見出しで経済学者 池田信夫氏の「覚悟なき『愚者の行進』」
なる記事が掲載されていました。
「愚者の行進」 で検索すれば、アゴラにて6月30日に配信
された全文が読めると思いますので、ここでは割愛しますが
、疑問点や批判しておきたい箇所がありますので、夕刊に
載った記事の内容について要約して紹介することにします。
池田氏は、
再稼動反対デモを『愚者の行進』と揶揄し、ストレス発散の
ような集団行動では政治的インパクトは持ち得ない」 として、
(ミュージシャンの)坂本龍一さんは、反原発集会で 「たかが
電気」と言った。 それに象徴されるように、単純に反原発を
訴える人は電気というのが人々の生活や命をいかに守って
いるのかという意識が低い。
… 電気が安定供給されていることを当たり前に思っている
のは、単なる甘えだ。 原発の停止は、料金の高騰と電力の
供給不安定を招き、企業の海外移転に拍車をかけてしまう。
そうなれば、国内の雇用は失われて賃金が下がり、非正規
社員が職を失うことになる。
「お金より命」、「お金より子どもの命」と言うのは、非常に
無責任な発想だ。
今回の原発事故で、放射線の直接の被害による死者は
出ていない。 環境汚染の点からも、原子力はクリーンだ。
だが、ネットメディアを中心に科学的根拠のないニュースを
流し、怪談のように人々を怖がらせた。その責任は大きい。
… と発言されています。
果たしてそうでしょうか
「電気が人々の生活や命をいかに守っているかという意識
が低く、電気の安定供給を当たり前に思っているのは単なる
甘えだ」 と言っていますが、つい此間(こないだ 大飯原発
再稼動)までは原発ゼロでやってきたんですよ
関電は再稼動で8ケ所の火力発電所を止めましたが …
海外移転にしても、時間の問題で、遅かれ早かれ出てゆく
企業はどのみち出て行くことになるでしょう。
お金のことは、いろいろな意味で大事です。
そりゃあ、確かにお金も大事ですが、子供たちの命の方が
もっともっとずっと大事に決まっているでしょう。
池田氏は命よりもお金のほうが大切なのでしょうか
経済学者にとって お金 とは、かくも大事なものなのかと
嘆かざるを得ません。
「環境汚染の点からも原子力はクリーン」 ですって
とんでもないことです !!
事故現場で放射線に身をさらして作業する人々や無慈悲
にも生活を奪われた被災地の方々 …
福島県民をはじめ、原発事故で被害を受けた人々の無念
の思いはいかばかりでしょう。
池田氏の発言を電力会社の人間がコピーしたのでしょう
が、将来のエネルギー政策に関する国民からの意見を聞く
主旨で開かれた聴取会の席でも聞かされたこのフレーズ…
「放射線の直接の被害による死者はいない」 だとぉ
そもそも、直接的に死亡被害者が出ていたら事故はどう
拡大して、どうなってしまっていたのか想像もつきません。
チェルノブイリの事故にしても被害の一部しか解明されて
いないのですから福島第一原発の事故による被害の全貌が
実質的に明らかになるには少なくとも50年から100年単位
の時間が必要でしょう。
それほどまでに原発事故の被害は長期間に渡るのです。
長い時間がかかるのは被害だけではありません。
『臭い物に蓋』 の記事でも触れたように使用済み
の核燃料などの放射性廃棄物が人畜に無害とされるような
放射能レベルにまで下がるのに100万年の時を要し、さらに
自然界のウランと同程度に戻るまでには 数100万年という
永い時間がかかるのです。
http://sun.ap.teacup.com/japan-aid/266.html(参照)
にもかかわらず我々人類は、自分たちの子々孫々である
未来世代に大いなる負の遺産を残し続けているのです。
チェルノブイリ事故で子供を亡くしたウクライナの親たちの
悲痛な思いも、おそらくは、これからも苦しめられ続けてゆく
だろう福島第一原発事故の被害者の方々のやり場のない
無念な思いも、池田氏には伝わらないのですね。
原発を過大にして傲慢とも思えるほどに尊大な評価をして
それこそ余人ならぬ 「余物をもって代え難い」
