『日本歯技』2016年3月号
医療の選択 桐野高明著 岩波新書/岩波書店
独立行政法人国立病院機構(NHO)の理事長である著者の桐野高明氏は本書において、国民一人ひとりが医療のあり方を選択することになった時に、どのようなことが論点になるのか、日本の医療が直面する問題について具体的な例をあげて、その選択の道を考え、未来の指針を得るために、さまざまな角度から論点を示している。
関連のある文学や映画の話題から入り、的確な情報を提示しテーマへ導くが、決して結論を押しつけることはない。各章ごとの終わりには選択の論点を再掲し、読者に問題の整理と考察を促す作りとなっている。
第1章は「二つの選択肢」
住みよい社会であるための不可欠な条件の一つは、よい医療を受けられるかということは異論がない。よい医療を持続するためには、それを支える仕組みが必要だ。世界的に見ると、医療の仕組みは、医療を自己の責任で購入するサービスとみなし市場原理に任せた米国型の制度か、国民の負担が多くなっても可能な限り公平な欧州型の制度の大きく二つに分かれる。しかし前者は治療費や薬の価格を病院が自由に決めるため医療費がどんどん高くなり病気になっても治療費が支払えない人が増えている。後者の典型である英国では登録した主治医のみにしかかかれず、医師も自由に開業できないなど様々な制約があり、受診まで何日も待たされる患者の不満から、医師の士気の低下が問題となっているようだ。
医療制度はそれぞれの社会、文化、歴史、国民性に発達を遂げものである。日本ではどのような制度を選択するのがよいのか。医療制度の選択はどんな社会を作るのかと近似した問題であると論じている。
第2章は「危うい国民皆保険制度」
①医療費は無料か?一部自己負担か?全額自己負担か?医療費に対するそれぞれの考え方には、長所もあれば短所もある。日本の現状を考えたときに、このうち一つを選ぶとすればどれがよいか。②自由な市場原理によって品質は上がり価格は下がるという考え方が医療に当てはまるのか?③混合診療は新しい治療法を自由に受けられるよう大幅に拡大すべきか、新しい治療法は健康保険の対象と認められるのを原則とし一定の範囲内に制限すべきか?を論じている。
また、「歯科の混合診療」について項目を設けて、歯科が医科とは対照的に「脱保険路線」を選択し、いわば「混合診療」を取り入れていた昭和40年代後半ころの社会問題や、1976年の中医協において差額徴収の基となっていた通達が廃止されるに至った経緯が示されている。歯科におけるこの苦い経験は、医療のなかの一部の経験であるが貴重な歴史的教訓であったと結んでいる。
第3章は「超高齢社会に立ち向かう」
日本は世界でも類を見ない速度で高齢化が進み、同時に少子化のために人口減少社会となる。新しい社会にどのように立ち向かうのか、世界のどこにもそのお手本はない。この章では日本の病院の歩みについて紹介しつつ、成熟社会型医療の模索について述べている。①医療の有効性に限界が感じられるようになってきたこと②医療が高度に分化して専門化し断片化したこと③病院は治療後の問題にまで対応できる設計になっていないことから、病院完結型の医療が終焉を迎えつつあり、地域完結型医療への転換、最近よく耳にする「地域包括ケア」の充実を目指す動きに繋がっていく。超高齢社会における長期的な高齢者介護はわれわれ日本人にとって新しい事態であり医療・介護は、病院か、施設か、自宅かの選択が問われている。
第4章は「新しい治療法を目指して」
新薬開発が病気の治療方法を変えてきた。薬というものは効果が完全で安全性の面でも申し分なければ何の問題もないが、実際には効果は限定的で必ず副作用がある。抗がん剤のような作用の激しい薬では副作用の危険性も多い。しかし健康を守ってきた主役の一つが医薬品であることは間違いない。日本の医薬品と医療機器の開発推進のためにどんな方法を追求し、あるいは医療産業を推進していくべきかという面での課題についての解説が興味深い。
本書は、「医療の選択」を国民自身が行うために、考えるための材料を提示する手堅い一冊である。日本の医療こそ、患者第一で改善を重ねる努力が出来れば、よい方向に進んで行くのではないかと感想を持った。
