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『AI(愛)』

2022-02-18 16:18:52 | ショートストーリー

母は今日も静かに寝っている。

何も無い、真っ白な部屋の中央に、
母が立ったまま、浮いている。

素肌に薄いベールの様なものを、
纏った母は、今日も相変わらず綺麗だ。

浮いている母に手を翳すと、タッチパネルが現れ、
西暦2030年12月24日という文字が表示される。

日付の下に表れた、十字矢印の左をタッチする。

瞬間、海中に部屋中がダイブすると、
目の前をシロナガスクジラが、ゆき過ぎる。

母は今、海の夢を見ているらしい。

母が冷凍保存されてから20年。
僕はもう、母をお母さんと呼ぶには、
年を取りすぎていた。

そして。僕は先程、父を殺してきた。

殺す?というよりは、
壊してきた、という方が正解なのだが。

父は医者だった。
そんな父は、母を冷凍保存してからすぐに、
母と共に生き返る為、脳だけを人工知能、
いわゆるAIに移植して、体を廃棄していた。

父を破壊するのは、相当骨の折れる作業だった。
幾重にも張り巡らされたトラップを避けながら、
セキュリティーをハッキングしまくった。

けれど。最後は思いがけなく、呆気無かった。

父だったAIは、僕に、こう聞いてきた。
「私を好きだったか?」と。

僕は迷わず、こう答えた。
「大嫌いだ。早く消えてくれ。」と。

その返事を聞いた父は、完全に思考を停止した。
何故、父を破壊するに至ったか。

母は病気だった。
現代医学では治せず、未来に託されていた。

そんな母の体も、
冷凍保存させておくのが、もう限界だった。

そして。父は母の脳を取り出し、
AIに繋ごうとしていた。イヤだった。

その作業を。母の体にメスを入れる事を、
父は僕に、頼んできたのだ。

僕も医者だったからだが、
美しい母を傷付ける事は、どうしても出来なかった。

そして。僕は今、
母を本当の眠りにつかせる為に、ここにいる。

母の装置を壊すのは、恐ろしいほど簡単で。
十字矢印の上をタッチする。ただそれだけだった。

父はたぶん、母の脳の移植を、
僕がするものと考えて、こうしたのだろう。

「大好きだよ。母さん。」
僕はそう言うと、タッチした。

突然、
部屋中がハウリングを起こしたように、共鳴する。

もの凄い耳鳴りと共に、
フラッシュバックした映像が、視界に飛び込んでくる。

そこに写っていたのは、
若い頃の母と、一歳くらいの子供だった。

一瞬、
母に抱かれている僕かとも思ったけれど、
どうやら子供は女の子らしい。

そして、走馬灯のように、
ひとコマひとコマ、映像が変化してゆく。

ちょうど子供が小学生になる頃に、
時間が進み、誰かの葬式の場面がくる。

イヤな予感がしつつ、棺の中を覗き込むと、
やっぱり。あの少女だった。

そこから場面が、
グニャリと歪み、吐き気をもよおすほどに、
グルグルと天井が、回転しだした。

それから。泣き叫ぶ母の声がしてくる。
「アイ。」と聞こえた。

僕の名前だ。
男なのにアイという名が、
しっくりこなかったのを思い出す。

急に思考がクリアになってきた。
母には子供は一人しかいないと聞いていた。

なのに女の子?
僕は母の子供ではないという事だろうか。

では、誰の子供なのか?

そんな事を考えながら、
目の前に横たわった母を見る。
美しかった母が、見る影もない程の姿になっていた。

今、脳を取り出せば、まだ間に合う。
一瞬そう思ったけれど、やめた。

もう。自分が誰なのか?
という事だけが、気になっていた。

母の部屋を飛び出すと、自分の部屋へと向かう。
ドアを開けて、中に入り、違和感を感じる。

生活感が、まったく無い室内。
僕は、いつから食事をしていない?

いや、そもそも“食事をした事”があるのか?

こわい、こわい、こわい。
鏡を探すが見当たらない。

イラッとして、左手をテーブルに向って、
振りかぶるように、叩き付ける。

ガシャンと、大きな音と共に、破片が飛び散る。
そう。破片だ。痛みも何も無い。
先が無い、グチャグチャになって、
配線のようなものが出た、左手を見下ろす。

「なんだ。僕の体は、機械だったのか・・・」

ボソリと呟く。
もう、何もかも、どうでもいい。

そう感じた時。
20年間、一時も忘れる事の無かった、
愛おしい母を思い出した。

自分は母を生かす為だけに、
造られたモノなのかもしれない。

けれど。
僕は、母を愛してもいいんだ。

何故なら。
僕は、母の実の子供じゃないんだから。

そんな事を思いながら、母のもとへ急ぐ。
やがて。母だった者を抱き起こしながら、
僕はこう言葉を告げる。

「僕なんか大嫌いだ。早く消えてくれ。」

ブンッ、
という音と共に、室内が静寂に包まれる。


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