料金運動の経緯と意味
保険歯科医療における委託歯科技工料金への考え方を纏めました
保険に係る歯科技工経済問題の解決は、歯科技工士にとって、いま最も解決への期待が高い懸案であり、同時に国民口腔保健の維持向上に資する質の高い歯科技工を安定して提供するためには避けては通れない社会課題であると考えています。
新しい日技執行部では「責任ある継続と確かな改革」を達成すべく、発足当初から、料金運動の経緯と意味を整理・反省し、再認識に向けて取り組んできました。数ヶ月の議論を経て、平成14年が7月に「今執行部の歯科技工料に関する基本的な考え方」を統一見解として取り纏めました。
なお歯科界はもとより、ひろく国民の皆様にご理解いただくべく、今後平易版を再編改編し適宜使用する意向であります。
今執行部の歯科技工料に関する基本的な考え方
平成14年7月
日本歯科技工士会
[経緯と現状]
「歯科技工料金(=歯科技工料) 」とは、委託された歯科技工行為への
対価である。
昭和35年以前の歯科技工市場基盤では、消費者による評価や選択などへ
至る環境に一定の市場原理が機能していた。
昭和36年、国民皆保険が始まり、歯科医療では「歯冠修復及び欠損補綴
」もその対象となった。歯科技工市場基盤は、皆保険のもとで保険給付に
「歯冠修復・欠損補綴におけるモノ作成過程」が含められれば、占有的影
響を受ける。しかし当時は「保険対象の歯冠修復及び欠損補綴」は一部に
とどまっており、また歯科技工市場が著しく需要過多であったことも作用
し、歯科技工経済への社会施策が伴わずとも、その経済は一定の成立を為
していた。その後漸次、保険が対象とする「歯冠修復及び欠損補綴」の範
囲は拡大され、昭和終期にはアメニティーを除く以外、大方は保険対象に
含まれていく。しかし、こうした変化に伴う「歯科技工料への公的施策」
が示されることはなく、歯科技工経済は「覆う統制経済のもとでの不全な
市場化」を次第に強く求められていった。
昭和50年代に入り、日本歯科技工士会(以下「日技」という)は、かか
る状況の改善には「歯科技工料への公的施策が必要」として活動を開始し、
衆議院社会労働委員会への参考人出席*1や中央社会保険医療協議会(以
下「中医協」という)での意見陳述*2などで訴えた。行政はこれに一定
の理解を示し、昭和61年2月、厚生省保険局に関係者が集まり調停案*A
が示された。日技出席者はこれを了承した。日本歯科医師会(以下「日歯
」という)は一旦これを了解したが、その後の日歯会合において受け入れ
られず、懸案は中医協での継続審議となった。
昭和62年には、自由民主党歯科問題小委員会さらには中医協の場等で「
医療保険における歯科技工料の位置づけ」の議論が集中的になされた。し
かし結論に至らず、翌63年の診療報酬改定で、医科は通例どおり年度当初
の4月からでありながら、歯科は本件の解決後とされた。かかる状況で、
実勢価格の追認であればこれを認める旨の認識のもとに政治側から調停案
が示され、歯科点数表第12部(当時第9部)に対し、この金額に相当する
割合をあてがった厚生省告示(いわゆる大臣告示*B)が発せられた。
当時の歯科技工界は、そもそもが保険における委託技工料獲得運動から
発した告示であり、中医協での保険における補綴料議論も経ていて、これ
ら交渉と政治約束の進捗・経緯からして、制度的に足らざるはあるが歯科
界での履行を信じ、公的料金の普及定着運動を開始し事実の推進を目指し
た。しかし同年6月の疑義解釈*Cを契機に、運動は一気に理念化し、波
及の地域差・個人差により一部では結果として委託受託契約環境に混乱が
生じた。かかる状況に、日歯・日技両会に対して当該告示の趣旨を確認す
べく同年10月に局長通知*Dが示されたが、実態経済への全国的波及は依
然小さかった。平成4年4月のいわゆる共同声明文などを含め、その後数
