2001/11/11
医療制度および医療保険制度改革案
◆目 次
はじめに
改革の視点と方法
Ⅰ.医療制度改革案
1.医療提供体制について
2.診療報酬体系について
3.薬価制度について
4.生命科学産業の振興について
Ⅱ.老人医療と老人医療費について
1.老人医療費の増加について
2.高齢者医療のあり方について
3.高齢者の負担の問題について
Ⅲ.医療費の伸びと経済成長率について
1.医療と経済の関係について
2.医療と市場原理、競争原理について
3.医療の技術革新と保険給付の範囲について
Ⅳ.医療保険制度・老人保健制度の抜本改革案
1.問題の所在
2.中長期的な改革の方向
3.当面の改革
○参考資料
・主な専門用語の解説
■はじめに
21世紀をむかえ、日本は、あらゆる分野において構造改革を迫られている。特に、医療分野においては、1997年「抜本改革」が頓挫する一方で、経済は低迷をきわめ、医療保険制度をはじめとする社会保障制度の、持続可能なシステムへの改革が、日本社会の安定のためにも急務となっている。
民主党は、1999年8月、医療制度改革小委員会が「中間報告」をまとめたが、ひき続き、厚生労働部門会議内に医療制度改革ワーキングチームを設け、民主党がめざす医療制度および医療保険制度の改革案の検討を進めてきた。以下は「中間報告」をふまえ、これまでの議論を集約したものである。
なお、この報告書は12月11日の民主党ネクスト・キャビネットにおいて中間報告として了承され、議論の到達点を世に問うため、広く一般に公表するとともにパブリックコメントに付すこととされた。今後、多くの方からご意見をいただき、国民のためのより良い医療制度改革の実現に向け、引き続き取組んでいく。
■改革の視点と方法
1997年改革において、「医療提供体制」「診療報酬体系」「薬価制度」「老人医療制度」の4つの課題が取り上げられた際に、民主党としては、<1>あるべき医療提供体制→それに相応しい診療報酬体系→その中の薬価制度[医療制度]、及び、<2>医療保険制度のあり方→老人医療制度[医療保険制度]、という2つの軸で改革を考えるべきと提起したが、その考え方で改革案を提示する。
その際、改革に時間がかかる課題については、「中長期的目標」と「当面の改革」に分けて記述する。
Ⅰ.医療制度改革案
現在の日本においては、国民が医療機関を選ぶ際に、医師等の医療スタッフや診療内容などの医療情報が公開されていないため、フリーアクセスというシステムを持ちながら、的確な選択ができ難い状況にある。また、十分な説明がされていないという問題や、カルテなどの診療情報の開示も義務づけられていないためのトラブルが発生している。
医療内容については、標準化が行われていないため、かかった医療機関によって治療内容等が違い、医療水準や安全性、効率性が担保されていない。
また、個人開業医から大規模病院まで、あるいは幅広い診療を行う医療機関から狭い専門的医療を行う医療機関まで渾然一体となって存在している。このことは、患者の医療機関選択にあたって混乱を生じているだけでなく、医療費の支払い方式が出来高払い主体であることとあいまって、非効率な医療が行われ、医療費の無駄が生じる要因ともなっている。
様々な規模、機能をもつ医療機関に対する医療費支払い方式(診療報酬体系)は、ほぼ同一であるため、それぞれの医療機関に相応しい医療が行われにくくなっている。また、支払い方式の9割以上を占める出来高払い制度は、個々の患者に応じて必要と考えることを自由にできるというメリットがある反面、無駄が多くなって医療費の増加に歯止めがかからないとか、医療技術が評価されないという欠点がある。一方では、医療費抑制のため新技術や新薬を採用することが難しいという問題も生じている。
薬価制度については、公定価格制度であるために、仕入れ価格を下げることによって薬価差益が生じ、その薬価差益を求めて薬が必要以上に多く使われたり、より高価な薬が使われる傾向がある。また、公定薬価の決め方や保険薬としての承認制度にも問題がある。
これらの問題を解決するために、まず情報公開を徹底するとともに、渾然一体として存在する各種医療機関を、目的別機能別にきちんと整理することが必要である。
同時に、普段から健康管理や健康づくりについて相談でき、簡単な病気の治療をしてもらい、必要な時には適切な専門医や病院を紹介してくれる「家庭医」をもつ制度を提案する。この制度は先進諸国ではごく当たり前の制度である。ただし、そのためには、幅広く健康管理や軽い病気の治療ができ、必要な時に専門医を紹介できる「家庭医」を養成する必要がある。
診療報酬支払方式は、医療の標準化を進め、標準化のできる治療分野から定額制を導入する必要がある。定額制は粗診粗療を招くとの意見もあるが、情報公開と第三者機関評価によって担保できる。また、一定額の中でいかに効率的に治療するかという意味で、裁量性が増し、技術が評価される方式とも考えられる。
