むーみん女史の誕生日ライブの時、
彼女の友人として来たいたのが、
なんと、本業がちんどん屋という人物。
べんてんやと言うネーミングで、
名古屋のみならず全国で活躍する彼女。
実は以前お目にかかった事があったそうで
何とも世の中が狭いというか、
人との繋がりは面白い!と実感したのだ。
そもそもなんでちんどん屋なのと聞くと、
普通の演奏していたらちんどん屋みたいだね!
と言われたのでいっそそれなら!と言う事で
ちんどん屋になったというストレートな話。
ものすごく明るいキャラクターの彼女、
実は我がレアサウンズの顧客名簿に名を連ね、
ダンモでクッサス吹いていたという経緯で
(すみません、この辺り読み流して)
丼君や、レアのT橋、しほ嬢とも面識有るとの事。
そして何より彼女を推してくれているのが
私が青年会議所時代にお世話になった先輩とか。
何とも世の中狭いものだね!と大盛り上がり。
それはそうとこのちんどん屋の世界、
一宮市は萩原商店街と言うところで、
コンテストを開催していると聞くから驚く。
ちんどん屋にとってこの萩原と言うところは
特別な地域なのだとか!
この話を隣で聞いていたいんちきポール氏も、
それは一度見てみたいよね!!と興味津々。
加えて富山では全国大会があると言うから、
それもそれでなお一層見てみたい!
仕事もライブも魅せるという意味では
ちんどん屋の要素があると思う。
こういうパフォーマンスを見て勉強し、
お客様に楽しんで頂く工夫も時に必要ですね。
彼女の友人として来たいたのが、
なんと、本業がちんどん屋という人物。
べんてんやと言うネーミングで、
名古屋のみならず全国で活躍する彼女。
実は以前お目にかかった事があったそうで
何とも世の中が狭いというか、
人との繋がりは面白い!と実感したのだ。
そもそもなんでちんどん屋なのと聞くと、
普通の演奏していたらちんどん屋みたいだね!
と言われたのでいっそそれなら!と言う事で
ちんどん屋になったというストレートな話。
ものすごく明るいキャラクターの彼女、
実は我がレアサウンズの顧客名簿に名を連ね、
ダンモでクッサス吹いていたという経緯で
(すみません、この辺り読み流して)
丼君や、レアのT橋、しほ嬢とも面識有るとの事。
そして何より彼女を推してくれているのが
私が青年会議所時代にお世話になった先輩とか。
何とも世の中狭いものだね!と大盛り上がり。
それはそうとこのちんどん屋の世界、
一宮市は萩原商店街と言うところで、
コンテストを開催していると聞くから驚く。
ちんどん屋にとってこの萩原と言うところは
特別な地域なのだとか!
この話を隣で聞いていたいんちきポール氏も、
それは一度見てみたいよね!!と興味津々。
加えて富山では全国大会があると言うから、
それもそれでなお一層見てみたい!
仕事もライブも魅せるという意味では
ちんどん屋の要素があると思う。
こういうパフォーマンスを見て勉強し、
お客様に楽しんで頂く工夫も時に必要ですね。
ものすごく共感できるお話です。
人前に出る以上、何をどう見せるかというのは
ものすごく重要なことだと思います。
私が始めてむーみんさんのステージを
見させていただいたとき
歌の素敵さもさることながら
「なんて立ち姿がお綺麗なんだろう」と思ったのです。
歌うということ、お客様に見ていただくこと
「プロの方はちがうな」
「見習わなけれはいけないな」
といつも思うのです。
こんどぜひべんてんやさんを観に行きましょう!
名古屋は狭いですねっ♡
そういえば
「べんてんや」という屋号をつけてくださったのも
某先輩デス(笑)
ちんどんコンクールが近づいたら
ご案内させていただきますね!
お楽しみに☆
大阪でしたけど、近所の市場なんかに良く来てました。
懐かしい。 見てみたいです。
辻町あたりにチンドン屋さんがありました。
看板だけだったのですが、いつもその前を通るたびに、楽しいような、ちょっと物悲しいような・・・
ノスタルジーです。
魅せるというのは大切なことですね。
同じ商品でも、同じ音楽でも、
演出の仕方で全く変わった物になる。
常日頃当社の商品も、
スーパーの陳列に例えてお客様への
アピールの仕方を教えているのですがね。
彼女のバイタリティーはすごかったです。
ますますPなっつが、賑やかになりそう??
大変興味有る話を聞かさせていただき、
本当に楽しかったです。
美しき天然の響きがどうしてもあるのですが、
多彩なパフォーマンスを本当に見てみたいと思いました。
是非K先輩にはよろしくお伝え下さいませ!
ますますご活躍を!
記憶の端っこに残っているといった感じです。
その時話していたのですが、
実は私学生時代にちんどん屋のアルバイトしたことが
一度だけ有りましてね!
そんな懐かしさも手伝って話が盛り上がりました。
私の記憶では、大曽根商店街で
見聞きした記憶が残っているのです。
あの瀬戸線を下りて西に延びる商店街で、
ちんどん屋さんが行き来していたその風景。
確かに何処か物悲しいような・・・。