度にわたり告示目的の確認ならびに展開の示唆等が試みられたが、そのい
ずれもが「良質な歯科医療の確保に資することを図った大臣告示の趣旨を
踏まえ、当事者間で話し合い、円滑実施を」という範囲を超えるものでは
なかった。
他方その後、委託歯科技工に関しては、民間シンクタンク*3が「医療
材料として考え、報酬を明確に分離」と報告書試案に明記、また識者によ
る懇談会*4が「歯科材料と同じく点数として明示」との意見を表明する
など、保険歯科技工に係る社会施策の新構築はひとり歯科技工界のみの主
張ではなく、問題意識はひろまった。
これまでの経緯で明らかなことは、「歯科技工料への公的施策」が保険
経済構造施策として示されないままに、「歯科医療機関と歯科技工事業者
との当事者間の話し合いによる円滑実施を」と理念として求めても、歯科
技工経済では機能せず、覆う統制経済のもとでの不全な市場化が進行し、
良質な歯科医療の安定的確保に資することにはならないという事実である。
かかる認識のうえに、平成14年度現在、日技は「保険歯科医療における
委託技工経済に発せられた諸施策の改善・再構築」を求めている。
*A
"歯科技工料の取扱について"
厚生省医療課
61年2月25日の中医協において
歯科技工料について、次のように
取り扱う事とされました。
1. 歯科技工所に委託した場合
の技工料については、既定
の点数の範囲内で技工料金
を別掲することとする。
2. 1の措置に61年7月実施を
目処に、今回の診療報酬改
定後引き続き中医協で協議
する。
以上については、日本歯科医師会
代表委員を含め、了解し合意した
ものです。
(大阪府歯科医師会雑誌
1991年11月号 から)
*B
歯冠修復及び欠損補綴料には、
製作技工に要する費用が含まれ、
その割合は、製作技工に要する費
用がおおむね100分の70、製作管
理に要する費用がおおむね100分
の30である。
*C
(照会の内容)
(今回の診療報酬改定の通則に
は)製作技工に要する費用と製作
管理に要する費用の割合が掲げら
れたが、これは、最近の歯科技工
料金調査の結果等を勘案して歯冠
修復及び欠損補綴の費用の構成割
合が示されたものであり、外部委
託をするに当たって個々の当事者
を拘束するものでないと解してよ
ろしいか。
(回答)
貴見のとおりである。
*D
(先般の歯科診療報酬点数表の
改正に当たり、通則に)製作技工
に要する費用及び製作管理に要す
る費用の割合が示された(厚生大
臣告示)ことについては御案内の
とおりでありますが、これは、今
後の高齢化社会において、歯冠修
復及び欠損補綴の円滑な実施が一
層重要性を増すことにかんがみ、
良質な歯科医療の確保に資するこ
とを図ったものであります。
つきましては、今後とも、この
厚生大臣告示の趣旨を踏まえ、関
係団体との間で話し合いを行って
いただくとともに、歯冠修復及び
欠損補綴に関し、個々の当事者間
で円滑な実施が図られるよう会員
を御指導いただきたくお願いいた
します。
[運動の整理 と リ・スタート]
国民皆保険のもとの保険歯科医療では、歯科技工経済に、市場原理は真っ当に機能していない。その機能不全により、国民には費用対効果で不利益が生じている。この不利益を解消すべく、日技は政治・行政に対して、放任ではない、経済を含める歯科技工社会施策を数十年に亘り求めてきた。
昭和63年の告示は、この運動に対し中医協が示した理解に呼応し、政治・行政が発したものであった。その意味であの大臣告示は、「医療保険に歯科技工士の行為を定め、委託業務の報酬制度を作りたい」というそれまでの運動の、あの時点での成果であった。しかし、その継続運動と次々変化する施策案、また種々調整との時差、加えて不足を運動力によって補おうとした期待との差異などに、会員は当惑した。あの告示には、「保険に係る