薬価については公定価格制をやめ、市場原理に委ねるべきである。その際、売り手側の言い値で薬価が高騰しないために、買い手である患者や医療機関のパワーを発揮するシステムを組み込むべきである。診療報酬を定額払い制にすることによって、コスト削減のために薬剤購入費を下げたり、必要最小限の費用対効果の良い薬を使おうというインセンティブが働く。
1.医療提供体制について
(1)情報開示等
・患者情報の開示とインフォームドコンセント
*カルテ等の全ての医療情報を開示する。カルテ開示義務を法制化する。
*カルテの電子化を進める。
*インフォームドコンセントに基づいた医療を行う。
*セカンドオピニオンを保証する。
・医療および医療機関情報の開示
*広報、インターネット等により、医療情報及び医療機関情報に誰でもアクセスできるようにする。広告規制は、現在のポジティブ方式からネガティブ方式に変更する。
*第三者による医療機関の評価を行い、公表する。
*保険者による医療機関の評価を行い、被保険者に公開する。
(2)医療の標準化
・根拠に基づく医療(EBM)を医療の基本的な考え方とする。
・クリニカル・パスウェイ(★注6)を導入する。
・医療の標準化を行う。主要疾患について順次治療マニュアルを整備する。
(3)病院と診療所の機能分離
□中長期的目標
1. 家庭医制度(★注1)を創設する。
・健康相談、健康管理、生活指導、簡単な病気の治療、適切な専門医や病院への紹介、アフターケアなどを総合的にできる家庭医を地域住民が選ぶ制度を創設する。
・家庭医については、家庭医同士、あるいは専門医と組んでグループ診療を行えるようにし、患者のセカンドオピニオンの機会を保証する。
2. 病院
・病院は、入院しなければ検査や治療ができない患者を収容する施設(いわゆる急性期病院)とし、外来は、紹介・救急・特殊専門外来に限定する。
病床数の半減をはかり、機能を集中させる。
・そのような病院の診療機能を高めるため、人員配置基準および設備基準を現状より高くする(人員は現状の2倍以上)。
・そのような病院の経営が無理なく行われるような診療報酬支払制度とする。
・上記の病院のほか、一定数の長期入院病院とリハビリ専門病院も位置づけ、それらの人員配置基準および施設基準は別に定める。
また、後記の開業専門医も入院病床をもつことができることとし、病床数のいかんに関わらずこれを病院とし、人員配置基準および設備基準を別に定める。
・上記の病院のほか、政策医療を行う病院を設ける(国立センター病院、僻地あるいは過疎地の多機能病院等)。
3. 専門医診療所
・家庭医以外の診療所は、専門的医療を行う診療所とする。(産婦人科、眼科、耳鼻科、外科、整形外科、循環器科など)
・歯科診療所は医科における専門医と同じ位置づけとする。
・専門医は入院施設をもつことができることとし、入院施設をもつ場合は上記の病院として位置づける。
■当面の改革
1. 病院
・病院は、急性期病院とリハビリ病院と慢性期病院に分ける。
・急性期病院は「地域医療支援病院」となるよう誘導する。
・慢性期病院は、在宅医療支援機能を整備し、退院を促進するよう誘導する。
・病床規制のもと新規参入・新陳代謝が妨げられていることについて、改善方策を講じる。
・人員配置基準を満たしていない病院は、病床の使用制限を行う。
・精神病院における精神科特例(★注3)を廃止する。
・高機能病院へのフリーアクセスについて、高率の自己負担による制限を加える。
2. 診療所
・「かかりつけ医(★注4)」機能を拡大し、地域医療支援病院あるいは専門医との連係を必須化する。
(4)医療従事者の養成制度
・医師の入試制度、学部教育、卒後教育を抜本的に改革する。
医師の卒後研修のあり方については、現在、「研修医問題を考えるワーキングチーム」において検討中である。
・薬剤師の養成は6年過程とする。
・看護婦教育は4年制とする。准看制度は廃止する。
・その他の有資格医療従事者(★注5)についても、4年制大学教育とする。
(5)高齢者医療について(別途後記)
・高齢者医療については、エイジフリーの考え方を基本とし、個々の患者の特性を考慮して適切な医療を行うとともに、特に生活の質を重視する。
(6)ターミナルケア(★注7)について(別途後記)
個人の意志と尊厳を尊重する。
(7)小児医療について
・小児医療の充実の具体策について、現在、「小児医療検討ワーキングチーム」において検討中である。
・危機的な状況にある小児医療を立て直すため、小児医療を大人の医療からは独立したものとして位置づける。
・救急機能を持つセンター病院を中心とする地域の小児医療ネットワークを構築し、少子化時代の子どもたちの心身の問題に総合的に対応できる体制を作る。
(8)歯科医療の改革について(民主党「歯科医療改革案」参照)
・歯科重視の医療体制の確立
・治療歯科から予防歯科への転換
・患者が安心できる環境づくり
(9)医療の安全対策の確立
・医療事故対策については「医療事故対策に関するワーキングチーム」で検討中。
・医療事故防止のための医療法改正案を第151国会に提出(第三者機関が医療事故報告を求めることができる等)。
2.診療報酬体系について
