緑のカーテンとゴルわんこ

愛犬ラム(ゴールデンレトリバー)との日々のあれこれと自然や植物、
本や映画などの勝手な独り言を書き留めています

待望の芝居「焼肉ドラゴン」

2011年02月12日 | 芝居・ミュージカル
昨日、2月11日に友人達と新国立劇場で「焼肉ドラゴン」という芝居を観てきました。
2008年に演劇界の賞を総なめし話題となり、私も劇評を読み見に行きたいなと思っていたのですが、その頃は体調が思わしくなく、諦めていました。

今年2月7日から新国立劇場でオリジナルキャストで再演されると知り、どうしても行きたくて早々と友人3人とチケットを入手して、楽しみに待っていました。

そうしたら、なんと昨日は東京には珍しい朝からの雪!!
でも、交通機関に支障をきたすほどの雪にはならず、無事に出かけることができました。

1970年、いろいろな意味で私のような団塊の世代には思い出されることの多い年です。その年を背景に、関西地方で焼肉屋「焼肉ドラゴン」を営む在日コリアン一家の物語です。



1970年は大阪万博が開催された年、世の中が高度成長の波に乗り、あれよあれよと思う間に一億総中流とかで貧しさなどとは縁がなかったような気持ちになっていった時代でした。
私は1970年にはもう成人していましたが、大阪万博は「万博粉砕!」などと叫んでいた手前、行く気持ちにもなりませんでした。

私の子ども時代(第一次ベビーブーム)は貧しいのが当たり前、だれもがツギのあたった服を着て、子どもたちはあかぎれやひび割れで手足ががさがさでも平気で飛び回って遊んでいました。まさにその頃のままの貧しさで、開発から取り残されていくコリアン・タウンの焼肉屋一家の日々、そして変化していく世の中と人々の思い、変わらない肉親の情と人を思う気持ちなどが、笑いとペーソスにのって描き出されます。

在日コリアンのことも、日韓の歴史も、そして2年前に友人たちと観光で訪れた済州島で起きた朝鮮戦争時代の悲しい歴史なども、私には知らないことが多すぎますが、こうして芝居や映画を通して、その場に生きた人たちの思いに少しでもふれさせてもらえることは有難いことだと思います。

私の高校時代の友人に在日の人がいたのですが、高校時代には彼女からはその事は知らされず、また伝えられたとしてもあの頃の私たちでは、それをどう受け止めたらいいのか判らなかった事でしょう。社会に出て、何年も経ってから、偶然出会った彼女から朝鮮名の名刺を手渡されて、どう答えていいか判らない私でした。

日本映画の中で、時々わかる人にはわかるような形で描かれてきた在日の問題、「キューポラのある街」で描かれた北に帰る朝鮮の人たち、「十九歳の地図」にちらっと描かれる井戸端でおしゃべりしている在日のおばちゃんたち、それらが意味するものを理解することは、その頃の私は無理でした。

歳をとって、少しはいろいろな物事を知るようになっても、本当にまだまだだなと思います。
そうした私にも、「焼肉ドラゴン」の街の人たちに出会え、一緒に笑い、一緒に涙することができて、本当によかったです。
いい芝居をみせてくれて、ありがとうございました。
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 八木重吉記念館 | トップ | 神田のニコライ堂 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

芝居・ミュージカル」カテゴリの最新記事