歯科技工を行った者(歯科技工所)への相当点数分の金額」の財産権・請求権はなく、未入会員への波及も及ばず、長期にわたる市場形成力はなかった。
他方、健康保険に「"つくる"に要する費用が給付されているか」という側面でいえば、技工相当分は、支払機関から当時も今も淡々と給付されている。また局長通知に明らかな「委託の円滑実施」という行政意図は、以後もたびたび確認されている。
これらを総合的に勘案し、今執行部は「事実の誇張がいけないと同じように、事実の過少認識もいけない」と、あの運動を捉えている。昭和36年の皆保険開始からあの告示までの約30年間、保険の中には"技工相当分"も何もなかった。これに対し積みあがった会員のエネルギーが日技で運動化され、中医協が実勢価格を把握し、昭和63年にその分量が『製作技工相当割合』として示された。このことは、内閣総理大臣が答弁*5で「委託を円滑に実施する観点から(割合を)示した」「算定告示は、健康保険法に基づき、保険医療機関等が保険者に請求できる費用の額の算定方法を定めるもの」と、あらためてあの告示の『目的』と『金銭的権利関係』とを確認している。「製作技工に要する費用=おおむね100分の70」は、文言上「歯科技工相当分」でなく、まして「歯科技工報酬」ではないから、保険機関への請求権は附帯していない。しかしだからといって、昭和36年の皆保険開始以降、初めて『製作技工相当部分が算定額として保険制度の中に存在する』ということが示されたことに対し、「不完全だから、何らの意味もない」と私たち自らが感じることは妥当ではない。
これまでの経緯で明らかなことは、歯科技工料への公的施策が理念提示以上の保険経済構造施策として示されることのないままに「歯科医療機関と歯科技工事業者との当事者間の話し合いによる円滑実施を」と求めても、覆う統制経済のもと、歯科技工経済では不全な市場化が進行し、良質な歯科医療の確保に資することにならないという事実である。
保険の一元化、個人と保険との負担関係の新構築など、医療制度改革は平成14年度以降も続くという。昭和63年の施策では、その効果を市井に届けることはできなかったが、その目的は平成14年度以降も生きている。だから日技は、効果を発揮する新施策を求めている。まずは歯科技工報酬を歯科診療報酬点数表へ点数として明示、そして歯科技工報酬が安定して供給されるシステムの構築を視野に入れ、政治・行政また関係団体に対し真摯に
理解・協力を求めつつ、試案も提示していきたい。
平成14年4月、衆議院厚生労働委員会において、厚生労働大臣は「(七、三問題は)前進させる以外にないというふうに考えております」と答弁*6された。行政等の果敢な姿勢、なにより大臣の英断と指導に期待する。
運動の反省を轍としあらため、この勝ち得た"小さい種"を育て、不完全を改善していく。これが、今執行部の包括的責務と信ずる。歯科技工士はこれをひとつの通過点と捉え、新しい制度を作るべく、一丸となり運動を続けよう。日技執行部は、会員の負託をうけ、その前線に立ち、リ・スタートする。
A 昭和61年厚生省原案
B 昭和63年5月30日付
厚生省告示第165号
C 昭和63年6月14日付
厚生省保険局医療課長通知、
保険発第66号
D 昭和63年10月20日付
厚生省保険局長通知、
保文発第646・647号
1 昭和50年6月26日。
佐野恵明(当時日技専務)参考人陳述。
2 昭和51年9月9日ならびに同月11日。
佐野恵明(当時日技専務)、宮国恵仁・清水豊(当時同常務)出席。
3 平成4年10月。
野村総合研究所「わが国における歯科診療報酬体系の基本的あり方に関する研究」報告書
4 平成5年2月。
幸田正孝(座長)、内田健三、行天良雄、高原須美子、山岸章、能美光房。
5 平成14年3月19日付答弁書第11号、内閣参質154第11号
6 平成14年4月17日。
第154回国会衆議院厚生労働委員会議事日程9号