診療報酬の支払い方式は、薬や医療材料や検査費用などの「もの」に比重のある現在の方式を見直し、技術料重視の体系とする。「もの」の評価は基本的に市場原理に任せる。設備投資費用については、従来すべて診療報酬の中でみてきたが、建築費用、土地代、大型機器設備等を診療報酬でみるのは無理と考えられることから、低利融資制度の創設や公的資金による補助制度を拡充したり、公設民営を進める必要がある。その際、公私間格差をなくすため、医療法人制度を改革し、営利性を強化する。
□中長期的目標
(1)病院への支払い方式
・医療の標準化を進め、日本型DRG-PPS方式(★注8)を導入する。出来高払い方式(★注9)を付加する余地を残す。
・病院については、総額予算制の導入を検討する
(2)診療所への支払い方式
・家庭医は、人頭定額払いを基本とする。慢性疾患は包括払い(★注10)とし、軽微な急性疾患、あるいは予防医療についての出来高払いを付加する。
・専門医も定額制を基本とする。
(3)診療報酬の決定機構
・中央社会保険医療協議会(中医協、★注11)に替わる新たな機構(委員構成、独立した事務局)を検討する。
(4)審査・支払いシステム
・包括払い方式についての審査は、医療機関の評価と連動するシステムとする。
・医療機関への立入り検査権を有するものとする。
・支払いシステム、支払い機関(基金等)については、抜本的に見直す。
■当面の改革
(1)病院への支払い方式
・診療報酬制度を病院向けと診療所向けの二つに区分し、病院向けは、入院向けと外来向けに区分し、包括化を進める。
・レセプト審査の電子化、および、保険者による直接審査あるいは専門機関への審査委託を進める。
(2)診療所への支払い方式
・「かかりつけ医」方式を進め、慢性疾患への包括払いを拡大する。
・地域医療支援病院等との連携医療を評価する。
・レセプト審査の電子化、および、保険者による直接審査あるいは専門機関への審査委託を進める。
(3)診療報酬の決定機構
・中医協の委員構成を診療側、支払側、中立それぞれ同数とし、診療側委員に病院代表、看護婦代表等を加える。
(4)審査システム
・レセプト審査の電子化を進める。
・保険者機能を強化し、保険者が一次審査を行えるようにする。
3.薬価制度について(★注12、★注13、★注14)
薬剤治療は医療行為の重要な一部であることから、現物給付を維持し、他の医療行為への支払方式と分離して別個の償還制度をとることはしない。
□中長期的目標
(1)市場原理に任せる
・診療報酬支払いシステムについて定額制を基本とすることにより、公定価格制度を廃止する。薬剤の価格は市場原理にまかせる。
(2)完全医薬分業(★注15)を実現する。
■当面の改革
(1)公定薬価制度を維持し、透明化等の改善をはかる。
・製薬メーカー・流通業者・保険者・学識経験者による薬価決定委員会を中医協のもとに置き、薬価の決定方法を透明化する。
既に薬価収載されている薬剤で同一成分のものが複数銘柄ある場合は、同一グループとして、加重平均値を薬価とする。
新薬については、類似薬効比較方式を基本とし、薬剤の特性に応じて加算あるいは減額を行う。
・市場価格を毎年調査し、R幅をゼロとして毎年薬価改定を行う。
・なお、公定薬価制度を維持せざるを得ないとしても、市場原理を働かせ、患者にもコスト意識を持ってもらうために、薬剤費について別途3~5割の定率負担を求めるべきであるとの意見もあった。
(2)医薬分業を徹底するとともに、一般名処方(★注16)を進める。
4.生命科学産業の振興について
薬価制度の抜本改革に際して、生命科学の発展に対して国家戦略を立て、研究開発に公的投資を行う。製薬産業政策は経済産業省に移管するが、希少疾患用薬品等の開発および安定供給は厚生労働省所管により公的支援を行う。
Ⅱ. 老人医療と老人医療費について
医療制度および医療保険制度の構造改革を行うにあたっては、老人医療のあり方および老人医療費の改革が中心的な課題の一つとなっている。
医療費増加の主要な要因が老人医療費であること、一人あたり老人医療費が若年者のそれの約5倍と先進諸国に比して著しく高いこと、医療費全体に占める老人医療費の比率がますます増加していることから世代間連帯のあり方が問われていることなどが問題視されているが、最近では自己負担の増加などによって、老人医療費の伸びの鈍化も指摘されている。
一方において、高齢者は健康弱者であること、年金制度の成熟と貯蓄率の向上などから平均的に高齢者が豊かになっているが貧富の格差も大きく、保険料負担や自己負担のあり方について、なお解決をはかるべき課題が老人医療に集中している。
1.老人医療費の増加について
(1)老人医療費増加の第一の要因は、高齢者数の増加である。高齢になるほど病気等になりやすく、一人が罹患する病気の種類も多くなることから、老人数の増加によって老人医療費が増えることそれ自体は避けることができない。
欧州諸国と違って、日本においては、70歳という年齢で区分する高齢者医療保険制度である老人保健制度があり、その財源は各保険者が事後的に拠出する制度となっている。そのため、老人医療費が突出して見える特徴がある。
そのことは、二つの側面をもつことを認識し、分析と対策策定にあたって注意しなければならない点がある。欧州諸国では、「老人医療費問題」は存在しないことに注目する必要がある。
一つは、老人医療無料化以後生じた、社会的入院や薬剤の過多などの医療の無駄がより鮮明に浮き彫りにされということである。
もう一つは、高齢期の国民により多くの医療サービスが行われることが過剰に強調されていることである。
(2)老人医療費増加の第二の要因は、一人当たり医療費が若人より高いことである。日本における一人当たり老人医療費は若人の5倍であり、米、英、独、仏に比べてかけ離れて高いとされているが、カナダ等、日本の比率に近い国もあり、また、アメリカは3.5倍ではなく4.6倍だというデータもある。
わが国の特徴である「社会的入院」を減らすことにより、この老若比率の差は縮められるし、一方で、欧州諸国において老人が医療から遠ざけられているという実態を考えると、差が生じていることの一部は理解できる。また、最近では、一人当たり老人医療費の伸びは鈍化してきているというデータもあることから、老若比率の問題は慎重に検討する必要がある。
しかし、医療費の無駄、あるいは非効率が老人医療に集中的に現れていることは間違いない。
2.高齢者医療のあり方について
(1)高齢者の病気は老化現象と重複して症状が現れる場合が多く、慢性疾患が多いことから、生活のなかで病気や障害とつきあうという考え方にもとづき、在宅医療を推進する必要がある。「社会的入院」を減らす努力が必要である。
福祉施策の不十分さのために医療がかかえてきた分野を、介護保険制度との間で適切に分担する必要がある。しかし、過度に医療を介護に持ち込んではならないし、老人にも急性期疾患治療の機会がきちんと保証されなければならない。
(2)老人医療の特性についての研究を進め、老人の特性に合った治療法、薬容量などについてのマニュアルを早急に整備する必要がある。
根拠にもとづいた医療(EBM)は、特に老人医療において求められる。
(3)ターミナルケアのあり方の問題
ターミナルケアが老人医療問題と平行して論じられるきらいがあるが、注意を要する。
ターミナルケアのあり方の問題は、年齢にかかわらず、人間の尊厳との関係に置いて論じられるべきものであり、同時に、医療問題としては、EBMの問題として論じられるべきものである。
一般医療とは異なる、ターミナルケアのためのシステムの整備や人材の養成が必要である。
(4)幼少時・若年からの健康づくり活動の強化
常日頃からの健康づくり活動の活発な地域ほど老人医療費が低く、平均寿命も長く、また介護保険料も低く済む傾向がはっきりしている。
このことから、健康づくり事業、健診事業、生きがい対策事業、寝たきり老人ゼロ作戦などの総合的事業を進める必要がある。「健康日本21(★注17)」が策定され、「健康増進法(仮称)」制定の動きがあるが、地域に密着した活動が総合的行われる必要がある。縦割りで行われている、学校保健、職場の健康管理などが、地域で一本化して行われる必要がある。
他方、人材の育成にも力を注ぐべきである。医師・歯科医師について、病気の予防・健康づくり・健康相談をも守備範囲とする「家庭医」を養成すべきである。保健婦、理学療法士、作業療法士、栄養士などの増員と地域での活動を強化すべきである。
3.高齢者の負担の問題について
(1)老人医療費無料化の教訓
1973年の老人医療費無料化は、戦後一貫して進められた給付比率の向上(医療費の社会化)の究極の姿であり、当時の高齢者のおかれていた状況を考えれば、必然の施策であったと言える。
しかし、また、無料化によって、医療提供側および患者・家族側双方にモラルハザードが生じ、出来高払い制や公定薬価制度に支えられて、社会的入院や薬漬け・検査漬け医療が広がる要因ともなったことについては大いに反省する必要がある。
また、社会保険制度のなかでの給付率の向上という点から無料化が行われたのではなく、老人福祉法を接ぎ木する形で無料化が行われたことについても、反省する必要がある。無料化による老人医療費急増の一方で、73年の第1次オイルショックを契機とする経済成長の鈍化は、保険財政の悪化を招き、社会保険制度としての医療保険制度の持続性に疑問をいだかせる原因をつくった。
(2)少子高齢化の進行と高齢者の所得・資産の増加
近年、少子高齢化がますます進み若年層の負担が重くなる一方で、年金制度の成熟化に伴い高齢者の所得水準が上昇し、70才以上の平均貯蓄額や資産も現在では若年者を上回るようになった。
こういった状況の変化から、高齢者自身の保険料負担および窓口一部自己負担は当然のことと考えられる。一部自己負担はコスト意識をもつためにも定率負担が適当である。
ただし、高齢者が健康弱者であること、相変わらず低所得者も少なくないことから、自己負担について一定の上限を設けることが検討されるべきで、保険料についても若年者と同率の負担を求めることは合理的でなく、公費の重点的投入も必要と考えられる。
ただし、高所得者などについては、若年者と同等の負担を求める必要がある。
