関西地方に住む我々が悲壮な体験をした
我が家は、幸いなことに少し離れていたので、
でも、いったい何が起きたか????
薄暗いなかを右往左往して、やっと電気がついて
テレビで見た光景!!!
どうしよう、どうしよう・・・・
夫は兎に角、会社に向かって、車を・・・
最初の電話は次男の嫁のお父さん、当時は新聞社に
勤務されていて安否確認を頂いた
それ以後、電話も公衆電話も・・・
みんなそれぞれに悲しい思い出をお持ちでしょうが
夫の会社も社屋が壊れなかった事が唯一のラッキー
私は毎日早朝からおむすびを作り、おでんを大鍋で焚き
夫が車に乗せて4時間程かかって
帰りも深夜になって、でも泊まる所が無いので・・・
それも、半月程で私の疲労と猛烈な頭痛でやむなくストップ
「天災は忘れた頃にやって来る」と云うけど
誰も忘れて居ませんからね!!! 来ないでね
誰も辛かったね、今もなお
我が家は、幸いなことに少し離れていたので、
でも、いったい何が起きたか????
薄暗いなかを右往左往して、やっと電気がついて
テレビで見た光景!!!
どうしよう、どうしよう・・・・
夫は兎に角、会社に向かって、車を・・・
最初の電話は次男の嫁のお父さん、当時は新聞社に
勤務されていて安否確認を頂いた
それ以後、電話も公衆電話も・・・
みんなそれぞれに悲しい思い出をお持ちでしょうが
夫の会社も社屋が壊れなかった事が唯一のラッキー
私は毎日早朝からおむすびを作り、おでんを大鍋で焚き
夫が車に乗せて4時間程かかって
帰りも深夜になって、でも泊まる所が無いので・・・
それも、半月程で私の疲労と猛烈な頭痛でやむなくストップ
「天災は忘れた頃にやって来る」と云うけど
誰も忘れて居ませんからね!!! 来ないでね
誰も辛かったね、今もなお