保険歯科医療における委託歯科技工料金への考え方を纏めました
保険に係る歯科技工経済問題の解決は、歯科技工士にとって、いま最も解決への期待が高い懸案であり、同時に国民口腔保健の維持向上に資する質の高い歯科技工を安定して提供するためには避けては通れない社会課題であると考えています。
新しい日技執行部では「責任ある継続と確かな改革」を達成すべく、発足当初から、料金運動の経緯と意味を整理・反省し、再認識に向けて取り組んできました。数ヶ月の議論を経て、平成14年が7月に「今執行部の歯科技工料に関する基本的な考え方」を統一見解として取り纏めました。
なお歯科界はもとより、ひろく国民の皆様にご理解いただくべく、今後平易版を再編改編し適宜使用する意向であります。
今執行部の歯科技工料に関する基本的な考え方
平成14年7月
日本歯科技工士会
[経緯と現状]
「歯科技工料金(=歯科技工料) 」とは、委託された歯科技工行為への
対価である。
昭和35年以前の歯科技工市場基盤では、消費者による評価や選択などへ
至る環境に一定の市場原理が機能していた。
昭和36年、国民皆保険が始まり、歯科医療では「歯冠修復及び欠損補綴
」もその対象となった。歯科技工市場基盤は、皆保険のもとで保険給付に
「歯冠修復・欠損補綴におけるモノ作成過程」が含められれば、占有的影
響を受ける。しかし当時は「保険対象の歯冠修復及び欠損補綴」は一部に
とどまっており、また歯科技工市場が著しく需要過多であったことも作用
し、歯科技工経済への社会施策が伴わずとも、その経済は一定の成立を為
していた。その後漸次、保険が対象とする「歯冠修復及び欠損補綴」の範
囲は拡大され、昭和終期にはアメニティーを除く以外、大方は保険対象に
含まれていく。しかし、こうした変化に伴う「歯科技工料への公的施策」
が示されることはなく、歯科技工経済は「覆う統制経済のもとでの不全な
市場化」を次第に強く求められていった。
昭和50年代に入り、日本歯科技工士会(以下「日技」という)は、かか
る状況の改善には「歯科技工料への公的施策が必要」として活動を開始し、
衆議院社会労働委員会への参考人出席*1や中央社会保険医療協議会(以
下「中医協」という)での意見陳述*2などで訴えた。行政はこれに一定
の理解を示し、昭和61年2月、厚生省保険局に関係者が集まり調停案*A
が示された。日技出席者はこれを了承した。日本歯科医師会(以下「日歯
」という)は一旦これを了解したが、その後の日歯会合において受け入れ
られず、懸案は中医協での継続審議となった。
昭和62年には、自由民主党歯科問題小委員会さらには中医協の場等で「
医療保険における歯科技工料の位置づけ」の議論が集中的になされた。し
かし結論に至らず、翌63年の診療報酬改定で、医科は通例どおり年度当初
の4月からでありながら、歯科は本件の解決後とされた。かかる状況で、
実勢価格の追認であればこれを認める旨の認識のもとに政治側から調停案
が示され、歯科点数表第12部(当時第9部)に対し、この金額に相当する
割合をあてがった厚生省告示(いわゆる大臣告示*B)が発せられた。
当時の歯科技工界は、そもそもが保険における委託技工料獲得運動から
発した告示であり、中医協での保険における補綴料議論も経ていて、これ
ら交渉と政治約束の進捗・経緯からして、制度的に足らざるはあるが歯科
界での履行を信じ、公的料金の普及定着運動を開始し事実の推進を目指し
た。しかし同年6月の疑義解釈*Cを契機に、運動は一気に理念化し、波
及の地域差・個人差により一部では結果として委託受託契約環境に混乱が
生じた。かかる状況に、日歯・日技両会に対して当該告示の趣旨を確認す
べく同年10月に局長通知*Dが示されたが、実態経済への全国的波及は依
然小さかった。平成4年4月のいわゆる共同声明文などを含め、その後数
度にわたり告示目的の確認ならびに展開の示唆等が試みられたが、そのい
ずれもが「良質な歯科医療の確保に資することを図った大臣告示の趣旨を
踏まえ、当事者間で話し合い、円滑実施を」という範囲を超えるものでは
なかった。
他方その後、委託歯科技工に関しては、民間シンクタンク*3が「医療
材料として考え、報酬を明確に分離」と報告書試案に明記、また識者によ
る懇談会*4が「歯科材料と同じく点数として明示」との意見を表明する
など、保険歯科技工に係る社会施策の新構築はひとり歯科技工界のみの主
張ではなく、問題意識はひろまった。
これまでの経緯で明らかなことは、「歯科技工料への公的施策」が保険
経済構造施策として示されないままに、「歯科医療機関と歯科技工事業者
との当事者間の話し合いによる円滑実施を」と理念として求めても、歯科
技工経済では機能せず、覆う統制経済のもとでの不全な市場化が進行し、
良質な歯科医療の安定的確保に資することにはならないという事実である。
かかる認識のうえに、平成14年度現在、日技は「保険歯科医療における
委託技工経済に発せられた諸施策の改善・再構築」を求めている。
*A
"歯科技工料の取扱について"
厚生省医療課
61年2月25日の中医協において
歯科技工料について、次のように
取り扱う事とされました。
1. 歯科技工所に委託した場合
の技工料については、既定
の点数の範囲内で技工料金
を別掲することとする。
2. 1の措置に61年7月実施を
目処に、今回の診療報酬改
定後引き続き中医協で協議
する。
以上については、日本歯科医師会
代表委員を含め、了解し合意した
ものです。
(大阪府歯科医師会雑誌
1991年11月号 から)
*B
歯冠修復及び欠損補綴料には、
製作技工に要する費用が含まれ、
その割合は、製作技工に要する費
用がおおむね100分の70、製作管
理に要する費用がおおむね100分
の30である。
*C
(照会の内容)
(今回の診療報酬改定の通則に
は)製作技工に要する費用と製作
管理に要する費用の割合が掲げら
れたが、これは、最近の歯科技工
料金調査の結果等を勘案して歯冠
修復及び欠損補綴の費用の構成割
合が示されたものであり、外部委
託をするに当たって個々の当事者
を拘束するものでないと解してよ
ろしいか。
(回答)
貴見のとおりである。
*D
(先般の歯科診療報酬点数表の
改正に当たり、通則に)製作技工
に要する費用及び製作管理に要す
る費用の割合が示された(厚生大
臣告示)ことについては御案内の
とおりでありますが、これは、今
後の高齢化社会において、歯冠修
復及び欠損補綴の円滑な実施が一
層重要性を増すことにかんがみ、
良質な歯科医療の確保に資するこ
とを図ったものであります。
つきましては、今後とも、この
厚生大臣告示の趣旨を踏まえ、関
係団体との間で話し合いを行って
いただくとともに、歯冠修復及び
欠損補綴に関し、個々の当事者間
で円滑な実施が図られるよう会員
を御指導いただきたくお願いいた
します。
[運動の整理 と リ・スタート]
国民皆保険のもとの保険歯科医療では、歯科技工経済に、市場原理は真っ当に機能していない。その機能不全により、国民には費用対効果で不利益が生じている。この不利益を解消すべく、日技は政治・行政に対して、放任ではない、経済を含める歯科技工社会施策を数十年に亘り求めてきた。
昭和63年の告示は、この運動に対し中医協が示した理解に呼応し、政治・行政が発したものであった。その意味であの大臣告示は、「医療保険に歯科技工士の行為を定め、委託業務の報酬制度を作りたい」というそれまでの運動の、あの時点での成果であった。しかし、その継続運動と次々変化する施策案、また種々調整との時差、加えて不足を運動力によって補おうとした期待との差異などに、会員は当惑した。あの告示には、「保険に係る
