中央線で武蔵境まで行きそこから小田急バスで国立天文台へ。
国立天文台の観察機目当てでもあったが、本命はこの古墳。
↑後ろにひっそりと居ます。多分芝生は下方部だと思います。
上円下方墳の天文台構内古墳である。大化の改新後の7cの中頃に建築され、一辺28m、周濠(現在は通路になって存在しない)を備える。武蔵府中熊野神社古墳や八幡山古墳と同系の複室構造横穴式石室を持ち被葬者は一族(武蔵国造)であったと推測される。
武蔵国は古くから牧畜が盛んで、朝鮮半島と深い繋がりがあった。4世紀にも武蔵国出身者の千熊長彦が百済と新羅に派遣されている。この系統の石室は以前にも話したが朝鮮半島独自の胴張り式石室を改良した物だと言われる。
武蔵の王が眠るこの地だがもちろん天文観察を行う重要な場所でもある。
国立天文台の前身は江戸時代に設立された幕府天文方の浅草天文台である。明治になり海軍が東京府麻布区(現東京都港区)に観象台を設置し、その後東京帝国大学付属東京天文台となる。1923年にこの三鷹に移転し今もなお100年物の機械が天文観測を行なっているのは実に感慨深い。
その後天文台を後にし出山横穴墓に向かった。当地から歩いて約10分程のところにある。
↑結露していて申し訳ありません。
古墳マップにも書かせて頂いたが、16時に閉まってしまうとの事でやや急いで向かいなんとかギリギリ間に合った。見学時間は短かったがかなり見応えがあった。
この古墳は横穴墓で胴張り式の玄室を持つ。この玄室の形は福室構造横穴式石室を模倣したものと思われる。7c〜8cまで利用されたようだ。ここもそうだが野川沿いには複数の横穴墓が発見されていて、この地域は国府も近く発展していたものと思われる。↑バス停への道中で見つけた塚。もしかしたら天文台構内古墳の陪塚かもしれないです。円墳でしょうか?
帰りに一汗流そうと考えバスで調布まで行き、京王線で京王よみうりランド駅へ。そこからバスに再び乗りよみうりランド丘の湯に到着した。
サウナと風呂に入ること1時間30分、かなり整った。
デトックスして日頃の疲れを取り払った。
帰りは巨人への道で帰った。苦行だったが健康には効果的だった。
参考文献
三鷹市教育委員会 天文台構内古墳
古墳マップ
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます