これは「図書室のネヴァジスタ」という同人サークルのゲームのSSです。
多数の登場人物が出て来ますので、詳細はwiki先生か、
ゲームの紹介https://booth.pm/ja/items/1258でご確認下さい。
少しでも興味を持って下さった方はプレイしてみて下さい。
下記のSSSはネタバレでもあるので、ご注意下さい。
大丈夫な方は下へスクロールしてご覧下さい。
↓↓↓↓
<週末をぶっ飛ばせ>
今日は金曜日。
相変わらず放課後真っ直ぐ来たのか、
夕刻には来ていた様子の清史郎がマンションのドアの前に立っていて、賢太郎は眉を寄せた。
毎週のように来るので、週末と言えど碌に同僚と飲みにさえ行けない。
合鍵など渡すつもりは無いので、暑い寒いを気にせず待ち惚けをしている実弟を気にして、
賢太郎が仕事を切り上げ早く帰宅するしかないのだ。
季節は早春とは言え、朝晩は冷え込む。
鼻を啜り嬉しそうに笑う清史郎の冷え切った腕を擦り、
熱いシャワーを浴びさせホットココアを淹れてやる。
何だかんだ言って賢太郎は兄体質なのだ。
ぶつくさ文句を言いながらもせっせと豪快な弟の世話を焼いている。
自分の厚めパジャマを着せ、適温の暖房を入れてやると清史郎は漸く落ち着いたようだった。
毛布に下半身を包まれながら清史郎はノートパソコンに向かう賢太郎に話し掛けて来る。
これもいつもの事である。
「ねぇ、兄ちゃん」
「……ん?」
「晃弘と付き合ってるの?」
清史郎の会話は取り留めない。
そして脈絡も無い。
何故そう思ったのか、何故そんな事を聞くのか。
本人さえも分からない事が多い。
だから聞くだけ無駄である。
賢太郎は良く分かっていた。
その為、パソコンの画面から顔も上げず、視線さえ向ける事なく答えた。
カタカタとキーボードを打つ音は止まらない。
「……寝言は寝て言え」
清史郎も清史郎で、兄の反応など全然気にする事なく、会話を続ける。
いや、会話として成立しているのかさえ怪しい。
清史郎は人の話など聞かない事が多い。
周りに誰も居なければ壁と話す事も出来るだろう。
「晃弘は絶対兄ちゃんのこと好きだよ」
「…あいつは、春人も瞠も槙原も好きだ」
賢太郎は其処で茅の初ドライブの一件を思い出した。
久保谷に言われた一言を忘れはしないだろう。
茅の懐は広い。そして彼の全てを理解するのは難しいし、彼の世界はこれからも広がり続けるだろう。
茅を一人で支えるのは、確かに困難だと予測される。
賢太郎は面倒臭がりな男である。
元々茅に監禁事件の中、あそこまで関わったこと自体、賢太郎には奇跡なのである。
清史郎が何故そう思ったのか、一瞬聞こうか迷ったが、聞かずに居た。
寧ろ、学校では白峰や久保谷の方が茅と接する頻度が高いのだ。
自分の順位など下の方だろうにと思い直す。
一々清史郎の言葉に一喜一憂していては、身体が幾つあっても足りない。
寧ろ今でも足りない程だ。
「ん~。…でも、兄ちゃんが一番好きだよ、絶対!」
だから何故そう言い切れると賢太郎は次第に腹が立って来た。
清史郎が気付くくらいなら余程の理由があるのかもしれない。
それなら、何故茅本人が自分に告白して来ないのか。
「……そんな事、言われた事ない」
「言って欲しいんだ」
瞬時に頬を染めて顔を上げると、
悪戯が成功したかのような厭らしい笑い方をした清史郎が賢太郎を見詰めていた。
賢太郎は其処で自分が清史郎の言葉の罠に引っ掛かったことに気付き、激しく自己嫌悪に陥った。
そうなのだ。
自分は男なのだ。
茅が仮に賢太郎を好きだとしても、告白されては寧ろ困る。
義兄と義弟のような微妙な距離感を、賢太郎は割りと気に入っているのである。
そのバランスが崩れるのは、寂しい気がした。
「…馬鹿言え。…俺に晃弘と付き合って欲しいのか」
「ん~知らないケバケバの女よかいいかな」
「…俺の趣味にケチを付けるな」
賢太郎は持ち帰って来た原稿のチェックの為、再びパソコンの画面に視線を戻した。
次第に清史郎との会話が面倒臭くなって来たのだろう。
まともに取り合う必要も無いと判断したのかもしれない。
「晃弘は玉の輿だよ。東大だし背高いしお金持ちだし次男だし」
「…嫁に行く以前に、忘れてないか。俺は男だ」
視線だけで、賢太郎は不快である旨を清史郎に訴えたつもりだったが、
清史郎は態と気付かない振りをした。
「え~、でも晃弘のお父さん、兄ちゃんのこと、凄く気に入ってたじゃない」
「気の所為だ。…恐らく記事のこともあるからじゃないのか」
茅の父親である茅代議士とその家族に関しての記事を雑誌に掲載したのは、
ライバルと自称していた同僚だったが、元々の草案は賢太郎が書いたものだ。
その事は賢太郎自身が茅代議士に逢って説明と謝罪を済ませている。
神経質そうな茅の父は、ただ一言「分かりました」とだけ言い、
普通に賢太郎や白峰、久保谷を食事に招いてくれたのだ。
食事中は穏やかに会話は進められたが、茅代議士に特別に気に入られたという印象は賢太郎には無い。
賢太郎は冷静にそう判断していた。
清史郎のはったりだろうと判断する。
「晃弘も政治家になって…いずれは総理大臣とか!わぁぁ、兄ちゃん、ファーストレディーだ!」
「…だから、何で俺が嫁に行く前提なんだ。大体、レディーって…」
清史郎は妄想でもしているのか、少し上の方を観て恍惚に浸っている。
次第に賢太郎は嫌な方向に話が流れて来ている予感がしてきた。
先程から清史郎は賢太郎を常に女性のように扱っている。寧ろ姉だ。
「兄ちゃんがお嫁に行ったら、俺も晃弘ん家に一緒に住もうっと」
「…清史郎。妄想もその辺で止めておけ。…と言うか落ち着け」
早くこの流れ、手早く言うと清史郎の妄想を止めなくては自分の身が危うい。
賢太郎の判断は早かった。
「…それとも、兄ちゃん、俺のお嫁さんになる?」
結局行き着く処は其処なのかと賢太郎は大袈裟な程に肩を落とした。
意識せずとも声が低くなる。
「だから、…寝言は寝て言え」
「…ちぇぇ~少し本気だったのに~」
「少しでも本気で言うな。…薄ら怖い…」
賢太郎は露骨に顔を顰め、手を前後にひらひらと振って清史郎に「あっちに行け」と拒否を示した。
「じゃ、春人は?春人とも付き合ってないの?」
「だから、何でお前は俺と幽霊棟の連中を一緒にさせたがるんだ」
清史郎は理由は分からないが、本能で理解しているのかもしれなかった。
賢太郎は自分から幸せになろうと思うタイプではない。
ましてや相手を幸せにしてやろうと思うタイプでもないのだ。
身体を重ねる関係なら器量がいいので、困らないが、永遠の伴侶を得ることは難しい。
欲しいとも思っていないかもしれない。
だからこそ、賢太郎には器の大きい男が合うと清史郎は思ったのだ。
賢太郎は全く気付いていないだろうが。
「だって…兄ちゃんを何処の馬の骨か分からない奴にやるくらいなら、
煉慈とか晃弘とかの方が絶対マシだもん。
兄ちゃんのこと、分かってるし、幸せにしてくれそうだし。金持ちだし」
「…あのな、お前は俺の親父か。そもそも何で物言いが嫁にいく前提なんだ」
「……だって……兄ちゃん白無垢とか絶対似合いそうだもん。あ、洋装もいいな……」
しかし、所詮清史郎は清史郎である。
方向が段々間違って来た。
口をぽかんと開けて賢太郎が固まる。
「……………」
「ん?どうしたの?兄ちゃん、変な汗一杯掻いて。風邪?」
賢太郎は脳内で清史郎の言った言葉を何度も繰り返す。
理解してはいけない言葉なので、片仮名だ。
(シロムク、シロムク、シロムク)
(ヨウソウ、ヨウソウ、ヨウソウ)
そして最終的な結論に達する。
賢太郎らしい解決方法である。
時代劇で言えば、袈裟斬り。
肩口からばっさりである。
変態は容赦しない。
「清史郎、1ヶ月、俺のマンション出入り禁止」
「……え?何で。今日はクラスメイトの女子の制服持って来たのに。サイズ合ってるよ」
やはり言いやがったと賢太郎は怒鳴りたいのを懸命に呑み込んだ。
何でではない。
答えは分かっているだろうと賢太郎は逆上しそうになる。
清史郎が持って来た大きな紙袋からはみ出ていた女子高校生の制服がずっと気にはなっていたのだ。
それをまさか着せたくて持って来たなど夢にも思わなかったのだ。
女装など、絶対に阻止しなければならない最優先事項だ。
賢太郎は取り敢えずとノートパソコンの蓋を閉め、口を開いた。
「……取り敢えず帰れ。今すぐ帰れ。速攻帰れ」
「何で兄ちゃん怒ってるんだよ~。あ、ブレザーより、セーラーの方が良かった?」
「お前、早く彼女作れ!頼むから!」
結局、今夜も賢太郎のマンションの一室から若き記者の怒鳴り声が週末の夜空に響き渡ったのである。
<了>
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私の書く清ちゃんはこんな人です。
欲望には逆らえない!