医療制度および医療保険制度改革案
◆目 次
はじめに
改革の視点と方法
Ⅰ.医療制度改革案
1.医療提供体制について
2.診療報酬体系について
3.薬価制度について
4.生命科学産業の振興について
Ⅱ.老人医療と老人医療費について
1.老人医療費の増加について
2.高齢者医療のあり方について
3.高齢者の負担の問題について
Ⅲ.医療費の伸びと経済成長率について
1.医療と経済の関係について
2.医療と市場原理、競争原理について
3.医療の技術革新と保険給付の範囲について
Ⅳ.医療保険制度・老人保健制度の抜本改革案
1.問題の所在
2.中長期的な改革の方向
3.当面の改革
○参考資料
・主な専門用語の解説
■はじめに
21世紀をむかえ、日本は、あらゆる分野において構造改革を迫られている。特に、医療分野においては、1997年「抜本改革」が頓挫する一方で、経済は低迷をきわめ、医療保険制度をはじめとする社会保障制度の、持続可能なシステムへの改革が、日本社会の安定のためにも急務となっている。
民主党は、1999年8月、医療制度改革小委員会が「中間報告」をまとめたが、ひき続き、厚生労働部門会議内に医療制度改革ワーキングチームを設け、民主党がめざす医療制度および医療保険制度の改革案の検討を進めてきた。以下は「中間報告」をふまえ、これまでの議論を集約したものである。
なお、この報告書は12月11日の民主党ネクスト・キャビネットにおいて中間報告として了承され、議論の到達点を世に問うため、広く一般に公表するとともにパブリックコメントに付すこととされた。今後、多くの方からご意見をいただき、国民のためのより良い医療制度改革の実現に向け、引き続き取組んでいく。
■改革の視点と方法
1997年改革において、「医療提供体制」「診療報酬体系」「薬価制度」「老人医療制度」の4つの課題が取り上げられた際に、民主党としては、<1>あるべき医療提供体制→それに相応しい診療報酬体系→その中の薬価制度[医療制度]、及び、<2>医療保険制度のあり方→老人医療制度[医療保険制度]、という2つの軸で改革を考えるべきと提起したが、その考え方で改革案を提示する。
その際、改革に時間がかかる課題については、「中長期的目標」と「当面の改革」に分けて記述する。
Ⅰ.医療制度改革案
現在の日本においては、国民が医療機関を選ぶ際に、医師等の医療スタッフや診療内容などの医療情報が公開されていないため、フリーアクセスというシステムを持ちながら、的確な選択ができ難い状況にある。また、十分な説明がされていないという問題や、カルテなどの診療情報の開示も義務づけられていないためのトラブルが発生している。
医療内容については、標準化が行われていないため、かかった医療機関によって治療内容等が違い、医療水準や安全性、効率性が担保されていない。
また、個人開業医から大規模病院まで、あるいは幅広い診療を行う医療機関から狭い専門的医療を行う医療機関まで渾然一体となって存在している。このことは、患者の医療機関選択にあたって混乱を生じているだけでなく、医療費の支払い方式が出来高払い主体であることとあいまって、非効率な医療が行われ、医療費の無駄が生じる要因ともなっている。
様々な規模、機能をもつ医療機関に対する医療費支払い方式(診療報酬体系)は、ほぼ同一であるため、それぞれの医療機関に相応しい医療が行われにくくなっている。また、支払い方式の9割以上を占める出来高払い制度は、個々の患者に応じて必要と考えることを自由にできるというメリットがある反面、無駄が多くなって医療費の増加に歯止めがかからないとか、医療技術が評価されないという欠点がある。一方では、医療費抑制のため新技術や新薬を採用することが難しいという問題も生じている。
薬価制度については、公定価格制度であるために、仕入れ価格を下げることによって薬価差益が生じ、その薬価差益を求めて薬が必要以上に多く使われたり、より高価な薬が使われる傾向がある。また、公定薬価の決め方や保険薬としての承認制度にも問題がある。
これらの問題を解決するために、まず情報公開を徹底するとともに、渾然一体として存在する各種医療機関を、目的別機能別にきちんと整理することが必要である。
同時に、普段から健康管理や健康づくりについて相談でき、簡単な病気の治療をしてもらい、必要な時には適切な専門医や病院を紹介してくれる「家庭医」をもつ制度を提案する。この制度は先進諸国ではごく当たり前の制度である。ただし、そのためには、幅広く健康管理や軽い病気の治療ができ、必要な時に専門医を紹介できる「家庭医」を養成する必要がある。
診療報酬支払方式は、医療の標準化を進め、標準化のできる治療分野から定額制を導入する必要がある。定額制は粗診粗療を招くとの意見もあるが、情報公開と第三者機関評価によって担保できる。また、一定額の中でいかに効率的に治療するかという意味で、裁量性が増し、技術が評価される方式とも考えられる。