医療の選択 桐野高明著 岩波新書/岩波書店
独立行政法人国立病院機構(NHO)の理事長である著者の桐野高明氏は本書において、国民一人ひとりが医療のあり方を選択することになった時に、どのようなことが論点になるのか、日本の医療が直面する問題について具体的な例をあげて、その選択の道を考え、未来の指針を得るために、さまざまな角度から論点を示している。
関連のある文学や映画の話題から入り、的確な情報を提示しテーマへ導くが、決して結論を押しつけることはない。各章ごとの終わりには選択の論点を再掲し、読者に問題の整理と考察を促す作りとなっている。
第1章は「二つの選択肢」
住みよい社会であるための不可欠な条件の一つは、よい医療を受けられるかということは異論がない。よい医療を持続するためには、それを支える仕組みが必要だ。世界的に見ると、医療の仕組みは、医療を自己の責任で購入するサービスとみなし市場原理に任せた米国型の制度か、国民の負担が多くなっても可能な限り公平な欧州型の制度の大きく二つに分かれる。しかし前者は治療費や薬の価格を病院が自由に決めるため医療費がどんどん高くなり病気になっても治療費が支払えない人が増えている。後者の典型である英国では登録した主治医のみにしかかかれず、医師も自由に開業できないなど様々な制約があり、受診まで何日も待たされる患者の不満から、医師の士気の低下が問題となっているようだ。
医療制度はそれぞれの社会、文化、歴史、国民性に発達を遂げものである。日本ではどのような制度を選択するのがよいのか。医療制度の選択はどんな社会を作るのかと近似した問題であると論じている。
第2章は「危うい国民皆保険制度」
①医療費は無料か?一部自己負担か?全額自己負担か?医療費に対するそれぞれの考え方には、長所もあれば短所もある。日本の現状を考えたときに、このうち一つを選ぶとすればどれがよいか。②自由な市場原理によって品質は上がり価格は下がるという考え方が医療に当てはまるのか?③混合診療は新しい治療法を自由に受けられるよう大幅に拡大すべきか、新しい治療法は健康保険の対象と認められるのを原則とし一定の範囲内に制限すべきか?を論じている。
また、「歯科の混合診療」について項目を設けて、歯科が医科とは対照的に「脱保険路線」を選択し、いわば「混合診療」を取り入れていた昭和40年代後半ころの社会問題や、1976年の中医協において差額徴収の基となっていた通達が廃止されるに至った経緯が示されている。歯科におけるこの苦い経験は、医療のなかの一部の経験であるが貴重な歴史的教訓であったと結んでいる。
第3章は「超高齢社会に立ち向かう」
日本は世界でも類を見ない速度で高齢化が進み、同時に少子化のために人口減少社会となる。新しい社会にどのように立ち向かうのか、世界のどこにもそのお手本はない。この章では日本の病院の歩みについて紹介しつつ、成熟社会型医療の模索について述べている。①医療の有効性に限界が感じられるようになってきたこと②医療が高度に分化して専門化し断片化したこと③病院は治療後の問題にまで対応できる設計になっていないことから、病院完結型の医療が終焉を迎えつつあり、地域完結型医療への転換、最近よく耳にする「地域包括ケア」の充実を目指す動きに繋がっていく。超高齢社会における長期的な高齢者介護はわれわれ日本人にとって新しい事態であり医療・介護は、病院か、施設か、自宅かの選択が問われている。
第4章は「新しい治療法を目指して」
新薬開発が病気の治療方法を変えてきた。薬というものは効果が完全で安全性の面でも申し分なければ何の問題もないが、実際には効果は限定的で必ず副作用がある。抗がん剤のような作用の激しい薬では副作用の危険性も多い。しかし健康を守ってきた主役の一つが医薬品であることは間違いない。日本の医薬品と医療機器の開発推進のためにどんな方法を追求し、あるいは医療産業を推進していくべきかという面での課題についての解説が興味深い。
本書は、「医療の選択」を国民自身が行うために、考えるための材料を提示する手堅い一冊である。日本の医療こそ、患者第一で改善を重ねる努力が出来れば、よい方向に進んで行くのではないかと感想を持った。