制作部から芸能部へ移動のあった私が、
チーフ・マネージャーとして、
タレントのレコーディングで、スタジオに詰めていた時のことだ。
新橋。
昭和通りにほど近い川の畔のビル。
普通のビルは、四角形の組み合わせでデザインされているものが多いと思ったが、そのスタジオ・ビルは、他と違っていた。
その敷地のせいだと思うが、不等辺五角形なのだ。
斬新と云えば聞こえがいいが、
人通りは少ないのだが「何かおちつかない形の建物だなぁ」と思った。
何故かスタジオのレコーディング・ルームは照明が暗い。
録音の際、アーティストの意識が集中しやすいようにだと思うが
私は、眠くなる。
スケジュールが、きつくて少々寝不足気味だが
今回は、私の担当しているタレントのレコーディングなので、
そうも云ってられない。
「打ち合わせ」
と称する雑談のあと、
タレントはガラスで隔てたレコーディング・ルームへ一人で入る。
私たちは、ガラスのこちら側。
ミキサーやコンソール・ボックス、スピーカーが所せましとセッティングされている。
「じゃ、かるく一曲ながしてみようか。」
ディレクターが、コンソールの前から、卓上のマイクでガラス越しに伝える。
いつもの風景だが、このスタジオに来たのは、今日がはじめてだった。
スタジオの外観や中に入った時の感じに、私は何か違和感を覚えていた。
何回か声だしをした後、
「じゃ、もう一回、丸々一曲いってみよう」
と、ディレクターがガラス越しに伝えた直後、
オペレーターの前の録音スイッチを鮮やかに、ポンと押した。
「じゃ、本番っていっちゃうと、緊張するからね。」
内緒で録っているのがあたりまえだと云う。
照明の関係でタレントから私たちの姿は見えない。
一身に感情移入して唄っている。
あと、何回録ったとしても、これで決まりじゃないかと思える程の良い出来だった。
順調に思えたその時、事件は起きた。
モニター・スピーカーから、すすり泣く声がする。
ディレクターとオペレーターが顔を見合す。
一瞬、私の身体に悪寒が走った。
が、しかし
泣いているのは。ガラスの向こうのタレントだった。
「どおした?」
とディレクターの問いかけに、
「肩がものすごく重くて、とても痛いんです。」
とスピーカーから声が返る。
「じゃ、一旦休憩にしよう」
と私の隣のプロディユーサーが言う。
ディレクターとオペレーターが小声で
「また出ちゃったのかなぁ・・・」
私には、
そう聞こえた。
「何か出るんですか?」と私は、横にいるプロッディユーサーに
小声で言った。
「そうなんだよ~
怖がるといけないからから、彼女には内緒だよ」
私は、ことばを失った。
「Aちゃん、ミルクティ好きだったよね。今来るから、それ飲んで一服しよう。」
レコード会社の宣伝担当が気遣っている。
私が、「どおした?」と
私たちのソファーに座ったタレントに言うと。
「なんか変なんです。急に肩が重くなって、痛くなって、涙が出てきちゃったんです。
誰かが上から押さえつけてるみたいに感じるんです・・・怖くて一人であそこに入るのは・・・」
「わかった。休憩したらこんどは僕がうしろにいてあげるから、大丈夫だよ!」
と励ましたが、
内心は、びくびくしていた。
飲み物を口にして、しばらく雑談をしていたら、
彼女はいつもの明るい元気な子に戻っていたので、
レコーディングを再開することにした。
私はタレントの後ろにいる。
Okのでそうなものが一つ録れているので、安心していた。
そこは、タレントのしているヘッドホンだけに音が流れているので、
耳鳴りを感じるほどの静けさだ。
その数分後に、
それは、
私の身にも起こってしまった。
いきなり上から空気全体で、ぐんっと押さえつけられた感じだ。
肩がズキズキして、呼吸が困難になっていた。
一通り終わって私の方に振り向いたタレントは、私にしがみ付きながら、
「あのすみに白いものがふわふわしている~」と声をふるわす。
私は、それを確認もせずタレントの腕をつかみ、
慌ててスタジオの重い扉をあけ放ち、
急いでモニタールームへ非難した。
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あとで聞くと、五角形とか変則的な形をしたビルにはよく霊が出るという。
あのスタジオも、よく出る事で有名だったそうだ。
ただ何故か皆、
口をふさいだままだ・・・・・・・・・・
思いもよらぬ 重いもの