とでも言うつもりなのでしょうが、代替エネルギーがないわけ
ではないのです。
新聞の記事には掲載されていませんが、「原発のリスクは
火力より小さく、運転を止めても安全にならない」 という言葉
が 『愚者の行進』 の本文中にあります。
誰も原発を止めるだけで、すぐに 安全が保障 される
なんて思っちゃいませんよ
それにCO2を排出する火力発電に比重を傾けるつもりも
ありません。
ただ、兎にも角にも原発を廃止したいのです。
放射能(放射線)は人間だけでなく、生きとし生けるものの
すべてに影響し危害を加えます。
現世代だけでなく、これから生まれてくる未来の世代にも
被害を及ぼします。
原発は、たとえ事故を起こさなくても危険なものだと考える
べきなのです。
原発で働く人には癌や白血病になる人が多いとか、原発
の周辺でも癌や白血病になる人が増えているとか、世界に
あるウラン鉱山の周辺地域では病に苦しむ人たちが大勢
いるとも聞き及びます。
このことは、
「ネットメディアを中心に科学的根拠のないニュースを流し
、怪談のように人々を怖がらせた」と指摘する池田氏の意見
にひょっとしたら軍配があがることなのかもしれませんが …
前述したように、放射能の影響や被害は何十年、何百年に
渡る世界の話です。
必ずしも因果関係が明確でなかろうとも、そうした統計的な
事実があるのならば憂慮すべき問題でしょう。
放射能による健康被害には 「これぞ正しい」 という確実な
データは存在しません。
ならば 「安全な被曝量などない」 と認識する
べきなのです。
繰り返しになりますが、危険な原発を止めたいのです。
原発に頼らない生き方がきっとあるはずです。
今すぐが無理ならば、少しでも早く … そのために我慢が
必要なら、それを厭(いと)わない覚悟はあります。
透明人間1号 さんの記事 『自前と自立』 に
ある 「自立のエネルギー」 とは、奪い合って独り占めをする
経済に付随するエネルギーです。
それに対して、「自前のエネルギー」 とは、相互不可侵で
分かち合える経済を示唆しているのではないでしょうか
http://sun.ap.teacup.com/japan-aid/268.html(参照)
本当の経済とは、「経済」 という言葉の由来でもある
経世済民 世を経(おさ)め民を済(すく)うことです。
つまりは、分かち合える自前のシステムからなる経済で
あって、決して 拝金経済 などではありません。
ただ、池田氏に 「愚者の行進」 だと言われても致し方の
ない部分はあるように思います。
それは、本当の意味での 覚悟 の問題です。
主催者サイドでマイクを握り、デモへの参加を呼びかけた
坂本龍一氏や大江健三郎氏、瀬戸内寂聴さんに落合恵子
さんといった有名人は、経済的にも恵まれているので電力
会社に依らずに自分で電力を賄える手立てがあるでしょう。
しかし、デモに参加した大多数の人たちにとって電力供給
の有無は死活問題です。
電気代の高騰などの負担に耐える覚悟と多少の便利さを
打ち捨てる覚悟はやはり必要でしょう。
確かに、「反原発だ」「再稼動反対」 という単純な主張
の繰り返しだけで、建設的な対案を示してはいません。
駄々っ子のように、脱原発 を繰り返し叫ぶだけなら
オウムでも九官鳥でも出来ることです。
ところで、オウムでもなく九官鳥でもない 鳥 といえば、
所属する党が組織し運営する政府の施策に抗議するため
のデモに自ら参加した鳩山元首相です。
これには豆鉄砲ではなく、鳩鉄砲を食らったような衝撃と
やり切れない絶望感に打ちのめされた気持になりました。
だからこそそんな政治家たちに対峙してでも、国民の手で
政治も経済も作り直してゆく必要があるのです。
原発依存型の経済や社会構造の在り方に疑問の目を向け
させた福島第一原発事故の教訓から、断じて、目をそむけて
はならないのです。
エアコンを我慢して扇風機だけの摂氏32度超の室内にて
只今、透明人間2号 は悶えています
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