透明人間たちのひとりごと

大乗は小乗を兼ねるのか

 『大乗と小乗の乖離』 からのつづきです。


 <小乗><大乗>という言葉は、仏教用語です。

 <乗>とは、文字通りに乗り物を意味します。

 <小乗>は、小さな乗り物、<大乗>は、大きな乗り物と
いうことです。

 一般的には、一人乗り(自分ひとりだけの悟りを前提とする
教え)の乗り物を<小乗>といい、大勢の人が大挙して乗る
ことのできる教え(不特定多数の悟りを標榜とする)乗り物を
<大乗>と呼びます。


 悟りを求め、ひとり心の内を問い質すプロセスが<小乗>
ならば、安心 もまた<小乗>でしょう。

 なぜなら、安心 は個人の心に帰する問題だからです。

 不特定多数の 安心 を担保する意味での危険の排除が
大勢の人間の 安心立命 につながるならば、安全
紛(まご)うことなく<大乗>と同義でしょう。

 安全 とは、具体的な危機や危険に対する物理的な排除
が大多数により認識されている状態を指すからです。

 つまりは、

 「安全」 であることを 主観的 に保証しているのが
安心 で、それが外部から 客観的 に保証されている
ことを 安全 というのでしょう。

 ところで、

 「安全であっても安心できない」という人がいるかと思えば
、「安全ではないのに安心しきっている」人もいるのです。

 自動車には何の躊躇もなく乗るのに飛行機となると途端に
神経質になったり、バンジージャンプやスカイダイビングは
平気なくせにエレベーターはどうも苦手だという人もいます。

 おっと失礼、後者は閉所恐怖症の患者さんのようでした

 実際に航空機(飛行機)事故の確率と交通(自動車)事故
の確率とでは比較になりません。

 圧倒的(桁違い)に交通事故に遭遇する確率の方が大きい
のです。

 しかるに飛行機に乗ることに躊躇する人が少なくないのは
何故でしょうか

 常識的には確率が低いほどリスク は小さいはずです。

 でも、リスク にはもう一つ重大な要素があります。 

 それは、事故による被害の大きさ、感覚としての衝撃度
(インパクト)です。

 事故のインパクトと事故に遭遇する確率の大小・高低との
関連において定義される概念がリスク でしょう。

 客観的なリスク回避の度合いが高ければ高いほど安全で
あり、安心なはずなのですが、主観(感覚)的な判断となると
人間の心は怪しくなるのです。

 一般に人間は発生確率に留意することなく、感覚(主観)に
おいて危険度を認知しがちで 「安全」「安心」
絶対的な関係にはならず相対的に矛盾(相反)する関係
になってしまうこともあるのです。

 つまり、「安全」「安心」 は、似て非なるものでも
相互置換できるものでもないのです。

 特に日本においては客観的な 「安全」 よりも主観的な
「安心」 のほうが優先される傾向にあります。

 そして、実際には 危険 だけど 安心 してしまうという
ことが儘(まま)起こり、反対に、客観的には 安全 だけど
不安で不安で 安心 できないという矛盾した状況が生まれ
やすいのです。

 したがって仏教的にはどうあれ 2号 には、どうしても …

 大乗安全)が小乗安心)を兼ねることは不可能だと
思われるのです。

 さて

 昨日、福島産の肉牛から規制値を超えた放射性セシウム
が検出されたとの報道がありました。

 きょうで、

 東日本大震災(福島第一原発事故)から4ヶ月が経過して
放射能汚染のホットスポットに象徴される 《場所の安全》 に
続いて、いよいよ 《食の安全》 までもが脅かされつつ
あります。

 <衣・食・住> が犯されたのです。


 世界で最も 「安全」「安心」 して暮らせる国家で
あったはずの日本国の 大乗安全)は、いつになったら
小乗安心)を勝ち取ることができるのでしょうかeq

 原子力エンジンを54基も装備して悠々と地球を飛び回って
いた 原子力ジェット旅客機 <日本号>
起きた突然のエンジントラブルは、未曾有の大事故となって
しまったのです。

 果たして、

 すべての原子力エンジンを ストップ させても、無事に
滑空して着陸することが可能なのでしょうかeq nose4 
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