薬価については公定価格制をやめ、市場原理に委ねるべきである。その際、売り手側の言い値で薬価が高騰しないために、買い手である患者や医療機関のパワーを発揮するシステムを組み込むべきである。診療報酬を定額払い制にすることによって、コスト削減のために薬剤購入費を下げたり、必要最小限の費用対効果の良い薬を使おうというインセンティブが働く。
1.医療提供体制について
(1)情報開示等
・患者情報の開示とインフォームドコンセント
*カルテ等の全ての医療情報を開示する。カルテ開示義務を法制化する。
*カルテの電子化を進める。
*インフォームドコンセントに基づいた医療を行う。
*セカンドオピニオンを保証する。
・医療および医療機関情報の開示
*広報、インターネット等により、医療情報及び医療機関情報に誰でもアクセスできるようにする。広告規制は、現在のポジティブ方式からネガティブ方式に変更する。
*第三者による医療機関の評価を行い、公表する。
*保険者による医療機関の評価を行い、被保険者に公開する。
(2)医療の標準化
・根拠に基づく医療(EBM)を医療の基本的な考え方とする。
・クリニカル・パスウェイ(★注6)を導入する。
・医療の標準化を行う。主要疾患について順次治療マニュアルを整備する。
(3)病院と診療所の機能分離
□中長期的目標
1. 家庭医制度(★注1)を創設する。
・健康相談、健康管理、生活指導、簡単な病気の治療、適切な専門医や病院への紹介、アフターケアなどを総合的にできる家庭医を地域住民が選ぶ制度を創設する。
・家庭医については、家庭医同士、あるいは専門医と組んでグループ診療を行えるようにし、患者のセカンドオピニオンの機会を保証する。
2. 病院
・病院は、入院しなければ検査や治療ができない患者を収容する施設(いわゆる急性期病院)とし、外来は、紹介・救急・特殊専門外来に限定する。
病床数の半減をはかり、機能を集中させる。
・そのような病院の診療機能を高めるため、人員配置基準および設備基準を現状より高くする(人員は現状の2倍以上)。
・そのような病院の経営が無理なく行われるような診療報酬支払制度とする。
・上記の病院のほか、一定数の長期入院病院とリハビリ専門病院も位置づけ、それらの人員配置基準および施設基準は別に定める。
また、後記の開業専門医も入院病床をもつことができることとし、病床数のいかんに関わらずこれを病院とし、人員配置基準および設備基準を別に定める。
・上記の病院のほか、政策医療を行う病院を設ける(国立センター病院、僻地あるいは過疎地の多機能病院等)。
3. 専門医診療所
・家庭医以外の診療所は、専門的医療を行う診療所とする。(産婦人科、眼科、耳鼻科、外科、整形外科、循環器科など)
・歯科診療所は医科における専門医と同じ位置づけとする。
・専門医は入院施設をもつことができることとし、入院施設をもつ場合は上記の病院として位置づける。
■当面の改革
1. 病院
・病院は、急性期病院とリハビリ病院と慢性期病院に分ける。
・急性期病院は「地域医療支援病院」となるよう誘導する。
・慢性期病院は、在宅医療支援機能を整備し、退院を促進するよう誘導する。
・病床規制のもと新規参入・新陳代謝が妨げられていることについて、改善方策を講じる。
・人員配置基準を満たしていない病院は、病床の使用制限を行う。
・精神病院における精神科特例(★注3)を廃止する。
・高機能病院へのフリーアクセスについて、高率の自己負担による制限を加える。
2. 診療所
・「かかりつけ医(★注4)」機能を拡大し、地域医療支援病院あるいは専門医との連係を必須化する。
(4)医療従事者の養成制度
・医師の入試制度、学部教育、卒後教育を抜本的に改革する。
医師の卒後研修のあり方については、現在、「研修医問題を考えるワーキングチーム」において検討中である。
・薬剤師の養成は6年過程とする。
・看護婦教育は4年制とする。准看制度は廃止する。
・その他の有資格医療従事者(★注5)についても、4年制大学教育とする。
(5)高齢者医療について(別途後記)
・高齢者医療については、エイジフリーの考え方を基本とし、個々の患者の特性を考慮して適切な医療を行うとともに、特に生活の質を重視する。
(6)ターミナルケア(★注7)について(別途後記)
個人の意志と尊厳を尊重する。
(7)小児医療について
・小児医療の充実の具体策について、現在、「小児医療検討ワーキングチーム」において検討中である。
・危機的な状況にある小児医療を立て直すため、小児医療を大人の医療からは独立したものとして位置づける。
・救急機能を持つセンター病院を中心とする地域の小児医療ネットワークを構築し、少子化時代の子どもたちの心身の問題に総合的に対応できる体制を作る。
(8)歯科医療の改革について(民主党「歯科医療改革案」参照)
・歯科重視の医療体制の確立
・治療歯科から予防歯科への転換
・患者が安心できる環境づくり
(9)医療の安全対策の確立
・医療事故対策については「医療事故対策に関するワーキングチーム」で検討中。
・医療事故防止のための医療法改正案を第151国会に提出(第三者機関が医療事故報告を求めることができる等)。
2.診療報酬体系について