歯科技工を行った者(歯科技工所)への相当点数分の金額」の財産権・請求権はなく、未入会員への波及も及ばず、長期にわたる市場形成力はなかった。
他方、健康保険に「"つくる"に要する費用が給付されているか」という側面でいえば、技工相当分は、支払機関から当時も今も淡々と給付されている。また局長通知に明らかな「委託の円滑実施」という行政意図は、以後もたびたび確認されている。
これらを総合的に勘案し、今執行部は「事実の誇張がいけないと同じように、事実の過少認識もいけない」と、あの運動を捉えている。昭和36年の皆保険開始からあの告示までの約30年間、保険の中には"技工相当分"も何もなかった。これに対し積みあがった会員のエネルギーが日技で運動化され、中医協が実勢価格を把握し、昭和63年にその分量が『製作技工相当割合』として示された。このことは、内閣総理大臣が答弁*5で「委託を円滑に実施する観点から(割合を)示した」「算定告示は、健康保険法に基づき、保険医療機関等が保険者に請求できる費用の額の算定方法を定めるもの」と、あらためてあの告示の『目的』と『金銭的権利関係』とを確認している。「製作技工に要する費用=おおむね100分の70」は、文言上「歯科技工相当分」でなく、まして「歯科技工報酬」ではないから、保険機関への請求権は附帯していない。しかしだからといって、昭和36年の皆保険開始以降、初めて『製作技工相当部分が算定額として保険制度の中に存在する』ということが示されたことに対し、「不完全だから、何らの意味もない」と私たち自らが感じることは妥当ではない。
これまでの経緯で明らかなことは、歯科技工料への公的施策が理念提示以上の保険経済構造施策として示されることのないままに「歯科医療機関と歯科技工事業者との当事者間の話し合いによる円滑実施を」と求めても、覆う統制経済のもと、歯科技工経済では不全な市場化が進行し、良質な歯科医療の確保に資することにならないという事実である。
保険の一元化、個人と保険との負担関係の新構築など、医療制度改革は平成14年度以降も続くという。昭和63年の施策では、その効果を市井に届けることはできなかったが、その目的は平成14年度以降も生きている。だから日技は、効果を発揮する新施策を求めている。まずは歯科技工報酬を歯科診療報酬点数表へ点数として明示、そして歯科技工報酬が安定して供給されるシステムの構築を視野に入れ、政治・行政また関係団体に対し真摯に
理解・協力を求めつつ、試案も提示していきたい。
平成14年4月、衆議院厚生労働委員会において、厚生労働大臣は「(七、三問題は)前進させる以外にないというふうに考えております」と答弁*6された。行政等の果敢な姿勢、なにより大臣の英断と指導に期待する。
運動の反省を轍としあらため、この勝ち得た"小さい種"を育て、不完全を改善していく。これが、今執行部の包括的責務と信ずる。歯科技工士はこれをひとつの通過点と捉え、新しい制度を作るべく、一丸となり運動を続けよう。日技執行部は、会員の負託をうけ、その前線に立ち、リ・スタートする。
A 昭和61年厚生省原案
B 昭和63年5月30日付
厚生省告示第165号
C 昭和63年6月14日付
厚生省保険局医療課長通知、
保険発第66号
D 昭和63年10月20日付
厚生省保険局長通知、
保文発第646・647号
1 昭和50年6月26日。
佐野恵明(当時日技専務)参考人陳述。
2 昭和51年9月9日ならびに同月11日。
佐野恵明(当時日技専務)、宮国恵仁・清水豊(当時同常務)出席。
3 平成4年10月。
野村総合研究所「わが国における歯科診療報酬体系の基本的あり方に関する研究」報告書
4 平成5年2月。
幸田正孝(座長)、内田健三、行天良雄、高原須美子、山岸章、能美光房。
5 平成14年3月19日付答弁書第11号、内閣参質154第11号
6 平成14年4月17日。
第154回国会衆議院厚生労働委員会議事日程9号