、ずっと静かにしていた。