診療報酬の支払い方式は、薬や医療材料や検査費用などの「もの」に比重のある現在の方式を見直し、技術料重視の体系とする。「もの」の評価は基本的に市場原理に任せる。設備投資費用については、従来すべて診療報酬の中でみてきたが、建築費用、土地代、大型機器設備等を診療報酬でみるのは無理と考えられることから、低利融資制度の創設や公的資金による補助制度を拡充したり、公設民営を進める必要がある。その際、公私間格差をなくすため、医療法人制度を改革し、営利性を強化する。
□中長期的目標
(1)病院への支払い方式
・医療の標準化を進め、日本型DRG-PPS方式(★注8)を導入する。出来高払い方式(★注9)を付加する余地を残す。
・病院については、総額予算制の導入を検討する
(2)診療所への支払い方式
・家庭医は、人頭定額払いを基本とする。慢性疾患は包括払い(★注10)とし、軽微な急性疾患、あるいは予防医療についての出来高払いを付加する。
・専門医も定額制を基本とする。
(3)診療報酬の決定機構
・中央社会保険医療協議会(中医協、★注11)に替わる新たな機構(委員構成、独立した事務局)を検討する。
(4)審査・支払いシステム
・包括払い方式についての審査は、医療機関の評価と連動するシステムとする。
・医療機関への立入り検査権を有するものとする。
・支払いシステム、支払い機関(基金等)については、抜本的に見直す。
■当面の改革
(1)病院への支払い方式
・診療報酬制度を病院向けと診療所向けの二つに区分し、病院向けは、入院向けと外来向けに区分し、包括化を進める。
・レセプト審査の電子化、および、保険者による直接審査あるいは専門機関への審査委託を進める。
(2)診療所への支払い方式
・「かかりつけ医」方式を進め、慢性疾患への包括払いを拡大する。
・地域医療支援病院等との連携医療を評価する。
・レセプト審査の電子化、および、保険者による直接審査あるいは専門機関への審査委託を進める。
(3)診療報酬の決定機構
・中医協の委員構成を診療側、支払側、中立それぞれ同数とし、診療側委員に病院代表、看護婦代表等を加える。
(4)審査システム
・レセプト審査の電子化を進める。
・保険者機能を強化し、保険者が一次審査を行えるようにする。
3.薬価制度について(★注12、★注13、★注14)
薬剤治療は医療行為の重要な一部であることから、現物給付を維持し、他の医療行為への支払方式と分離して別個の償還制度をとることはしない。
□中長期的目標
(1)市場原理に任せる
・診療報酬支払いシステムについて定額制を基本とすることにより、公定価格制度を廃止する。薬剤の価格は市場原理にまかせる。
(2)完全医薬分業(★注15)を実現する。
■当面の改革
(1)公定薬価制度を維持し、透明化等の改善をはかる。
・製薬メーカー・流通業者・保険者・学識経験者による薬価決定委員会を中医協のもとに置き、薬価の決定方法を透明化する。
既に薬価収載されている薬剤で同一成分のものが複数銘柄ある場合は、同一グループとして、加重平均値を薬価とする。
新薬については、類似薬効比較方式を基本とし、薬剤の特性に応じて加算あるいは減額を行う。
・市場価格を毎年調査し、R幅をゼロとして毎年薬価改定を行う。
・なお、公定薬価制度を維持せざるを得ないとしても、市場原理を働かせ、患者にもコスト意識を持ってもらうために、薬剤費について別途3~5割の定率負担を求めるべきであるとの意見もあった。
(2)医薬分業を徹底するとともに、一般名処方(★注16)を進める。
4.生命科学産業の振興について
薬価制度の抜本改革に際して、生命科学の発展に対して国家戦略を立て、研究開発に公的投資を行う。製薬産業政策は経済産業省に移管するが、希少疾患用薬品等の開発および安定供給は厚生労働省所管により公的支援を行う。
Ⅱ. 老人医療と老人医療費について
医療制度および医療保険制度の構造改革を行うにあたっては、老人医療のあり方および老人医療費の改革が中心的な課題の一つとなっている。
医療費増加の主要な要因が老人医療費であること、一人あたり老人医療費が若年者のそれの約5倍と先進諸国に比して著しく高いこと、医療費全体に占める老人医療費の比率がますます増加していることから世代間連帯のあり方が問われていることなどが問題視されているが、最近では自己負担の増加などによって、老人医療費の伸びの鈍化も指摘されている。
一方において、高齢者は健康弱者であること、年金制度の成熟と貯蓄率の向上などから平均的に高齢者が豊かになっているが貧富の格差も大きく、保険料負担や自己負担のあり方について、なお解決をはかるべき課題が老人医療に集中している。
1.老人医療費の増加について
(1)老人医療費増加の第一の要因は、高齢者数の増加である。高齢になるほど病気等になりやすく、一人が罹患する病気の種類も多くなることから、老人数の増加によって老人医療費が増えることそれ自体は避けることができない。
欧州諸国と違って、日本においては、70歳という年齢で区分する高齢者医療保険制度である老人保健制度があり、その財源は各保険者が事後的に拠出する制度となっている。そのため、老人医療費が突出して見える特徴がある。
そのことは、二つの側面をもつことを認識し、分析と対策策定にあたって注意しなければならない点がある。欧州諸国では、「老人医療費問題」は存在しないことに注目する必要がある。
一つは、老人医療無料化以後生じた、社会的入院や薬剤の過多などの医療の無駄がより鮮明に浮き彫りにされということである。
もう一つは、高齢期の国民により多くの医療サービスが行われることが過剰に強調されていることである。
(2)老人医療費増加の第二の要因は、一人当たり医療費が若人より高いことである。日本における一人当たり老人医療費は若人の5倍であり、米、英、独、仏に比べてかけ離れて高いとされているが、カナダ等、日本の比率に近い国もあり、また、アメリカは3.5倍ではなく4.6倍だというデータもある。
わが国の特徴である「社会的入院」を減らすことにより、この老若比率の差は縮められるし、一方で、欧州諸国において老人が医療から遠ざけられているという実態を考えると、差が生じていることの一部は理解できる。また、最近では、一人当たり老人医療費の伸びは鈍化してきているというデータもあることから、老若比率の問題は慎重に検討する必要がある。
しかし、医療費の無駄、あるいは非効率が老人医療に集中的に現れていることは間違いない。
2.高齢者医療のあり方について
(1)高齢者の病気は老化現象と重複して症状が現れる場合が多く、慢性疾患が多いことから、生活のなかで病気や障害とつきあうという考え方にもとづき、在宅医療を推進する必要がある。「社会的入院」を減らす努力が必要である。
福祉施策の不十分さのために医療がかかえてきた分野を、介護保険制度との間で適切に分担する必要がある。しかし、過度に医療を介護に持ち込んではならないし、老人にも急性期疾患治療の機会がきちんと保証されなければならない。
(2)老人医療の特性についての研究を進め、老人の特性に合った治療法、薬容量などについてのマニュアルを早急に整備する必要がある。
根拠にもとづいた医療(EBM)は、特に老人医療において求められる。
(3)ターミナルケアのあり方の問題
ターミナルケアが老人医療問題と平行して論じられるきらいがあるが、注意を要する。
ターミナルケアのあり方の問題は、年齢にかかわらず、人間の尊厳との関係に置いて論じられるべきものであり、同時に、医療問題としては、EBMの問題として論じられるべきものである。
一般医療とは異なる、ターミナルケアのためのシステムの整備や人材の養成が必要である。
(4)幼少時・若年からの健康づくり活動の強化
常日頃からの健康づくり活動の活発な地域ほど老人医療費が低く、平均寿命も長く、また介護保険料も低く済む傾向がはっきりしている。
このことから、健康づくり事業、健診事業、生きがい対策事業、寝たきり老人ゼロ作戦などの総合的事業を進める必要がある。「健康日本21(★注17)」が策定され、「健康増進法(仮称)」制定の動きがあるが、地域に密着した活動が総合的行われる必要がある。縦割りで行われている、学校保健、職場の健康管理などが、地域で一本化して行われる必要がある。
他方、人材の育成にも力を注ぐべきである。医師・歯科医師について、病気の予防・健康づくり・健康相談をも守備範囲とする「家庭医」を養成すべきである。保健婦、理学療法士、作業療法士、栄養士などの増員と地域での活動を強化すべきである。
3.高齢者の負担の問題について
(1)老人医療費無料化の教訓
1973年の老人医療費無料化は、戦後一貫して進められた給付比率の向上(医療費の社会化)の究極の姿であり、当時の高齢者のおかれていた状況を考えれば、必然の施策であったと言える。
しかし、また、無料化によって、医療提供側および患者・家族側双方にモラルハザードが生じ、出来高払い制や公定薬価制度に支えられて、社会的入院や薬漬け・検査漬け医療が広がる要因ともなったことについては大いに反省する必要がある。
また、社会保険制度のなかでの給付率の向上という点から無料化が行われたのではなく、老人福祉法を接ぎ木する形で無料化が行われたことについても、反省する必要がある。無料化による老人医療費急増の一方で、73年の第1次オイルショックを契機とする経済成長の鈍化は、保険財政の悪化を招き、社会保険制度としての医療保険制度の持続性に疑問をいだかせる原因をつくった。
(2)少子高齢化の進行と高齢者の所得・資産の増加
近年、少子高齢化がますます進み若年層の負担が重くなる一方で、年金制度の成熟化に伴い高齢者の所得水準が上昇し、70才以上の平均貯蓄額や資産も現在では若年者を上回るようになった。
こういった状況の変化から、高齢者自身の保険料負担および窓口一部自己負担は当然のことと考えられる。一部自己負担はコスト意識をもつためにも定率負担が適当である。
ただし、高齢者が健康弱者であること、相変わらず低所得者も少なくないことから、自己負担について一定の上限を設けることが検討されるべきで、保険料についても若年者と同率の負担を求めることは合理的でなく、公費の重点的投入も必要と考えられる。
ただし、高所得者などについては、若年者と同等の負担を求める必要がある。